12話前半 知りたいの、今よりたくさん
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
語彙力の足りない手紙がたくさんポストに詰まっている。
全てがわたし当ての手紙だった。
差し出し人は全てわたしだった。
なのに、ムカついた。
わたしは一枚手紙を取って、読んでみる。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
無感情にその手紙を捨てて、もう一枚取る。
死ね死ね死ね死ね死ね。
死ね、という安易に使われるあまりに重たい言葉がゲシュタルト崩壊をしていく。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
どうして私が死ななきゃならんのですか。そう尋ねる手紙をポストに入れた。
まわりを見てみろと書かれた手紙がポストから出て来た。
黒い塊がたくさん、ほんとうにたくさんあった。
まるで影。人の影
「」
私はそれに何かを言おうとしたが声が出ない。
声が小さいのかと思って近づいてみたら、殴り跳ぼされた。
なんだかわからないが拒絶する意思だけが伝わって来た。
どうしてだろう。
近づいた私が悪いのだろうか。それとも向こうの方が悪いのか。
客観的に判断してくれる他者はいない。
だけど、向こうの方が数は多い、つまりそれは私が悪いと思ってる人の方が多い。
影をもう一度見てみた。
私をじっと見つめ返している。
未だに彼ら、もしくは彼女達の意思は変わらない。
空はいつの間にか真っ暗で、あぁ、星が出てるなと私はぼんやりしていた。
ここは酷く寒い。
影はたくさんいるから温かそうだけど、あんなとこに行くのは嫌で嫌でたまらない。
私は夢から覚めた。
意味不明な夢だったが、ゆえにぞわぞわと、全身を蝕むような不快感がある。
まるで生理的嫌悪感を持ってるモノをむりやり全身にこすりつけられたような気持悪さ。
いつもの癖で時間を確認する。
まだ夜とは言えない、夕方だ。
―――
状況を思い出す。
今日帰って来てから、私はすぐに寝ようとした。
で、寝たけど悪夢を見てすぐ起きた。
そのせいで目がひたすらに冴えるのだ。
今は夕方だが、眠らなければ私はいけない、明日の風火戦に向けて疲労を癒す必要がある。
夜だけの睡眠じゃ多分、時間が足りない。
……だというのに、胸が騒ぐ。
締め付けられているように痛い。
無駄に絶叫したくなる。
恐怖、絶望。
暗闇の中でじっとしていると、内からあふれ出してくるのだ、轟くような叫びが。
嫌だ。
殺してくれ。私を誰か殺せ。
こんなにつらいなら。死にたい。なんで生まれてきてしまったんだ。何の価値も無いのに私はなぜ生きている。
こんな思いをするのになぜ死んでおかなかったんだ、たかが十数年の人生でも消えたいと思った事はあるだろう幾度も。
なのに、なぜその欲望に従わなかった?私は。
「ゔッ――—―」
吐きそうになって、手で口を抑える。
大丈夫、ホントには吐かない。
吐いた方がすっきりしたかもしれないが。
涙が、にじむ。
上手く外に出したいのに、泣けた方がすっきりするのに。
全てが、自分の中にとどまってしまっている。
このままじっとしているのが耐えられない。
立ち上がって、うろうろうろうろ私は歩いた。
気持ちは楽にならない。
意味無く宙返りしてみて、世界を回して切なくなる。
なにやってんだ私。
なんか、嫌だ。
体育座りして、右と左の膝の間に顔を埋めるようにして目を瞑る。
それに何の意味も無い。
ただ、精神的苦痛がやって来た。
……どうして人は生まれてくる?なぜ生きてても仕方ない私が生きている?と、問いてしまうのだろう。
答えとしては無意味とするのが妥当だ。
べつに”私が”命に価値を感じないワケでは無い。
生きとし生けるモノ全てとは言わないが、命には価値があると思う。
小学一年生の時夏休みの自由研究で蚕を買った。
成虫になるまで育てた。
しかし、家畜化の過程で捕食機能を失った蚕はあっけなく死んだ。死んだのだ。
死んでしまった時。観察記録には、悲しかったと本心から書いた。
ただ、気持ちと理性による結論は全く別の問題であると思っているだけだ。
それに、人生の意味は無意味だからいいんじゃないのか。
無意味だからこそ、自分なりに生きていけるんじゃないのか。
無価値で無意味、それは悪いことなのか。
……いや、なんだこの思考は。
無意味。無意味でしかない。何の生産性も無いし、自分の徳には一つだってならない。
それが悪いとは言わないけどつまり、これは叫びだと思う。
例えば。怪我したとき。
痛い痛いと、叫んだって治るワケじゃない、わかっているのに必死でそう叫んでしまう。
それに近い。
疲れているのか、変な音もする。
幻聴か?
ゴス。 ゴス。 ゴス。 と聞こえて来た。
それに集中して、しばらくして気づいた。
これは本物の音だ。
近くからしている。
物静かなせいで、しっかり確実に聞こえてくる。
好奇心が湧き上がった。
なんの音だろ、コレ?
気になって仕方がない。
行くべきだろうか?行って危険は無いだろうか?
……この音は本当に近くで発生していそうだ、遠くじゃない。
となると危険かもしれないものが、近くにあるかもしれない。
ソレを確認もせず放置する事は恐ろしい。
気になって、気になって、仕方ない。
どうせここにいたって、気分が沈むだけなのだ。
だから私は廊下に出て。
歩いて。
深呼吸して。
「あの」
声を出す。
それから手を、音の発生源であろう一室の戸にかけた。
ガラガラと開けてみると、牡丹がいた。
「あれ?にっけちゃんだ」
ピアノを弾いていた。
ペダルのついてる、一見コンテストなどに使われるピアノだ。
しかし電子ピアノを弾いているらしく、両耳にイヤホンをつけている。
「あっ、もしかしてうるさかった?ヘッドホンからの音漏れとか」
「いや、そうじゃない」
そうか、変な音は鍵盤を強く叩く音か。
「ところで……なにやってんの?」
「ああ、ほらアレ」
イヤホンを外さぬまま答え牡丹は、開いた窓を指さした。
月が満ちようとしていた。夕方なのに、この辺りはビルといった光源が少ないからか既に綺麗に光る。
「この曲を弾きたかったの」
牡丹は左のイヤホンを外し、私に差し出して来た。
「……」
しかし何らかの嫌がらせをして来るかも知れない。
あちこちをちゃんと観察してみると
ただのイヤホンだ。牡丹がボタンを押したら電撃が流れたりするような仕掛けなんかは無い。
ピアノの方も見てみる、音量は大丈夫。つけたら急に大音量で耳を壊そうとして来るとかは無いだろう。
……他人がつけたイヤホンは衛生的にどうだろう。
一瞬迷ったが、そこまで潔癖なワケでも無い。
「じゃあ、つけるよ」
そう宣言してから、つける。
すぐに曲が流れだした。
物静かで、儚さのある演奏。
「これはピアノソナタの第14番……ベートーヴェンの”月光”一楽章だ」
「ね?」
牡丹は窓の外の――つまりは月に目配せした。私が見る事を促すように。
なるほど、だから月光か。
綺麗なのだろう。
感動はしないが、月明かりは心に訴えかけてくる者がある。
「にっけちゃんも弾く?」
そう言いつつも、牡丹の演奏は止まらない。二楽章に入った。
「じゃあ」
適当にポロンポロンと音を立てると、牡丹は私の邪魔をしないよう上手く演奏を止める。
「……始めるよ」
私は立ったまま鍵盤をたたき出す、音はゆっくりとなり出した。
とりあえず、月光だ。
が、私は大してピアノが上手くない。
家にそんなもの無いし、近所に教室も無かったから練習が不可能だった。
使えるのは家電屋に置いてあって試し弾きが出来るピアノ程度だ。
どのくらい練習したかは覚えていない、大してやっていないハズだ。
だが。
指は、動く。
私でも驚くほど、軽やかに、そして力強く。
少しだけ、気持ち悪い。
今も、この外面だけ綺麗な音が、私から生まれたと思うとそれもまた、嫌いになる。
だから、少し強引に。
サビの途中で音を間違えて、そのまま演奏を止めた。
「お―――」
ッ‼‼?牡丹が、ゆっくりと、彼女の胸の前に手をあげていく。
なんだ、戦闘態勢か?! マズイ、今の座って体が強張った状態では……‼‼
「すっごいねにっけちゃん」
パチパチパチパチ、と牡丹が拍手する。
ちょっと肩透かし、しかしほっとする。
「座って座って、もっと弾こうよ」
牡丹が立ち上がった。
私が座った。
牡丹は少し強引に私の右側に座った。
いくらデカいとはいえ一人用の椅子だ。
狭い。
ココまで密着すると、警戒心もマックスである。
しかし。生きるには、戦うには、進むには、何にせよまず気力が必要だ。
だが、それは先程の私の葛藤で損なわれてしまってる。
だから抵抗したりする気が起きなかった。
「ほら弾いて弾いて、続きから」
いわれるがまま、なされるまま、洗脳でもされたかのように私の左手が動く。
しかし右手は牡丹が邪魔で動かしにくく、何度も何度も音を外す。
それでも出来る限り音を、楽譜通りなぞっていく
そのまま。そのままだ。
「にっけちゃんのピアノは悲しい音が強めなんだね」
牡丹の左手が、私の右手に乗った。
「……ッ!」
なんでそんな事するんだ。そう聞きたい私に気づいていないようで。
牡丹の右手が、私の右手が弾くべき部分を一オクターブ違いで弾いていく。
「私はこの曲が好き、にっけちゃんはこの曲どう思う?」
にこやかな表情を向ける牡丹に。ぞわり、と体中の鳥肌がたった。
牡丹の両手が私の右手を取り、いつの間にか演奏をしている手は一つも無くなっていた。
「……なんで、そんな事を聞くのさ?」
「にっけちゃんの事が知りたいの、今よりたくさん」
「知りたいって、例えば」
「誕生日は、どこに行きたいか、何をしたくないか、、なにが苦手か、何が好きか……あと、朝食はパンとご飯どっちが好きかとか」
「……友達でも無いのになんで気になるの?」
他人のそんな事、どうでもいいだろう。
牡丹は私の手から自分の手を離し、うーん。と額に人差し指を当てた。うーん。しばらく考えた。
それから。
「私はもうにっけちゃんと友達だと思ってたけど、違うんだもんね、だったら友達になりたいからかなぁ」
わからない。
「友達になりたい?なんで?」
口からはポンポン疑問が出てくる。
「私にっけちゃんの事好きだもん」
好き、といわれて一瞬私は怯んだ。
この、好きはどういうものだろう。
恋とか愛と絡むのか、友情的なモノか、見た目に対してか、何なのか。
解らない私にどうすればいいかわからない。
聞けばいいのか、とも思った。
でも止めておいた。
深く踏み込むのは怖い。
ただただ、”好き”と言われた。それだけを検討すればいい。
でも、なぜだ。
「なんで?なんで好きなの?」
牡丹は再び人差し指を額に当てる。
「にっけちゃんの、表情、動き、色々あるけど、……一番は優しいところかな?」
「私は別に優しくなんか、無い、むしろ人に嫌われるタイプの……むしろ性格は悪い方だと思う」
「そうなの?でも私べつに嫌いじゃないよ」
こういう時なんと答えればよいのだろう。
先程から私にはわからない。
どう答えるのが、もっとも穏便に済むのか。
しかしもう、良いアンサーが出てこない。
それだけではない、頭が真っ白。
そのせいで、ひどく気まずい沈黙。
胸がざわついて、牡丹を急に殴りつけたくなる自分に気づいてぞっとする。
だから
「とにかく、もう一曲、ふぁああー……弾く?」
牡丹があくびをして涙目になった時、ほっとした。
「疲れてるみたいだから、やめとく、ご飯まで自分の部屋でなんかしとくよ」
私は立ち上がり、戸の前まで移動した。
これならこれで、ここから無理なく立ち去れる。
「にっけちゃん」
足を止めない。振り向かない。
だけど牡丹は、話を止めない。
後ろ手で戸をしめる。
「また遊」
ぴしゃん。戸が閉まる音で、声がかき消された。




