第十話 貴方ごときが
米に焼いた牛肉と玉ねぎと長ネギを乗せて更に塩・コショウをかけた牛丼が目の前にある。
牛丼屋にいるのだからコレが出るのは至極当然。
箸で米と肉つまみ、口の中に押し込む。
美味い。
150円もする牛丼は値段以上の出来栄えだった、感動して泣きそうになった。
さっきの試合は負けたけど、どーでもよくなるくらい美味しい。
コップで水も飲む、美味い。
コップに写り込む私の顔は、頬を赤く染めにやけていた。
だらしない表情だが、舌の上で美味が主張する度どうでもよくなる。
胃袋に飯を落とし込むたび体中に至福が満ちていく。
この充足感があれば大概の問題は許せる気がする程だ。
「目の痛みは引きましたか?」
テーブルをはさんで向かいに座る桂木が聞く。
彼も牛丼を食べていた(ちなみに私と違って唐辛子が入ってるから水をよく飲んでる)
”牛丼好きなんですよね?”とここに私を連れてきた人だ。
セーフキリングの開催地から近いし、客も少ないから落ち着いて食べられるここは間違いなく両店舗だからありがたい。
さて、桂木の問いだがさっき私はセーフキリングをして強い光を食らい、しばらく目が開かなかったのだ。
もしも目がイカレてしまえば選手としての私は無価値になり徳宮テクノロジーにとって不利益だから、そりゃ気になるだろう。
「えぇ」
私の声は上ずっていた、息を整えようとすると”ズズッ”とした音が出た。鼻水のせいだ。
何故だ?と思ったが少し泣いてた。
いや、何故泣いてるのだろうか。
そこまで牛丼が嬉しかったの……だろうか?
時おりイマイチはっきりしないものだ、心の中というヤツは。
桂木がたずねてきた。
「……ホントに大丈夫ですか?」
「目にゴミが入っただけですから」
とりあえず、そろそろ話すのも面倒になってきた。
目の前にある牛丼に集中させてほしい。
その願いが桂木には届かなかったらしい。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど」
「はい?」
「……装備品、今のモノで大丈夫ですか?やろうと思えばもう少し武装は改良出来ますよ」
「え?」
「例えば、武器の威力を上げたり」
そういうことを問われるとは思っていなかった、でもコレは答えたいものがあった。
「改善できるなら今すぐしてほしいです、もっと、もっと素人でも命中させられる射撃武器が欲しい」
切実な願いだ。
拳銃だけじゃ、この先戦っていくのは難しい。
出来ないワケじゃないが、絶対不利だ。
「わかりました」
深刻な私に比べ、彼はあっさりと答えた。
「というか、なんで私達の装備って……」
そういえばと疑問を思い出し、私はついでに聞くことにした。
「なんです?」
「……シンプルなんですか?武装もナイフと拳銃だけですし、もっといっぱい武器を持てばいいのに、」
ごくりと水を一杯飲んでから桂木は答えようとした。
「あぁ、まず武器を作るノウハウも素材もうちには少ないですから、要望がない限りは作らないつもりでいたんです、それと……」
桂木が続けようとするのを「不動霞」と大きな声が遮った。
それは話している私達の横から来たモノだ。
そっちを向くと、凛々しく整った顔の少女がいた。
上半身は赤、下半身は白色のロングスカートを履いてる。
デザインは簡素だけど生地は良いモノを使っていて彼女の経済状況が良いことがわかる。
それとパッツンロングヘアーが白髪だという事が特徴的、地毛だろうか?
いや、まぁどうでもいいけどそんなの。
珍しい髪の色には慣れてる。なぜなら私の髪も青いからだ。
といっても、明るいところでないとわからないくらい、限りなく黒に近い青なのだけれども。
肝心なのはこの人が私に対してどんな人間か、それだけだ。
敵になるか、そうじゃないのか。
「不動様は、偉大すぎたのですわ“装備の改良の必要性が一切でない程”に」
なぜか説明をしてくれた。
「その通りです、彼女はナイフと銃だけで全ての敵を圧倒していましたからね」
桂木はこのパッツンロングが何者かを聞かない。
聞こうともしていない、もしかして知り合いなんだろうか?
とりあえず自分からたずねないと答えはわからないだろう。
「あの、ところであなたは何者ですか?」
「林山 風火と申します、セーフキリングでは大空生命グループの選手をつとめております」
風火とやらは瀟洒な振る舞いで答えた。
育ちが良いのだろうと感じさせる。
「ちなみに大空生命グループは、機械の生産にも最近着手した大企業ですわ」
風火がこっちを見ながら妙に説明的な台詞を吐く、多分私に教えてくれてるのだろう。
「もっとも、今この場所でそれはあまり重要ではなく、わたくしが不動様のファンだという事こそが重要ですわ」
「すみません」
なんで桂木が謝ったのか一瞬わからなかった。
でもすぐにわかった。
私の前任者不動霞は事故のせいで昏睡状態で、将来目覚める可能性は低いと聞いた。
そんな状況じゃファンに対して徳宮テクノロジーは監督責任を感じることもあろう。
「気にしないでくださいまし、あのお方のことですから回復すると私めは信じて待っております」
風火は落ち着いた声でそう言う。
「そう言ってくれるとありがたいです」
二人の会話には熱がある。
私には入れない。
不動霞に対する感慨もないワケで。
とりあえず牛丼食うか。
この米、美味い。
ガムとは違う弾力が魅力を持つ。
もっちもちでみずみずしい弾力、最高だ。
……そういや、この人なんでここにいるんだろ牛丼食いに来た様子じゃないけど?
もぐもぐ噛みながら風火を見つめてみる。
見た目にはヒントはほぼ無い。
だが、今はちょっと聞けそうにない。
いつの間にか不動霞の事で二人は盛り上がっているのだ。割り込めば不評を買うだろう。
「ガトリングガンの弾を全部ナイフで切り落としたのが最も印象の強い行いでしょうか」
桂木は表情こそ普段と変わらないが、不動霞のことを語る声色は明るい。
間違いなく私といる時よりは楽しそうだ。
「あ、あと地味ですが試合開始から終了まで一切体力の消費が見られませんでしたわ」
風火の方も楽しそうである。
「生命力に満ち溢れていて髪の毛が伸びるのも速かったですわね」
「速いといえば、あと技術の習得が速くてナイフも銃も全部試合の中で使い方を覚えてました」
ふーん。
聞き流しつつ、箸で飯を口にぶち込んで飲み込んでいく。
あ。
ぼーっとしてたら、牛肉が残り一枚。
後で大事にゆっくり、食べよう。
いったん玉葱と米をメインにいって、シメに使おう。
それから彼らは、長々しく会話し、桂木が
「すみませんが、ちょっとトイレに行って来ます」
と、席を外すまで喋りつづけた。
牛肉は未だ残り一枚だ。
それから私のむかい、つまり桂木が座っていた場所に風火は座った。
なんだ?
彼女はずっと微笑をたずさえている、だから何だか不気味だ。
「さて、私が来たのはあなたに会いに来たのですわ」
あぁ、なるほど。何となく察した、私が不動霞の後任ってことでなんかあるんだろ?
今から最後の肉を食うのに集中したいので、少し黙ってくれないか。
会話してると食べらんない。
「不動霞の後任者であるあなたと一度くらいは会っておこうと思ったのですわ」
はいビンゴ。
不動霞と比べに来たのか。
あんたも。
「あなたも、あのお方と同じようにお強くて賢くてお優しくユーモアのある方なのでしょうか?」
”同じように”とか不動霞の事を知らないのに応えられるわけがない。
「そういう事は、他人が評価する事だと思うけど?」
とりあえず曖昧に返す。
「あら、不動様の言いそうなことを言うのですわね」
くすりと、鼻で笑って風火は桂木の箸を取った。
私の舌が舌打ちしようとしたが、抑えた。
「そうそう、もうすぐわたくしと貴方の試合ですわね」
そう言ってなぜか私の皿へ箸を伸ばす。それから玉葱を取って食べた。
「なんで勝手に取ってんの」
「お構いなく」
「え、うん」
……堂々とお構いなくなんて言われたから流されてしまった。
なに、お腹空いてんの?他はともかく牛肉だけは絶対やらんぞ。
心の中で決意をした私に彼女は微笑みを近づける。
しかし、ナガイまつげだ。
「しかし……不動様の言いそうなことを言うなんて本当に――」
顔が、変わる。
「――貴方ごときが、腹立たしい」
ぞっとした。
悪意や敵意といった黒い感情に慣れる人生を送ってきたハズなのに。
それは無表情で、それゆえにあまりにも真っ直ぐなそれとわかる。
表情に出せぬほどの、憎悪。
理解した。
違う、彼女は私と不動霞を比べに来たんじゃない。
サイクロンガールの時と違う。
風火は私に対して、ただ怒りや憎しみを抱いてるんだ。
そうなのだろう。顔にはぜんぜん、出さないけど。
でも、私が何をしたっていうんだ。
不動霞の事ばっかどいつもこいつも言いやがって。
ついつい、風火とやらから目をそらしてしまった。
そうしたら壁に染みがついてるのがわかった。汚い。
……テンションさがるなぁ。
どぽぽぽ。
目の前の相手におそれおののいていると、どこかから水の音が聞こえてきていた。
なんだ?
上から下に落ちて跳ねる音……にしては柔らかい印象。
滝とかそんなレベルじゃなくてもっと身近な音。
正面からすてる。
そっちの方を見て驚愕した。
「ギャッ!」
悲鳴をあげてしまった。
こいつ!水を私の牛丼にかけてやがる!
「やめ、やめろッ!」
手首を掴んで止めたが、もう遅い。
コップの中は空っぽ、牛丼はびちゃびちゃである。
「あぁああ―――」
喉から落胆が吐き出る。
最悪だ。
こんなの。
せっかく大事に食べてたのに。
「お米を水に入れたまま食べる料理もありますわ」
「牛丼に関しては違うでしょうがぁッ!」
机に飛び乗って殴りかかりたかった。
でも気持ちをむりやり抑えつけ、諭すことにした。
もしかしてこいつ世間知らずなだけでは、なんて、無茶な論で自分を落ち着かせて。
「……んなことしちゃあ、牛丼の味が、落ちるじゃんか」
「そりゃそうですわ」
こいつ。こいつこいつこいつふざけんな笑ってやがる、やっぱ悪意でやってやがった。
これ以上、ふざけたことをされちゃたまらない。
残りを一気にかきこんで食べる。行儀とか気にしてらんねー。
一瞬で終わった。
くそ、くそ、味が落ちてる。
ふざけやがって。牛丼をよくも。
席から飛び降りて、ずんずん風火に近づく。
このヤロー、まだ笑ってやがる。
私としっかり目と目をあわせて来る。
「あらあら、怒っていらっしゃるの?」
「ご飯を台無しにされたら、そりゃまあ」
私の拳が震えている。
相手の顎めがけて一撃をぶち込めと心が叫んでいる。
でも、ここで暴力行為をしたら間違いなく私の方が悪くなる。
駄目だそんなの。
「今謝れば、許す」
どす黒い感情に満ちた心を抑え、私がそう言うと風火も立ち上がった。
そして一歩私に近づいた。
つい、ソレにつられて私も一歩下がった。
彼女は前のめりに私へ、伝えてくる。
「謝る気があるなら、最初からしませんわ」
はっ?
なんだこいつ。なんなんだこいつ。
「では……」
風火は、私に背を向けると突如走り出した。
その初速はあまりにも速い。
高速で私の横をすり抜けて、そのまま前へ前へと向かっていく。
「……くそッ!」
脚を掴んでとめようと、私は倒れ込むように跳んだ。
だけど焦っているうえ後手では限界がある、走る彼女の脚を指がかすりはしたがソレだけ。
彼女が、全速力で店から出て行くのが見えた。
くそ。ブッころしてやらぁ。
立ち上がって、彼女の後を追いかけた。
外に出て、右と左を見る。
何処にもいない。
……取り逃した。
頭の中で、糸が切れるような音がした。
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「ごめんごめん、待った?」
桂木がハンカチで手を拭きながら戻って来た。
「……ん?さっきの子はもういないのかい?」
そうだ、もういない。
それより彼に頼みたいことがある。
「あの、昨日テストに使った射撃場ありますよね?」
「え、はい」
「使わせてください、訓練します」
なぜそんな事するかというと、あいつが嫌いだ。本気で嫌いだ。
試合で絶対負けたくないくらいに嫌いだ。
耳の中にダンゴムシを詰めて
ソレをドリルでギャリギャリとやってやりたいくらいだ。
……言い過ぎた、そこまではしたくない。グロいからやだ。
殺したい、なんて過剰表現はしない。
つまりは、倒したい。
まぁでもともかくだ。
なかば行き当たりばったり勝つヤケクソ気味に、こんなトコまでやって来た私にハッキリした、目標が出来た。
絶対アイツに勝つ。
今ここにいる、私のやりたい事なんてソレくらいしかない。