九話 違和感を感じる程自然に
静かに、自分の呼吸を整える。
吸いて、吐いて、その繰り返しが一定のリズムとなる。
セーフキリングの世界にちょっと慣れたせいか緊張は昨日よりマシだ。
朝飯もさっき食ったので、お腹も大丈夫。
私にとって二回目のセーフキリングが、今始まろうとしている。
昨日のサイクロンガールの時と同じように、対戦相手と十メートルくらい離れて向かい合っていた。
『さぁ‼初戦は勝利した糸川選手ですが、二度目はどうだ!?』
実況。
今回の相手はサイバーな感じだった昨日のサイクロンガールと違って、街中にいそうな普通ファッションをしている。……”冬の場合”の普通だが。
クリーム色のダッフルコートを着てる。手には黒い指抜き皮グローブ。しかも脚はブーツ。
夏は熱いだろうが大丈夫か?
『迎え撃つは、サーカス団の娘!宣伝にやって来た 麻美 だ!』
名前は麻美らしい。
「あの、ちょっといいッすか」
急に彼女が私に話しかけてきた。
なんだ?
「……」
「このコート、意外と通気性がいいから是非とも買ってみるといいっスよ」
なんでそんなこと言うんだ?
『試合――――開始ィ――――!』
相手のAPは4000かぁ、どうしよ、と迷った瞬間。
相手のコートを突き破って何か明るい玉のようなモノが飛んできた。
「アブなッ!」
そういうのが来ると思ってなかったから避けきれず腕を掠めた。
アレは火球、手品の一種か。
どういう仕掛けを使ってるのかは、あとで考えよう、気になるけど。
私のAPが500減って5000になってしまった。
コレが頭に当たればそうとうなダメージだろう。
また頭を狙って火球が飛んでくる。
でも、集中していれば大丈夫。
弾速は遅いし可視性だ。巨人の掌よりは楽に避けれる。
不意さえつかれなければ、倒せる。
そんな事を立った状態からブリッジの態勢になり、火球を避けつつ考えた。
で、どう不意をつかせないかだけど。
考えず速攻だろう。
相手が何かをする暇さえあたえなければいい。
そして私にはそれができる。
ちょうど今、脚元に迫っていた火球をバク転して避けつつ立ち上がり、敵に向かって走る。
また火球だ、今度は頭を少しだけ伏せて避けた、そのまま脚は止めない。
こんなモン来ると思ってたら、当たるわけないだろう。
そしてすぐ10メートルしかなかった彼女との距離は目と鼻の先まで短くなった。
「なッ!」
相手はコートの下で、もぞもぞと体を動かしている。
なにかを取ろうとしてるのか?
させるかよ。
私は全力で右拳を振りかぶった。
殴るぞという意志表示、狙い通り相手が警戒したのか私の右拳に意識を傾けた。
でも残念だけど、そっちはフェイントだ。
まるで攻撃の意思が無いかのように力を抜いていた左手が跳ね上がり―――フリッカージャブが――相手の顎にクリーンヒット。
怯んだッ、今ッ!
フェイントじゃない全力右ストレートをぶち込んだ。
衝撃が拳から肩まで響くいい感触。
相手も大ダメージを食らって怯んでるようだ。
今なら更に攻撃出来る。
姿勢をやや低くしてボディーを殴る。
ごひゅ、という肺が圧迫され空気が無理やり飛び出る音が、私の頭上でした。
さらに攻撃しようとすると、相手は上半身を後ろへ倒し、避けた。
あ、やべ。
全力で私は後ろに跳んだ。
さっきまでいた場所の空気を相手の頭突きが裂く。
……逃げなきゃ当たってた。
相手のAPはまだ3500も残ってる。
もっと攻撃しなきゃ、勝てない。
そう思って再び距離を詰めようと一歩踏み込んだ、けども、よく相手を見たら……ビビって止まってしまった。
「ふ っぐ ッ …… あぁあ」
麻美の意識が朦朧としてるみたいで、相手は体を前後に揺らしている。
フリッカージャブかストレートかのどちらかは当たり処が悪かったのだろう。
やべぇ。
一瞬で、体中が芯から冷える。
吐き気もした。
やべ、やべぇ、コレ死んだらどうしよう。
し、死んだとしてもスポーツ中の事だから事故として世間に扱われるかもしれないけど、人殺しには私なりたくない。
そう思った私に頷くかのように彼女はコレまでで一番大きく揺れ、そして頭をあげ口を開く。
な、なんだ?
「あ、試合中にすみません、続けま――」
意識を取り戻したようだ。
ようすを見るに戦いを続けても大丈夫みたいだ。
良かった良かった。
じゃあ攻撃しよ。
前蹴りを繰り出す
「――しょう、わッ」
やばっ、普通に体を捻って避けられた。
「ふつう言い終わってから攻撃するっしょォ!?」
伸ばした脚を相手が素早く触る。
なんかチクッと静電気みたいな感触が来……
「あべぎゃ!」
私の悲鳴が轟く。
脚全体が炎で燃えるかのような激痛が来た。
ドアノブに食らう静電気の3000倍くらいの痛み。
要するに、”電撃”なのだろう。
彼女がはめているグローブにはスタンガン機能がついてるっぽい。
クソ、ちょっとかっこいいなソレ。
脚を引こうとした。
が、脚を抱え込まれて逃げれない。
電撃が続く。やばい、APがじゃんじゃか減ってく。
くそ、離せ。
ダメだ、コートの下にパワードスーツを着ているのか異常に拘束力が強い。
「ふ、ふ、ふ……このまま決めるっスよ」
あぁもう、痛いんだよォ!
クソが!
引いてだめなら押してやる。
マジ切れのまま、自由な左脚を強く蹴り、同時に右膝を曲げ一気に敵と密着し
そのまま右ストレートを決めた。
美味い具合に当たったようで、相手が吹き飛んでいく、遠くまで。中々地面に落ちない。
ともかく、私の脚が解放された。
私はまた両脚で立った。
でも、私の既に片方がしばらくまともに使えない。
攻撃を受けすぎた。
凄くひりひりする。
APは残り2200だ。
これ以上何かをくらうのはマズイ。
敵のAPは残り2000だからやや私が有利だがこの程度の差は一瞬で覆る。
ベストは銃で安全圏から攻撃すること。
でも貴重な遠距離武器である銃は私にとって宝の持ち腐れ。
格闘が使えるレベルの距離じゃなければまともに命中させられない。
……結局、危険は承知で距離を詰めるしかないのか。
正直かなり不利だが、文句を言ってる暇は無い。
徳宮テクノロジーに後で言おう。
そうやって私が相手に向き直るとともに、相手は地面に落ちた。
パンチがかなり良かったらしく、50mくらい飛んでいるし、しっかり着地出来ず仰向けになっている。
よし、ダメージが残ってるだろう追撃を。
自分のペースに持ち込めたら勝てる。
そう思って走り出した。
すると、ふらふらしながら、麻美が立ち上がって
「”ひっさつ”行きまーす!!」
相手が叫んで、右手になにかをつまんで掲げている。
新品のチョーク程度の大きさと形をした銀色の何かだ。
何かしようとしてるのか?
とにかく、なんでもいいから止めないと。
走るまま、脚部からナイフを素早く取って投げた。
ぐるぐる回りながら狙い通り飛び相手の右手に刃が直撃。
銀色のモノが吹き飛んだ。
でも、間に合わなかったらしい
ソレが一瞬光ったかと思うと、辺り一帯が白に包まれた。
太陽を裸眼で見たような激痛を受けて、反射的に目を閉じてしまった。
さっきのアレは目くらましなんだろう。
くそ、ひっさつとか言って出すから警戒してついじっくり見ていてしまった。
それが多分作戦の一種だろうに。
とにかく、視界を取り戻さないと。
そう思って瞼を開こうとした。
けど開くとズキズキと鮮烈な痛みが走り涙が反射的に溢れてくる。
しばらくは目を開けても無駄だ、まともに前が見れない。
くそ。
とりあえず銃を構えて、いそうな方に撃った。
あくまで相手に“無差別に攻撃する手段もある”と伝え威圧を与えるためそうしたのだけなので、当たらなかったが気にしない。
銃をしまって、サイクロンガール戦の時のようガードを固め考える。
さて視界以外でどうにか状況を認識しないと。
この状況は視覚に頼れない。
耳をすますと
……音がいっぱい入って来た。
それはこれ以上ないほどの大歓声で、敵が何をしているのかの理解を妨げるに充分すぎた。
何も状況がわからない。
私が追い詰められたことへの歓喜の声で。
普段ならば、こんなもの意識から追い出してしまえばいい。
でも今日は、集中するだけの余裕がない。
ギリギリで、焦ってるのだ。
腕に衝撃が来てガードが弾かれる。火球だろう。
すぐ体勢を立て直さないと、そう思ったが、なんだか気持ちが脚を引っ張って
ガードが遅れた。
頭に衝撃が来て私は吹き飛んだ。
地面でバウンドしたのか背中への衝撃と浮遊感が高速で交互に来る。
ッ。
またしても衝撃が来た。こんどは体に。また火球が命中したのだろう。
ああ体が転がってる。
もう速く立ち上がらないと、とは思うが地面がどっちか一瞬迷う。
どっちだっけか。
また衝撃が来て、人工芝でのたうち回る私に、大歓声を越えた大音量が無慈悲に聞こえてきた。
『麻美選手のゥ――――――――‼‼勝利ィ―――!!』
一瞬、何を言われたか理解出来なかった。
こんなにもあっさり、違和感を感じる程自然に、私の負けで試合が終わった。