009 揚げリンゴ一本銅貨一枚
倒した蟻蛇竜は集めて荷台に載せた。解体すれば鋏のような大顎や鱗のある甲殻が素材となるらしい。虫のような蛇のような謎モンスターだが、こいつも大きさは中型犬程度ある。十匹もいればそれなりの量になった。
「思わぬ収穫だな。ギルドに帰って換算できたら取り分渡すからな」
「よかったなサラ、ニート卒業だ」
「え、お金もらえるんですか? やったー!」
労働の喜びを感じているサラを見つつ、棟梁タッツに尋ねてみる。
「こういうモンスターとの遭遇ってのはよくあるのか?」
「どうかな、運次第ってところか。まあ、防護柵の内側ならほとんどないが、森の周りじゃある時はある。だからお前らみたいな護衛を作業員に勘定するんだ」
「開拓者ギルドにも護衛専門のやつがいるのか?」
「ああ、もちろん。だがそういう奴はたいていギルド主導の開拓計画に始めっから組み込まれるからな。今回みたいなぽっと出の依頼の時に手が空いてないこともある。そういう時はお前らみたいに冒険者ギルドから人手を借りるんだよ」
開拓者ギルドも元は冒険者ギルドから独立・発展した組織だ。当然、腕の立つやつはいるし、確保している。それでも足りない時は提携先から借りるのだ。
◇◆◇◆◇
主要な枝葉を切り落とした棟梁タッツは足場から下り、その解体を指示する。最初のエンカウント以降、群れで襲われることはないが、モンスターは散発的に現れた。オルメクトの他に群蜥蜴も現れたが、単体では俺の出番などなく、どれもサラに瞬殺されていた。
落とした枝葉のうち、木材として利用できそうな箇所のみを荷台に積み、俺たちは防護柵を辿って門へと帰る。開拓ギルドでオルメクトの死骸を引き渡し、その場で棟梁タッツから依頼完了のサインと臨時収入をもらう。
「一体につき銅貨三枚か。安いなあ」
「討伐依頼が出ているモンスターを倒したわけじゃないからな。死骸を解体して素材として渡せば、部位ごとに値をつけてもらえるが、それには技術と伝手がいる。高く買ってもらおうと思ったら、納品の数を安定させる必要もある」
「片手間の仕事には小遣い程度ってわけか」
そうだ、と手の中で銅貨三枚を遊ばせながら、棟梁タッツは頷いた。
「棟梁はそれだけでいいのか?」
「ん? ああ、働いたのはお前らだしな。今夜の飯に一品おかずが増えれば、それで上等よ」
棟梁タッツは黒く焼けた顔に白い歯を輝かせながらカラカラと笑った。俺とサラは開拓ギルドを出て、冒険者ギルドへと戻る。道中でサラが屋台売りの揚げリンゴを見つけた。
「ベルガー、リンゴ食べましょう! リンゴ!」
「甘そうな匂いだな」
「おいしいですよ!」
俺は店員のお姉さんから揚げリンゴを二人分買う。長い串にリンゴが三切れ刺さって銅貨一枚、オルメクト1/3体分だ。一本をサラに渡す。
「おごりだ。代わりに竜王について教えてくれ」
「え、いいんですかやったー! いただきまーす」
サラと歩きながら揚げリンゴを食べる。衣を付けたリンゴを揚げただけだが、なにかスパイスのようなものを感じるし、リンゴの甘みも加熱されて増している。横のサラは幸せそうな顔をしている。良いことをした。
「竜王ですか? うーん、六客人の一人で世界を作って竜を作った上位存在、神様ですね」
それは本人も言っていたので知っている。俺はもっとこう、具体的な活動を知りたいのだ。世界を作ったとか竜を作ったとか壮大過ぎてちょっとおれよくわかんない。
「なんか伝説とか逸話とかないのか?」
「聖母の護衛として、世界を巡ったという話が一番有名ですね。聖母も六客人の一人で、世界に水を作りました。それで、水の流れを作るために世界中の大陸に泉を作る旅に出るんです。竜王はその護衛として一緒に付いていきます」
なんか作ってばっかりだな。創世の神様たちだから作るのが仕事なのか。そして六客人仲間の聖母。竜王の言っていたネルが聖母なのかもしれない。世界中をずっと旅するくらいなら恋人であった方が自然だろう。創世の神々なのに護衛が必要なのかとも思うが、実際、竜王の亡骸も元は竜王のものだ。ヒトの身体になって舐めプしてたのかしれない。
「護衛ってことは、途中でモンスターに襲われたりするのか?」
「ええ、まあ、たいていは一撃で倒してしまいますけどね」
やっぱり舐めプか。それでも無双とか。恋人にいいとこ見せようと張り切る高校生男子か。だが俺にもその力が秘められているかもしれないのだ。期待感が湧き上がる。
「その話で竜王の武器は剣か? 槍か?」
「ううむ、ちゃんと覚えてないですけど、どっちかというと雷でしょうか」
「雷?」
「はい、竜王は天候と歴史を司るので、多分雷とかも自由に操れるんじゃないですかね」
「はあ、雷ねえ」
雷系だと! 超かっこいいじゃないか! というか身体のスペックをヒト並みに落としたのに天候操作でモンスター倒すとかスペックダウンの意味なくないか? たいていのモンスターはオーバーキルだろう。
「雷が撃てれば、邪竜も倒せるかもなあ」
「当たりますかね?」
「避雷針みたいに誘導できれば……ああ、なるほど」
「なんです?」
「邪竜に金属棒、それこそ槍とかを刺せればそこに誘導して雷を落とせる。竜王は槍とか投げて、雷を呼んだんだな」
玄室に槍がなかったのは投げてしまったからかもしれない。一仕事終えていたのだろう。しかし雷か。投槍みたいに身体が覚えていたりしないものかなあ。
「ふうむ、課題は多そうですけどね。邪竜に刺さるほどに槍を投げられるかとか、鱗を貫けるのかとか、雷をどう呼ぶのかとか」
「智慧を絞らないとな」
「ううむ、難しいですねぇ……」
サラは目をぐるぐるさせている。考えることは苦手なのだろう。まだガバガバだが、竜王の伝説をなぞることで邪竜討伐の具体的な策がひとつできたのはいいことだと思う。闇雲に頑張っても成果を感じづらい。目標が明確な方がやる気になるというものだ。まったく無茶とも思わないのは、竜王の亡骸という伝説の一端がここにあるからだろう。
◇◆◇◆◇
冒険者ギルドで依頼完了を報告し、報酬を受取り、サラと別れ、俺は関所に戻った。詰め所にいた年の近い番人の兄ちゃんレクトに、槍について聞いてみる。
「槍? そこに掛けてあるやつを使えや」
即応重視ということで武器類は普通に詰め所の壁にかけてある。紛失や窃盗は仕方なしと諦め、無手でも制圧できるよう鍛え上げられるのがヤズーの流儀だそうだ。詰め所には常に誰かいるため、早々あることではないのだが。それにヤズーに追いかけられて逃げ切れるとも思わないしな。
詰め所にある武器の大半は領がまとめて購入したものだ。剣と鎧は個人的に鍛冶屋に作らせて装備するものが多いが、長くかさ張り、携帯携行に不向きな槍を個人で持つものは少ない。この詰め所ではヤズーくらいだ。槍は番人たちのメインウェポンで購入・修繕のために多くの予算が組まれており、良質なものが揃えられていることも個人で買わない理由のひとつだ。
俺は2mほどの槍を手に取り、訓練場へ移動する。早朝訓練時の番人たちの動きを思い出しながら、槍を振るってみる。こうしようと思って動かすのではなく、竜王の亡骸が自然と動くようなイメージで振るう。
柄を長く持って上中下段を狙って突く。上から叩き落とし、下を払う。柄の中ほどを持って左右を切り替えながら斬り、払い、突く。振ってみて、よく動くことに気がつく。槍が手に、いや身体に馴染んでいることを感じる。一度目に不確かだった動きも、二度、三度繰り返せば力の入れ具合抜き具合が分かってくる。これは、竜王の亡骸が覚えていることを俺が理解し直すという感じだろうか。
「おう、なんだ、上手く使うじゃねえか!」
没頭して槍を振るっていると、ヤズーが声をかけてきた。ヤズーの目から見ても竜王の槍技はいい感じということか。
「ああ、竜王の加護のようだ。剣よりも槍の方がしっくりくるんだ」
「ああん? ああ、最初に言ってたな。なるほど確かに竜王の得物は槍だな。素質があるんだな、多分」
「ヤズーから見て変なところはないか?」
「そうだな……もちっと動いてもいいんじゃねえか? ヒトもモンスターも棒立ちってワケじゃねえんだしよ」
なるほど、実際の戦闘では相手も動くから間合いや体捌き、位置取りも考慮しろということか。
「よおし、俺が相手になってやる! いくぜ!」
「ちょ、え、おま、うおっ!」
剛槍を突き出され、慌てて飛び退く。それを追いかけるようにヤズーは次々と突きを繰り出してくる。こちらを動かそうとする攻め方だ。俺は飛び退り、地面にキスするほどに這いつくばり、高々と跳んだりして必死に躱す。
ヤズーとの死の追いかけっこは日が暮れるまで続いた。