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008 とんでぶれーど

 俺とサラは開拓者ギルドを訪ねた。開拓者ギルドは未開拓地を拓く木こりや大工たちの集まりだ。

 今回の仕事のリーダーである棟梁タッツは日に焼けた筋骨隆々のちょい悪オヤジだ。大工仕事がメインだが、樹木の伐採や剪定もするそうだ。


「切る場所は分かってるが、防護柵の向こう側だからよ。モンスターに襲われる可能性がある。道中と作業中の護衛を頼むな。あとは道具と切った木の運搬だな」

「わかった。適宜指示を頼む」

「おうよ」


 道具と資材を載せた荷台を驢馬獣竜(アゼノケス)が引き、俺はそれを後ろから押す。サラは護衛なので周囲を警戒しながら歩く。

 モンスター防護柵はゴルドベルの街の北西に広がる森に沿って設置されている。森から十分に離れた位置に建設されたのだが、それも昔のこと。森も生きており、一部はその生息域が拡大し、今回のように木々の枝葉が柵を越えてモンスターの侵入経路となる部分も出てきた。

 長く伸びる防護柵にも門があり、番人が門番をしている。森に入る者はここから出入りするのだ。ちなみに山で目覚めて森を抜けた俺だが、防護柵が始まる位置よりも早く街道に出たからここは通っていない。


 番人には話が通っており、俺たちは門をくぐり、防護柵に沿って目的地を目指す。久しぶりに見る森は静かだった。最初に入った時はすぐにグルパケルの群れに追われたため観察する余裕もなかったが、草木が鬱蒼としており、ヒトのための入り口は限定されている。植物も豊富で、シーゲル小父さんに教えてもらった薬草も、闇雲では見つからないだろう。森で何か採取するなら森の歩き方を学ぶ必要がありそうだ。


                ◇◆◇◆◇


 モンスターの侵入経路と思われる場所に到着する。辺りは草木が生い茂って藪になっている。高く成長した木の枝葉が、防護柵に届くか届かないかという位置まで伸びていた。グルパケルが登って跳べば防護柵を超えられる距離だろう。

 棟梁タッツは荷台から鎌を取り出し、俺にも渡してくる。まずは周辺の草払いから始めるようだ。


「草払いならお手伝いしましょう」

「うん? 嬢ちゃんは周りを見ててくれればいいぞ?」

「いえ、すぐ済みますから」


 サラはそう言って低く構える。そこから更に深く踏み込む。短パンからハイブーツまでに見える太ももが白く眩しい。足を大股に開いても姿勢が安定している。体幹とかいいんだろうな。


「はっ!」


 剣を横薙ぎに払う。それは大地を這うような斬撃で、半月を描き、雑草も細木もまとめて宙に舞った。サラはそのまま歩を進め、剣を振るう。一歩ごとに広範囲の雑草が一閃されていった。


「おおう、見事なもんだ」

「ううむ、流石だな」


 伐採対象の木の周りをすっかり刈り終え、サラは剣を納める。やったことは草払いだが、ひとつの剣舞を見たような緊張感と清々しさだ。俺たちの称賛の声にも動じず、凛々しいサラはかっこいいなあ。


「細かいところはお任せいたしますが、ひとまずこのくらいでいいですか?」

「ああ、助かった。草刈りは腰にくるからな」


 棟梁タッツは鎌をしまい、木の周りを見て回り始める。どこから切るかを考えているようだ。森の警戒に戻ったサラに、俺は声をかける。


「あんな下段で斬ることがあるのか?」

「戦闘ではまずないですけど、深い体勢への移動も剣筋のコントロールも出来て損はないですね」

「なるほどな。確かにあそこまで動ければ、たいていの動作は支障なくこなせるか」


 棟梁タッツから声がかかる。足場の位置が決まったようなので荷台から資材を下ろしていく。


「木に登って切るんじゃないんだな」

「ここは防護柵の向こう側だからな。街の中ならそうするんだが、外だとモンスターに襲われたときに対応できねえからな。それに何より楽だしよ」


 棟梁タッツの指示に従い、資材を運び、支えて組み上げる。組み上がった足場に棟梁タッツが登り、枝葉を順に切り落としていく。俺は落ちた枝葉を拾い、片付けていく。


                ◇◆◇◆◇


 落ちた枝葉を集めるためにバサバサと音を立てていると、サラが静かにするよう言ってきた。


「む、モンスターか?」

「まだわかりません。ですが何か、聞こえた気がします」

「棟梁! モンスターかもしれん!」


 俺は枝葉を放り投げ、足場へ駆け寄る。棟梁タッツも手を止めて警戒する。サラは森を注視している。

 ガサッと微かに音がした。音は連続して響いてくる。サラは剣を構え、重心を低くする。俺も剣を抜く。


「ベルガー、棟梁は任せますよ」


 その言葉が聞こえた瞬間、森から黒い影が飛び出してくる。ひとつふたつみっつたくさん!


「おう! 思いっ切りやってくれ!」

「承知!」


 踏み込んだサラが矢のように駆け出し、先頭の一匹を仕留める。それは身体が三つに分かれるような()を持ち、胸部から肢が六本生えている。昆虫のような構造でありながら、鱗で覆われ、全体的に細長い。サラの剣が突き刺さった頭部には大きな鋏のような顎がある。虫と蛇が組み合わさったようなモンスターだ。


蟻蛇竜(オルメクト)か!?」


 棟梁タッツが名前を叫ぶ。剣を引き抜いたサラが、迫る二匹のオルメクトの間を回りながらすり抜ける。すれ違いざまに肢を数本ずつ切断したが、オルメクトは苦しむ素振りもなくサラを追いかける。


「止まらない? 虫の性質があるのか!? サラ、気をつけろ! 頭をやらんと止まらんぞ!」


 声に反応したのか、それとも迫る二匹に気づいたのか、サラは止まらず距離を取って大顎による攻撃を回避する。そして攻撃後の隙を逃さず、連撃でオルメクトの頭を斬り飛ばす。


「なんでこんなに……」


 棟梁タッツの困惑の通り、オルメクトはまだ七匹残っている。森でグルパケルに囲まれたときもそうだったが、俺はモンスターに集団で襲われる星の下にでも生まれたのだろうか。オルメクトは組み上げられた足場、つまりこちらに向かってくる。サラが進路に割って入るが、何匹か通してしまう。


「ベルガー!」

「わかってる! 棟梁、落ちないようにな!」


 仕留められるのは一度に一匹だ。足場の下で迎え撃つと隙が生まれ、討ち漏らしたオルメクトに登られるかもしれない。なるべく足場へたどり着かれる前に数を減らそう。俺はこちらへ向かってくる三匹へと走り出す。


「らあっ!」


 真正面から剣を突き込む。オルメクトの顔を割り、剣が突き進み、胸部まで達する。肢はまだ動き続け、こちらを掠めてくるが、致命には程遠い。串刺しにしたまま両腕に力を込め、オルメクトごと振り回してもう一匹にぶつける。肢が数本折れ飛び、遠心力で剣が抜ける。


「おあっ!」


 剣を振り上げ、肢を失い動きが鈍ったオルメクトの頭部を唐竹割りにする。竜王の亡骸の膂力が余さず剣に込められ、オルメクトの頭部を潰しながら地面に叩きつける。


「もう一匹は!?」


 俺を抜けたオルメクトが一匹、足場に辿り着き、止まることなくスルスルと登っていく。速い。六本の肢の爪が足場の柱のわずかな凹凸を逃さず捉えている。普通に登っては追いつけない。


「ちっ!」


 とにかく走る。棟梁タッツにオルメクトを迎撃できるだろうか? 否、それは俺たちの仕事だ。棟梁タッツの仕事は伐採であって、心置きなく仕事してもらうために俺たちがいたはずだ。いや、いるのだ。だから、俺たちがどうにかしなければならないのだ。

 出来ることは何だ? 俺が出来ることは? 俺の身体は竜王の亡骸で、俺の手には剣がある。走って登っても追いつかない。だが俺は諦めない。あがいて、もがく。俺は剣を逆手にもち、槍投げ(・・・)をするように構える。


「おぉおおおらァアッ!」


 地面を踏み締めた反動を腕に伝え、膂力と合わせて投擲する(・・・・)。剣が指を離れ、飛ぶ。狙い過たず、棟梁タッツに迫ったオルメクトの胸部に突き刺さる。剣はオルメクトを貫通し、足場の支柱に縫い止め、大きく揺らす。


「うおおっ」


 棟梁タッツは突然の揺れに驚くが、どうにか足場に踏みとどまっていた。よかった。当たった。よかった。


                ◇◆◇◆◇


 サラは問題なく四匹のオルメクトを倒していた。強い。

 俺は足場をよじ登り、突き刺さった剣を回収する。縫い留められたオルメクトが下に落ちていった。


「すみません、一匹抜かれた」

「いや、突然揺れたのは驚いたが、ちゃんと全部仕留めたじゃねえか。ありがとうよ」


 棟梁タッツは礼を言ってくれた。俺としては危険にさらしてしまったので少し心苦しい。下に降りるとサラが寄ってくる。


「見ていましたが、よく当てましたね。見事でした」

「そうか? 外れる気はなかったけどな」

「剣の投擲が得意なのですか?」

「いや、初めてだ」

「は?」


 サラはふざけているのかという顔をするが、ううむ、本当に外れる感じは全くしなかったのだ。剣を投げるという選択(・・・・・・・・)は、正直よく思いついたと思う。諦めずにあがいてもがいた結果だ。だが、そこからの投擲はとても自然な動きに感じた。身体が覚えているということだろうか。


「……戦闘中に軽々と回収できないような場所へ投げるのは控えたほうがいいと思います」

「言う通りだ。そうだな、もう一本何か持つかな」

「ナイフならかさばらないのでは?」


 そう言われて、雑嚢袋からシーゲル小父さんにもらった解体用ナイフを取り出す。振りかぶって投擲モーションを取ってみるが、どこかしっくりこない。


「ううむ、もうちょっとちゃんと長いものの方が投げやすい気がするな……」

「なんですかそれ。投槍とかがいいんですか?」

「投槍か。そうか、なるほど」


 俺は投げ捨てた枝葉から、1.5mほどの長さの枝を作る。投擲モーションを取ってみると、枝は軽いが長さはしっくりきた。やはり棒をもつとテンションがあがる。振り回すにはもっと長くてもいいかもしれない。男の子だな俺は!


「よくもまあ、そんなにクルクルと。もしかして槍が本職ですか?」

「へ?」

「……記憶がないというと、身体が覚えている? 無意識なのですか?」


 サラから見ても、俺の棒切れの扱いは巧みらしい。それはつまり竜王の亡骸(俺の身体)に染み付いた何かということか。ちょっと探りを入れてみる。


「つかぬことを聞くが、竜王ってのは、槍が得物なのか?」

「はい? ええ、絵とか像になっている竜王は槍を持っていますね」


 玄室の長櫃には剣しか入っていなかった。他に武器らしい武器はなかったので剣が得物なのかと思っていたが、なんということだ。竜王の亡骸(この身体)についても、もっと知らなくては。


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