006 芋うめー
とりあえず元気になったサラは冒険者ギルドから出ていき、俺は受付のお姉さんに平謝りした。抜剣したことはもちろん、弱みにつけこんでナンパなんてサイテー卒業させないように束縛するなんてアリエナイ見損ないましたと存分に心を抉られた。
ようやく解放された俺は依頼掲示板の前に立った。まずは冒険者としての仕事をこなしてみるところからだ。
掲示板には依頼票が貼り出されている。農作物や荷物の運搬、耕作地の開墾や農作業の手伝い、街道やモンスター用防護柵の工事や修繕、モンスターの討伐や素材採取など。
なんでも屋といっていいほどになんでも依頼はあるが、共通しているのはどれも報酬が安いことだ。銅貨三十枚を超える依頼はほとんどない。ギルドに来る前の情報収集で聞いた料亭の一食の値段が銅貨三~五枚だったから、頑張れば十日は食いつなげる程度だ。冒険者ギルドは衣食住を格安で提供してくれるが、それはどれも最低ラインだ。
サラの元仲間たちのようによりよい暮らしを求めて安定の道を選ぶというのは、よほどの余裕がなければ普通の選択肢だと思う。
けれど俺の目標は邪竜を倒すことだ。安定した暮らしを得るのはその後でもいい。やるべきは三つだ。世界を知ること、邪竜を知ること、戦闘力を上げることだな。
世界を知れば、ヤズーやサラのように邪竜と戦える人材や邪竜討伐を支援する組織が見つかるかもしれない。邪竜がフラットレント王国を滅ぼして十数年だが、すべてのヒトが死に絶えたわけではない。邪竜やモンスターから逃れたヒトが周辺国へ逃げ入ってきているはずだ。この冒険者ギルドにだってそういった連中がいるはずだ。それを味方につけ、戦力にする。何も一人で戦う必要はないのだ。
邪竜については、ヒトや国との関わりもだが、邪竜の攻撃手段や率いているモンスターなど戦闘力も知りたい。いかにしてフラットレント王国を滅ぼしたのか、そういう情報を集めていこう。直接見に行ってみるのもいいだろう。より実感が沸くというものだ。
そして戦闘力。話し合いや化かし合いで邪竜を倒せるならいいが、戦闘を前提にしておいたほうがいいだろう。国同士での交渉も、互いに同等の力をもって初めてテーブルにつかせることができる。邪竜がどう考えるかは分からないが、戦うには面倒な相手と思わせておいた方が都合はいいはずだ。
いきなり邪竜レベルは無理だろうから、まずは何か大物を倒せるようになろう。サラたちが倒したという牛獣竜なるモンスターも気になる。ある程度力を示せれば、サラも仲間と認めてくれるだろう。
◇◆◇◆◇
見渡す限り広がる広大な畑で、俺は芋を掘っていた。俺が受けた記念すべき最初の依頼はオスポテトというじゃがいもっぽい芋の収穫と運搬である。オスポテトは東大陸でポピュラーな食べ物で、茹でたり焼いたり揚げたりと料理にも多用される。寒冷な地域でもよく育ち、加工も容易く保存も効くと、素晴らしい食物だと依頼人のシーゲル小父さんが力説してくれた。シーゲル小父さんはちょっと枯れた感じのある農夫だ。五十歳が近づき、最近腰への負担が怖いらしい。あと薄毛にも悩んでいる。
木箱いっぱいに収穫したオスポテトを荷台に積み上げ、日が暮れる前に街の中へ戻る。荷台を引くのは家畜化されたモンスターの驢馬獣竜だ。四足の獣竜系モンスターの中でもおとなしく、というよりのんきな奴だ。力は馬獣竜なる近種より非力だが、そのゆるさが家畜化に向いていたのだという。
俺は荷台を後ろから押す。シーゲル小父さんの好きなオスポテト料理や好きな酒、好きな娼館の女の話などを聞きながら、街の入り口である関所に辿り着く。
「おう、シーゲルのおっさんにベルガーか。さっそく依頼か。芋は穫れたかよ」
「ああ、ベルガーくんはよく働くね。いやー助かったよ」
「はっはっは、まーだ初日だ。張り切ってんだろ。うし、俺も上がりだ。小屋まで押してやるよ」
「おお、すまんねヤズー。いやー、俺も歳だな」
ヤズーの怪力が加わり、アゼノケスの足も早くなる。シーゲル小父さんの小屋まで辿り着くと、俺は依頼完了のサインをもらい、ヤズーと共に冒険者ギルドへ向かった。
「はい、依頼完了ですね。こちら報酬の銅貨十枚です」
「はっ、やっぱ少ねえよなあ報酬。まあ、頭使うわけでもねえし、こんなもんか」
三食分、下手すればニ食分にしかならない報酬だが、まあ、こんなものだろう。力さえあればどうにかなる仕事で、難しい技術も知識もいらない。シーゲル小父さんの言う通りに芋を掘って木箱に入れるだけの仕事だ。
だが、何かやることがあり、それに対して報酬が出るのは大切なことだと思う。冒険者ギルドはならず者の集まりだ。簡単な仕事でもないよりマシで、ちゃんと飯が食えるなら繰り返せば考える余裕も生まれる。そういう世界を知ることができたのだから、俺は十分満足だ。
「よおし、飯食おうぜ、飯。おいベルガー、何が食いたい?」
「もちろんオスポテトだな。収穫したのなら、その味もちゃんと知らねばならないからな」
「はっはっは! 芋なんてどこでも食えるっつーの! まあ、いいぜ。芋はどうやっても美味いからな!」
そうして俺たちは屋台でひたすらに芋を食べた。
◇◆◇◆◇
俺はヤズーに着いて、関所に勤める番人たちの宿舎へ向かっていた。身元保証人を引き受けてくれたヤズーは、当分俺の住の面倒も見てくれるらしい。
「助かる。いやあ、宿についてはまったく考えていなかったからな」
「構わねえよ。邪竜を殺ろうって奴を無下にはしねえよ。邪竜もずっと放置してられねえ。どこかで誰かが動かなきゃならねえんだがなあ。シュケン王国か、オーゲンブラウ王国か」
「オーゲンブラウ?」
「フラットレントを挟んで更に東にある国だ。あっちへ行く間にフラットレントがあってよ。もう何年もまともな交易がねえんだ。東大陸じゃ一番古い国だが、あっちも大変みてぇでよ」
邪竜に分断されてしまったということか。難民となったフラットレント王国民はそのオーゲンブラウにもたどり着いているのだ。国交が制限され、連絡を密にできない状況では連携も難しいだろう。
「邪竜を倒す、か。まあ、何から手を付けりゃあいいのかさっぱり分かんねえがな」
「俺が下手につついて今の硬直状態を崩すかもしれんぞ?」
邪竜は滅ぼしたフラットレント王国に居座り、周辺へは出てきていない。余計なことをするかもしれない俺の懸念を、ヤズーは鼻で笑い飛ばす。
「今が硬直状態だって? まさか。攻められればシュケン王国も即滅亡だ。見逃されてるか、眼中に無えか。つまり俺らはクソ雑魚ってことだ。いつでも殺れるんだよ。触れなきゃ動かねえなんて思ってるのは都合よく思いたいバカどもだけだ」
「そうか……国はなんか準備してるのか?」
「いや、まだ余裕がねえ。フラットレントから流れてきた連中をようやく受け入れてる状態だ。一応、偵察というか監視は飛ばしているがよ。せいぜいが国境辺りまでだって話だ。どうこうできるような力なんてこれからだな」
仮にも領主子息で門番役であるヤズーの言うことだ。シュケン王国としても対邪竜の動きはこれからということか。
「フラットレントから流れてきた奴らは国を取り戻すよりも今の生活の方が大事でな。分からんでもねえけどよ。活きが良かった連中もだいぶ減っちまったな」
「……サラという少女を知っているか?」
「ん? ああ、あの小娘か。そうだな、この辺じゃあいつくらいだな。まあ、取り巻き共がダメくせぇんだけどなあ」
ヤズーの目にも、サラとそれ以外は違って見えていたようだ。
「昼にパーティを解散してたぞ」
「マジかよ!? っかー、あの女、剣の腕はよかったのになぁ」
「いや、正しくはサラを残して他の連中が諦めたといったところだ。俺が発破をかけたら元気になったから、まあ、サラは大丈夫だと思うぞ」
「マジかよ! ったく手が早えなベルガー! 流石だな! ありゃあイイ女だぜ!」
笑うヤズーの切り替えの速さに呆れるが、俺もいい女だと思う。あの凛々しさは気持ちがいい。
◇◆◇◆◇
宿舎では意外にも番人の皆に歓迎された。寝床をもらい、早朝訓練にも参加した。年の近い番人の兄ちゃんレクト が言うには、ヤズーは俺のことをたいそう気に入ったらしく、機嫌がいいらしい。上司の機嫌がいいと気持ちが安らぐのはどこも同じようだ。彼らにとって隣国の邪竜よりも隣のヤズーの方が脅威度は上なのだ。
訓練を終え、屋台で朝食を取り、俺は冒険者ギルドを訪ねた。朝のギルドは繁盛しており、掲示板では依頼の取り合い奪い合いが起きていた。俺は昨日と同じくシーゲル小父さんの依頼を見つけて受注する。
出発しようと思ったところで、朝の活気に加わらず、ひとり席に座っているサラを見つけた。どこか気の抜けた様子だが、昨日のような悲壮感はない。ぼーっとくつろいでいるように見える。凛々しさはなく、少しほんわかした雰囲気だ。こういった面もあるのか。これはこれでとても愛らしい。
「おう、おはよう」
「……おはようございます」
サラは居心地悪そうに挨拶を返す。昨日のことを気にしているのだろうか。俺は特に気にしていない。気になるのはサラだ。
「サラはどんな依頼を受けるんだ? 俺は芋掘りだ!」
「芋掘り? ……まあ、冒険者なりたてはそんな仕事ですよね」
「まあ、正直俺も、昨日あんなでかい口を叩いててなんだかなあと思うが、まあ、そもそも俺は知らないことが多すぎるからな」
「はあ……」
俺の態度に毒気を抜かれたのか、サラはため息をついて姿勢を崩す。テーブルに顔を突っ伏してだらける姿は愛らしい。サラは顔だけこちらに向けてぼやく。
「私はいったいいつまで待てば邪竜を倒せるんでしょう」
「なあに、そう待たせはせんさ。俺とて何の手立てもなく邪竜討伐を掲げているわけではないからな」
「というと?」
興味を示してくれたようなので俺も身をかがめて顔を近づける。特別なことを教えてあげるような雰囲気が大事だと思う。内緒話だ。顔を寄せる口実でもある。
「うむ、ヤズーが俺を気に入ってくれてな、今は関所の宿舎に宿を借りている。訓練にも参加させてもらっているし、元々この身体の方は戦い慣れているようだから、存外力もつきやすそうだ」
「へえ」
「それにヤズーも邪竜には腹を立てている。殺る時は声をかけろと言われたからな。ヤズーが動けば国、とまではいかずともこのレイニーグ領くらいは何か動いてくれるだろう」
「……本当ですか?」
まあ、まったく確約のない話だが、サラの闘志を消さないためにも多少話を盛るくらいいいだろう。
「それもこれも俺やお前の行動次第ということだ。フラットレント王国の強さは知らんが、シュケン王国やレイニーグ領よりは強かったって話だ。そんな国がやられたということは生半では足りん。ヤズーでも足りん。もっと力が必要だ。智慧もな」
「……そのために芋掘りですか?」
ああ、と力強く頷いて、俺は立ち上がる。
「遠回りかもしれんが、まあ、それは俺がこの世界を知らず、それを知るために必要な道と思ってくれ。そうだな、教養だ教養」
「……教養」
その言葉を聞いてサラは考え込む。こうしてなんだかんだと言い包められる辺り、サラも案外教養がないのかもしれない。
「それじゃな、今日もバリバリ働こう! はっはっは!」