005 命の恩返し
冒険者ギルドの受付カウンターで、茶髪ポニーテールの受付のお姉さんが冒険者について説明してくれる。
「改めまして、冒険者とは言ってしまえば何でも屋です。依頼を受けてそれをこなして報酬を得る。そういったヒトをまとめて冒険者といいます」
「冒険要素はどこにあるんだ?」
「依頼の内容ですね。普通のヒトには危険が伴うこと、モンスターの討伐や未開拓地域での採集など、こなすのが難しいところが冒険要素です」
確かにそういうところが一般的な冒険者の魅力だろう。ゴブリン退治から始まり、秘境やダンジョンを目指し、伝説の武器を手に入れて、竜を倒す。どれも危険を冒さずにはいられない。
「モンスター狩りなどは軍兵の任務でもありますけど、あちらは自由がなかったり高い教養を求められます。一方で冒険者は自由気まま。その日暮らしに向いていますね」
「ギルドの職員さんがそんな感じでいいのか?」
「これは覆しようのない事実ですし、私だってそっちの方が冒険者らしいと思いますから」
「ふうむ、なるほど。確かにそうだな」
この国の冒険者ギルドはフラットレント王国の滅亡によって大きく役割を変えたが、元々は隙間産業をこなしながら、危険の先にある自由を手に入れる連中だったんだろう。それがどれほど難しいかは置いておいて、そうであって欲しいと俺も思う。
「冒険者になることで、いくらか課税が免除されます。ぶっちゃければ報酬から引かれてるだけなんですけど、そういった細かな手続きが苦手なヒトもいますしね。強制ですけど税を支払うことになるのでシュケン王国民として認められます。それで冒険者といえるのかどうかは、まあ、そのヒト次第ですけどね」
「自由か保証か、か。うん、ありがとう。よく分かった」
そうして俺はヤズーからの紹介状を渡す。
「これは?」
「実はとてもとても面倒なことに俺は記憶喪失なんだ。一応、身元保証人になってくれるヒトができて、彼からここで登録すれば身分証もできると言われた」
「や、ややや、やあああ」
紹介状を開いた受付のお姉さんの顔が引きつる。俺も困った顔をしてしまう。ある意味、脅迫状のようなものだしな。まあ、効力はあったようだ。一応、安心安全アピールを忘れない。
「大丈夫、俺はいきなり槍で突いたりはしない」
「そ、そうですか、そうですよね、皆が皆、あんなではないですよね」
受付のお姉さんは紹介状を手に、一旦奥へ引っ込む。ちょっと偉そうなおじさんに紹介状を見せると、おじさんも一緒に受付カウンターへ戻ってきた。おじさんは主任のおじさんらしい。
「紹介状を拝見した。筆跡は間違いなくヤズーのものだ。あの男に気に入られるとは、なかなかの御仁のようだな」
「命からがらだったけどな」
「ふむ、記憶がないということだが、使命もあるとか。聞かせてもらえるか?」
「ああ、信じてもらえるかわからんが、気がつく直前に竜王を名乗る男に邪竜を倒せといわれた」
「竜王……邪竜を……」
主任のおじさんと受付のお姉さんはそろって怪訝そうな顔をしている。
「記憶がなくて、竜王のお告げを聞いた、か……一度医者に行ってみることを進めるが」
「普通はそうだよなあ……前提として俺には記憶がなくてこの世界の常識も知らないからこういった質問をするんだが、やはり竜王というのはそう簡単にお告げとかはしない存在なのか?」
竜王はぶっちゃけ、神様だろう。今この時代、神様とヒトはどれほど近いのだろうか。主任のおじさんは困った顔をして答える。
「そう言われるとなんとも言えんな。六客人に会ったという者はこれまでにもいたからね。ああ、それも噂や語り部の話だがね」
「語り部?」
「語り部も知らないんですね。それこそ竜王の使いとも言えるヒトビトですよ。世界を旅してその土地その土地の歴史や出来事を聞き集め、物語として語り継ぐヒトビト。それを語り部と呼びます。彼らは集めた物語を編纂し、竜に捧げるんです」
「竜に捧げる? 竜が物語を集めているのか?」
「そうだ。竜というのはこの世界の歴史のすべてを覚えている。竜は何百年何千年と昔から生きているからな。語り部が集めた物語は竜によって記録され、竜は語り部を通して私達に歴史を伝える。竜が知恵や知識の象徴とされるのもそういう理由だ」
竜は物語を集める。竜王も物語が欲しいと言っていた。物語を作るために俺を送り込むというのは若干マッチポンプな気がしないでもない。敵役の邪竜も元は竜王が作ったらしいしな。
だが、歴史という大きな流れの中では些細なこと、きっかけに過ぎないのかもしれない。邪竜を倒せという使命だって、やってもいいし、やらんでもいいと言っていた。こういったマッチポンプを嫌うのであれば、別に乗らなくてもいいということだろう。
遊んでいるとも思えるし、俺の意志が尊重されているとも思える。あるいはそういうのが創世神、上位存在である彼らの役割かもしれない。
「竜や語り部については分かった。ありがとう。まだ知らないことも多いが、それでも目標といえるものは今のところ、邪竜を倒すで変わりはない」
「そうかね……まあ、登録が済めば君も冒険者だ。我々は冒険者ギルドの理念に則り、君たちの意志を尊重するよ。法の許す限りだがね」
そう言って主任のおじさんは大きく頷き、自分の席へ戻っていった。受付のお姉さんが説明を再開する。
「依頼は職員が精査し、ランク分けします。冒険者にもランクがあり、それに見合った依頼を受注することができます。初めに言っておきますが、依頼達成の報酬は、依頼人が支払ったお金からギルドの取り分を引いたものです。多少前後しますが、だいたい五割から八割がギルドの取り分と冒険者の税になります」
「話は十分聞かせてもらったからな。あれもこれも邪竜のせいにすればいいだろう」
このギルドはならず者の更生施設であり、職業斡旋所でもある。真面目に信用を積み重ねれば、その先も紹介してもらえる。サラの仲間たちも商人に拾われたと言っていた。聞いている分には随分と真っ当なところだと感じる。
「そう言っていただけるとありがたいですね。日常的に依頼数を揃えたり、冒険者の危険をなるべく減らしたり、彼らが苦手な事務手続きを代行したりと、必要な手間があるのですよ」
「信用商売だからな。実績を維持するために必要なことだと理解できる」
「うー、ベルガーさん、ギルド職員になりませんか? 理解あるヒトは貴重なんですよ」
「ありがたい申し出だが、なにしろ俺にはこの世界で必要とされる教養と常識がない。ヤズーに心配されるほどにな」
「ううむ、ヤズーはあれで領主の息子ですからね。そこらの冒険者と比べれば遥かに教養はありますが」
おおまかな説明は終わりらしい。俺は冒険者登録をして、ひとまずの身分証を手に入れた。俺は、冒険者に、なった!
「はい、登録完了しました。こちらが身分証も兼ねた認識票です。失くしたら再発行に時間と手数料がかかりますので、お気をつけて」
金属片に紐が通された認識票を渡される。金属片にはベルガーの名前と何やら数字が書かれている。恐らく管理番号だろう。
「これはシュケン国内ならどこでも有効か?」
「はい、関所を通るときも身分証明として使えます。ヒトの流れの把握もギルドの仕事のひとつですので、別の街や領へ移動したらギルドに立ち寄ってくださいね」
「わかった、ありがとう」
◇◆◇◆◇
登録を終えた俺は未だ項垂れているサラに声をかける。ちょっと緊張する。命を救ってもらった恩があるからまだ話しかけやすいが、しかし声をかけるには気後れするような美少女で、落ち込みようだ。竜王の亡骸よ! 俺に力を!
「やあやあ、さっきは森で世話になったな。改めて礼を言う。助かった、ありがとう」
「あなたは……そうですか、無事でしたか、それはよかったです」
サラは顔を上げて微笑む。可愛らしいが、元気がない。森で見せた気迫や凛々しさが失われている。パーティが解散されてやはりショックなのだろう。見ていてつらい。自力で立ち直るのにどれほど時間がかかるか分からんし、その間に別の誰かに奪われるのも癪だ。弱ったところにつけこんで何が悪い。やるかやらないかならやるに一択だ。俺は決意を固め、アタックする。
「俺はベルガー。さっき冒険者登録はしたんだが、実は記憶喪失でな。山で目覚めて森に入って群蜥蜴に追いかけられていたところをお前さんに助けてもらったというわけだ」
「記憶がない……そんなこともあるんですね」
「いやあ、お前さん、サラと言ったか、素晴らしい剣捌きだったな。見惚れてしまったよはっはっは」
「はあ、どうも」
実際、森で見たサラの剣技は見事だった。力強さと理不尽さはヤズーが上だろうが、モンスターの群れを一方的に撃退したサラもかなり強いと思う。
「お世辞じゃないぞ。俺はあの後関所でヤズーに怪しまれ、槍を突きこまれたからな。あれも強烈だったが、技のキレではサラの方が上だな」
「は? ヤズーに? よく生きてますね」
サラもヤズーの凶悪さは知っているようだ。顔の広い男である。おかげで少しこちらに興味を持ってくれたようだ。
「うむ、何事もなく森を抜けていれば死んでいただろうな。ヤズーの槍から命を拾ったのも、サラの剣を見ていたからだし、剣を抜くことを教えてくれたからだ。あれで俺は、戦うという選択ができるようになった。この剣を抜けるようになった」
「そんな……それだけで」
「それだけでも、だ。それが俺にはなかった。サラがくれたんだ。俺はお前さんに二度も命を救われたことになる」
「無茶苦茶な……あなたの実力ですよ」
少しこじつけだったか。だが、まるっきり嘘でもない。多少の無理は押し通そう。だからもっと、サラが俺に興味を持ってくれるよう、意識するよう話を続ける。
「……さっきの、お前さん達の話は聞いた。少し聞き捨てならんところがあってな、礼も兼ねて声をかけたんだ」
「……なんですか?」
「うむ、記憶喪失の俺が唯一覚えていて、果たすべき使命があるんだが」
「使命?」
「ああ、俺には邪竜を倒すという使命がある」
サラの気配が少し強ばるのを感じるが、俺は続ける。サラのこだわりのひとつだろう。こんなに落ち込んで、しかし彼らと一緒に商人へなることを、冒険者を卒業することをしなかった。
「俺は邪竜がどんなやつかは話でしか知らんし、見たこともない。記憶のない俺はそこから始まるんだが、それでも俺は邪竜を倒す」
「……何をバカな」
「思うだろ? 森でグラパケル相手にビビってただけの俺だ。何ができるかと思うだろ? 仕方ない。それは仕方ないと俺も思う」
サラは無言だが、その紺青の目で肯定している。まつげが長い。少し力が感じられる。恐らく邪竜討伐はサラにとっても気軽に扱われたくない領域なのだろう。それが伝わるから、俺はもう一方の領域も侵す。
「だが俺は決めている。邪竜を倒すと。記憶のない俺にはそれしかないからな。だから中途半端に投げ出さない。安定は求めない。進み続ける。お前の仲間と違ってな」
「っ!」
サラは激高する。当たり前だろう。何も為していない腰抜けが、去っていったとはいえ仲間だったもの達を侮辱したのだから。俺だって命の恩人で可愛くて美しく好ましく思える美少女相手にこんなことを言うのは心苦しい。けれど嬉しくもある。サラの目に怒りがある。さっきまでの沈んだ目ではない。こちらを睨む表情は森で見たときよりもずっと鋭くて恐ろしいが、サラの感情を動かせたことを俺は嬉しく思う。
「何も知らないヒトが! 私の仲間をバカにしないでください!」
「いーや、やめないぞ。俺の命の恩人を裏切った奴らだ。悲しませた奴らだ。徹底的にバカにしてやるさ。臆病者だ。本当の脅威に背を向けて見ないようにしているだけの、他力本願なゴミどもだ」
「――」
剣柄に伸びたサラの手を押し止める。流石にこんなところで刃傷沙汰はよろしくない。登録初日で冒険者ギルドを出禁になってしまう。ああ、怒りへの震えが伝わってくる。サラの怒りを直に感じている。細い手だ。愛らしい細さだ。こんな手で邪竜に立ち向かおうとしていたのか。
「俺は違う。このベルガーは違う。違うというところを見せてやるぞ、サラ。恩を返してやる。お前にもらった恩だ。命だ。命の恩だ。俺はこの命を賭けて、サラ、お前と一緒に邪竜を倒す。倒してやる。何しろ俺にはそれしかないからな!」
俺にとって都合のいいことにサラは今フリーだ。フリーになった。直感だが、サラは強い。仲間だった男たちもサラは天才と言っていた。普通とは違うと。邪竜を倒すにあたって必要な戦力だ。すぐに仲間になってくれるとは思わないが、このタイミングを何もせずに逃すべきではない。だから楔を打つ。サラが俺を意識するように。冒険者ギルドを卒業しないように。半端な奴にもっていかれないように。
サラが睨む。身体中にあふれる怒気が伝わる。綺麗な目だ。剣柄を握る手は細く華奢だ。小柄な少女だ。抱きしめたくなる。
「貴方のことなど……知りません」
「ああ、だからこれから見ていてくれ。知ってくれ。サラ。命の恩を返させてくれ」
むちゃくちゃだが、押し通す。押し通されるサラも可愛らしい。こちらを睨んでいた視線が、ふうと一息ついて緩む。剣柄を握る手の力も弱まる。
力が抜けたようなので俺もそっと手を離す。
「しっ!」
「ふぬっ!」
ギンと鈍い音が響く。サラの抜き放った剣が俺の首筋で止まる。俺の抜いた剣が止めている。竜王の亡骸で出せる全速力で抜剣した。防いだ。間に合った! 危なかった! よかった! これはヤズーのおかげかな!
ギリギリと剣を通してサラの殺気が感じられる。その目は先程までの怒りではなく、あの森で見た、凛としたまっすぐな瞳に見える。
「戦うという選択が、できるようになったのですね」
「ああ、サラのおかげだ。ありがとう」
パチンと剣を納め、サラは呆れるように言う。
「では、私に示してください。貴方が邪竜に立ち向かうということを。私と共に戦えることを」
「ああ。まあ、見ていろ」
俺はにかっと笑い、サラはふんっとそっぽを向いた。