004 ボンクラ達の卒業
俺はこの世界の常識がない。ヤズーが言うように教養がないのだ。いや、教養以前の問題だろう。
竜王の亡骸のおかげか文字の読み書きはできるし、残った知識から計算もできる。教養はないが国語・算数は大丈夫だろう。だからこれらを使って壊滅的な理科・社会を克服していくのだ。通った記憶はないが、小学生から出直してきなってやつだ。
なので冒険者ギルドに行く前に商店街で情報収集をする。ついでに買い物をして、銀貨を銅貨に替えておく。
買ったものは雑嚢袋に水筒、回復薬と呼ばれる水薬を数本だ。布切れを数枚、おまけでもらった。
飲み水も入れてもらったが、公共の湧き水があり、そこで自由に汲めるそうだ。飲み水がタダということは水源に困っていないということか。
集めた情報は三つ。この街と冒険者ギルドと邪竜についてだ。
この街の名前はゴルドベル。世界に五つある大陸のひとつ、東大陸の中央北部にあるシュケン王国レイニーグ地方の街だ。ゴルドベル一帯は国境や未開拓の森に接している交易の玄関口であり、様々なヒトや物や情報が行き交うため活気がある。一方でならず者が流れてきたりモンスター襲撃の危険性も高い。ということでレイニーグ領主子息のヤズーがトップとなって治安維持を行っているということだ。
ちなみにヤズーのことは大人も子供も老人も誰もが知っていた。共通見解は仏恥義理にヤベェやつだ。口よりも手よりも先に槍が出る男で、さしたる悪意もなく舐めた真似をした相手をブチ殺すらしい。あまりに殺しすぎるので部下たちが父である領主に懇願して槍にカバーを付けさせたそうで、それで即死はなくなったそうだ……即死は?
それでも特別重い処罰を受けていないのは、ヤズーの功績が抜群だからだという。どんなモンスター相手にも一番乗りで立ち向かい、打ち倒しているため、レイニーグ領防衛の要となっている。ヤズーが殺す領民の数よりもヤズーがいなくなってモンスター等に殺される領民の数の方が圧倒的に多いため、やむなしと認識されているとのこと。
次に冒険者ギルドだが、安定した職に就けない者やならず者たちに手綱を付けるための国営組織のようだ。登録すればシュケン王国の身分証が手に入る。報酬の大半がギルドの取り分になるが、それに税徴収も含まれるため、教養のない者もとりあえずこの国の一員として認められるというわけだ。
冒険者ギルドの役目は社会的ダメ人間を更生させ、社会的信用を積み上げさせ、士農工商業へ出荷することだ。ギルドとは名ばかりの、職業訓練校、あるいは初等教育施設だ。冒険要素はどこにあるのだろう? 今までの人生が冒険ということだろうか。
最後に邪竜だ。名前はブーゼ。東の隣国フラットレント王国を10~20年くらい前に滅ぼしたそうだ。当時のフラットレント王国は近隣国家で最強といわれており、ここシュケン王国とも同盟したり小競り合いしたりの仲だったそうだ。そんなフラットレント王国の王都リーギールが邪竜ブーゼとそれが率いる亜竜系モンスター軍団によって一夜にして滅んだとか。そこから数年かけてフラットレント王国内は邪竜軍団に制圧というか襲われていき、残念ながら滅亡となった。邪竜ブーゼはフラットレント王国にしか興味がないようで、シュケン王国へ攻めてくる気配はないようだが、増えたモンスターが国境付近まで出てくることもあるらしい。おかげで東への交易が遠回りになってしまっている。シュケン王国としても邪竜ブーゼは大変迷惑な存在だが、世界最強種たる竜を討伐する力もなく、冷戦状態となっている。竜自体はモンスターではないそうだが、いつ攻めてくるか分からない超強いヤバイやつが隣にいるってのはすっごい怖いんだが。ヤズーが隣に住んでいるぐらいにやばいと思う。
◇◆◇◆◇
一通りの情報を集めた俺は冒険者ギルドにやってきた。教養のない俺に最低限の身分をくれるありがたい施設だ。西部劇に出てくる酒場のような趣きで、荒くれ者どもが跋扈していそうだ。扉を開けると大声が響いてきた。
「なんで! どうしてですか!」
――俺は運命を感じた。
森で出会った紺青の髪の少女が、驚きと悲しみに塗れた顔で訴えていた。髪や服には少し血が飛んでいる。群蜥蜴を斬った時の返り血だろうか。相手は少年のような青年のような男が三人。どれも冒険者といった外見で、それなりに身体もしっかりしていて、しかしどこか疲れた表情をしていた。
「正直、もう俺たちはお前についていけないんだ」
「そんな! この前牛獣竜だって倒したじゃないですか! ランクも上がったのに」
「ランクが上がったからだ! 俺たちは認められたんだ。もう流れ者なんかじゃない。この国で生きていくのに十分な信用を得られたんだ」
「キーファさんに声をかけてもらったんだ。うちで働かないかって」
「キーファさんて商人の?……それは……そんな……」
男たちの悲痛な叫びに、少女は愕然とする。雰囲気は険悪というより、悲壮あるいは切実といった感じだ。突然別れを告げられた少女の方は戸惑いを隠せないようで、男たちは縋り付くような、決意を決めているような顔だ。
「だからもう俺たちは、冒険者は卒業なんだ。重ねた信用を無駄にはしない。世話になったヒト達に恩返しもできる」
「何よりもう……いや、これは」
何かを言いかけて、言いよどむ。それはもしかすれば少女を傷つける言葉だったのかもしれない。
「とにかく、俺たちは決めた。冒険者は卒業する。お前のことだってキーファさんは雇ってくれるって言っていたよ。すぐじゃなくても、決めたらいつでも、うちにきてくれ」
「そんな、うちって……みんな……邪竜は? 邪竜を倒すって、誓ったじゃないですか!」
少女のその言葉に、男たちの顔がこわばる。感情を押し殺すように、拳を握ったり服を握ったりして、何かを必死に堪えている。やがて絞り出すように、最後の言葉を吐き出す。
「……無理なんだ。無理なんだよ、俺たちには。サラ、お前ならできるかもしれない。だけど俺たちには無理なんだ!」
「すまない、サラ。だけど頼む。わかってくれ。俺たちとお前は違うんだよ。お前は確かに天才剣士だ。だけど俺たちは、普通なんだ……」
そう言って彼らは紺青の少女剣士、サラを残してギルドを出ていった。彼らは冒険者ギルドにとって模範的な組合員だろう。ならず者と呼ばれながらも信用を勝ち取り、安定した職を得て、市民に迎え入れられる。よほどヒトとして終わっているか、安定よりも自由を求めるかでもなければ、そうして市民として生きていく方が健全だろう。
別れを告げられ、パーティが解散されたサラは項垂れている。彼女も商人に誘われているようだが、ここに残った。安定を捨ててでも叶えたい願いがあるようだ。聞き間違いでなければ邪竜を倒すと言っていた。ふうむ、これは気になる。彼女の剣の腕は森で見ている。命の恩もある。できるなら勧誘したい。
それにはまず俺自身が冒険者ギルドの一員にならねばならない。サラの様子を気にしつつ、俺は受付カウンターへと向かった。
◇◆◇◆◇
「すまない、初めてなんだが構わないか?」
「はい、そうしますと冒険者登録でしょうか?」
茶髪ポニーテールの受付のお姉さんが対応してくれる。先程のサラ達のやり取りは気にしているようには見えない。あの程度は日常茶飯事なのだろうか。
「最終的にはそうなると思う、が、何しろ冒険者というものは聞きかじった程度しか知らないんだ。申し訳ないが説明をしてくれないか?」
「はい、構いませんよ。冒険者とは言ってしまえば何でも屋です。依頼を受けてそれをこなして報酬を得る。そういったヒトをまとめて冒険者といいます」
「ならず者に首輪をつけるところって聞いたんだが」
受付のお姉さんの表情が少し変わる。俺の顔を吟味するように見つめている。何かを計っているのだろうか。
「おっしゃるとおりです。ギルドも国も、思惑なしに無法者に身分証を与えたりはしませんからね」
受付のお姉さんはすまし顔で、しかしゆっくりとした口調で話す。こちらの出方を探っているようだ。
「フラットレント王国からの流入者の受け皿のひとつってことか」
「はい、シュケン王国としても受け入れずにはいられない状況が続いているのです。ならず者をならず者として放置すれば周辺で山賊や盗賊になってしまう。東への流通路が邪竜に寸断されてしまった以上、どうにか西への安全は確保しなければならなかったのです」
「なるほどな。それで冒険者という名前に釣られてきた奴らに首輪をつけて、教育をして、信用を積み重ねさせて、真っ当な職につかせるわけか。よく考えたな」
「莫大な費用がかかりますから、依頼の報酬のうち、五割から八割はギルドの取り分になりますけどね」
邪竜の影響は計り知れなかったのだろう。国ひとつ滅ぼせば、国民はまるまる難民になる。帰る土地がなければ別の場所へ移るしかない。その動きは隣国として無視できるものではなく、多少強引な手を使ってでも対処しなければならなかったということか。
「奴隷にはしなかったのか?」
「一部はそうなりましたが、数が多すぎました。そしてそれを制する力がシュケン王国民にはなかったのです。フラットレント王国民の教育水準はシュケン王国よりも高く、優秀な人材もいましたから、受け入れて共に暮らしたほうがまだマシだったんです」
「なるほど、数がいれば邪竜は無理でもモンスターならどうにかできる。取り込んで未開拓地を拓いた方が長い目で見てよかったんだな」
邪竜に率いられたモンスターがフラットレント王国領から出てこなかったことも大きいだろう。警戒は必要でも力の差がありすぎる相手だ。倒せないことへのストレスは筆舌に尽くし難いだろうが、出てこないと分かれば、それはそれで腹を括って開拓に力を注げるということか。
「フラットレント王国滅亡後、初期の冒険者ギルドは未開拓地開拓の取りまとめ役という性格が強かったと聞きます。そこから徐々に卒業するヒト達が出てきて、彼らは商業ギルドや鍛冶ギルドなどに変わっていきました。冒険者ギルドから独立・発展したという背景があるので、今の冒険者ギルドにも協力的で、卒業生たちを受け入れる文化も出来ています」
冒険者ギルドに所属するということは、そこから発展したギルドへの伝手もできるということだ。そしてそこにはフラットレント王国民もいるだろう。
「なるほど、よく解った」
「……ええと、冒険者についての本来の……普通の説明がまだなんですけど、聞きます?」
「……ああ、そうだな、うん。聞かせてくれ」