002 いきなりDQN
森を抜けると街道に出た。群蜥蜴に何匹か遭遇したが、気合を入れれば俺にも殺すことが出来た。精神的に覚悟が決まれば、後は竜王の亡骸がどうとでもしてくれる。この身体は瞬発力があるし、膂力もある。あの紺青の髪の少女には遠く及ばないが、俺の素人剣でもグルパケルは十分倒せるモンスターだった。
街道は舗装されているわけでもなく、ただヒトビトが歩いたことで踏みしめられた道だ。そんな道でも雑草の有無で作られた境界線が途切れることなく伸びていれば、そしてその先に街のような影が見えれば、これは立派な街道だろう。
俺は先人の作った道を歩いていく。この世界の太陽であろう、輝く恒星はおおよそ真上に位置しており、今は昼間だ。街の周囲は耕作地に囲まれており、ぽつりぽつりと作業するヒトが見える。森側の方にずっと伸びているのは獣害対策の防護柵だろうか。平地の方にはまばらにしかないため、作物に被害をもたらすような獣やモンスターが森から現れるのだろう。
「名前、決めないとな」
俺は歩きながら考える。竜王を名乗るのは違うと思う。本人は特に気にしそうでもないが。
ううむ、と俺は森を振り返る。森の後ろには山々が見える。俺が目覚めた玄室へ続く洞窟は森で見えないが、山々はすっと続いている。雄大な景色だ。このデカさはいい。
「よし、ベルガーにするか」
山とか、山に住む人とかそういう意味だ。経歴は山育ちということにしよう。身体がなんだか立派なのは山で育ったからで、記憶がないのは山で何か事故にあったということにしよう。
事故で記憶を失ったが、邪竜を倒せと竜王のお告げを聞いたことにする。嘘はない。というかおおよそすべて真実だ。
◇◆◇◆◇
街道を歩いてたどり着いた街は大きなものだった。街道は街の中まで続いているが、その境界を示すように関所が作られている。木組みの監視櫓が両脇に建っており、間に丸太で組まれた門が設置されている。今は昼間だからか開いている。
街はその周囲を囲むようにモンスター避けの防護柵が組まれている。なんとか越えられそうな高さだが、それをやれば明らかに不審者だろう。穏便に街の中に入るなら、関所を通ればいい。
幸い金なら竜王が用意してくれたものがある。使えないかもしれないが、金目のものであるだろうし、なんとかなるだろう。俺はそんな浅い考えで、とりあえず関所へと向かった。
「あん、なんだてめぇ」
関所には番人が立っていた。赤い短髪に鋭い目つきに犬歯がむき出しの若い男だ。身長は2m近い。超でかい。身体はがっしり筋肉が付いていて、装備している重そうな鎧も全く苦ではなさそうだ。
手には身長を超える長さの槍を持っている。刃にはカバーだろう深紅の布が被せられているが、その刃の長さも長い。普通に剣程の刃渡りがありそうだ。
総合するとすごく怖い。番人としてこれ以上ない配置だろう。
「見ねえ顔だな。てめぇ、誰だ?」
「ベ、ベルガーだ」
「ベルガー? 知らねぇな。どこから来た?」
言葉は通じるらしい。俺はとてもおっかないこの番人を刺激しないよう、ついさっき決めた名前や過去をなるべく素直に答える。
「や、山の方から来た」
「山だぁ?」
素直すぎて気の利かない返答に番人の眉間に皺が寄る。合わせて目つきが鋭くなり、俺への警戒心が上がったように感じる。怖い。怖すぎる。
「……何しに来た?」
「じゃ、邪竜を、倒し、に」
「あ? 邪竜だと? てめぇ、騎士か?」
「騎士? いや、ち、違う」
「んじゃあ、冒険者か?」
「冒険者? でも、ないと思う、思います」
「はぁあっ? んじゃあ、てめぇは何なんだよ!!」
番人がブチギレる。手にした槍がぶんっと音を立てて俺の顔面に突き込まれる。顔をかすめて通り過ぎた槍に、俺は身動きを取れない。伸びる槍の先、番人の顔が怒りで染まっている。怒髪天! 警戒心マックスである。
俺は混乱する。何だ? 何か間違えたか? 俺の格好、というか竜王の身体はそれなりに綺麗だし、しっかりしている。顔もいいと竜王は言った。第一印象は悪くないはずだ。なのにこの番人はブチ切れている。ホワイ? 超怖い。
どうすればいい? どうすればいいんだ? 混乱の極みに、俺ははたと気づく。胴当てに手を突っ込み、掴んだそれを番人に差し出す。
「か、金なら、あるぞ」
震える手には銀貨が乗っている。袖の下として十分かは分からないが、とりあえず一枚見せてみる。ついでにスマイルもお付けしてみる。
番人の顔は固まっていたが、徐々にその狂犬染みた口が横に広がる。その奥から笑い声が聞こえてくる。
「ひ、ひっひ、ひっひっひっひっひ」
「あはは、はは、はっはっは」
番人に合わせて俺も笑う。口では笑っているが、鋭い眼光に目を反らせない。俺を殺すような目つきで見つめている。
「ひゃっはっはは! ヒャーッハッハッハッハ!」
「あはははは! アーッハッハッハッハ!」
「ブチ殺すぞテメエェッ!!!」
番人が振るった槍が関所の櫓に激突する。柱の一本が大きく削れ、木っ端が撒き散らされ、物見櫓が大きく揺れる。
「このヤズーに正面切って賄賂とはいい度胸じゃねえか! 舐めてんのかてめえぇっ! 金でここを通れるとでも思ってんのか? ああぁんっ!」
「えっ? あ、いや、そんなつもり、ではあったりなかったり」
「だいたい何なんだてめえ、騎士でもない冒険者でもない。そのくせ立派に鎧着けて剣下げて、怪しいな! 怪しいだろ! どこのどいつだかも分かんねぇ、邪竜を倒すとかふかしてる馬鹿を街に入れるわけねえだろ!」
「なるほど確かに」
「挙げ句に賄賂ぉ? それも銀貨だぁ? そんなデカイ金を出してまで街に入ろうとする輩が怪しくねぇわけねえだろうが!!!」
すごい。見た目DQNの怖いヒトなのに、言ってることは超まともだ。このヒトちゃんと番人の仕事をしている。
「ち、ちなみにここの通行料はおいくらで?」
「あ? んなもん銅貨三枚だ」
「ち、ちなみに銀貨一枚で銅貨何枚?」
「ああぁっ? 馬鹿にしてんのか! 百枚だろ!」
銅貨が具体的にどのくらいの価値を持つか分からない。だが銅貨三枚で済むところを約33倍の銀貨で通せと言われればなるほど怪しいことこの上ない。なんとなんと竜王の気前が良すぎたとは!
不正を見逃さず、賄賂も通さない。ヤズーさんは職務に真面目な番人ヤズーさんだった。
だがそれはそれとして俺はつまり、その忠勤番人ヤズーさんをブチ切れさせてしまったわけで、どうにか誤解を解かねばならない。
「街で何しようとしていたかは知らねぇが、残念だったな死ねエェッ!」
問答無用で大槍が振るわれる。いや、問答は十分にしてくれたからヤズーさんに非はないだろう。
俺が怪しすぎたのだ。しかし死ぬのは嫌だ。初めの街にも入れずに死ぬのは早すぎるだろう。
森で少女が救ってくれた命! 無駄にはできない。ちゃんとお礼も言えていない。俺は無我夢中で後ろに避ける。
「避けるか! やっぱ只者じゃねえな! くらえ死ねえっ!」
「おおうっ!」
ヤズーの大槍が暴風のように振るわれる。大振りだが速さも威力も一撃必殺だ。避けきれなくなる前に腰の剣を抜く。
「ほう! 逃げずに立ち向かうか! いいぜ! いい度胸だ! 久しぶりだなァアッ! ブッ殺ス!!」
「そうか! 逃げればよかったか!」
「遅ィイッ!」
ヤズーは払いから突きを繰り出す。穂先はカバーに覆われているが、この速度では致命傷だ。俺は慌てて剣で弾く。腕に強烈な衝撃が響くが、なんとか弾く。すげぇぜ竜王の亡骸。素人の剣でもあの突きを弾けるとは。
「おお! 弾くか! やるじゃねえか! オラァアッ!」
ヤズーは弾かれた大槍を上に振り上げ、叩きつけるように振り下ろす。俺は剣を横に構え、受け止める。
「ぬぅううっ!」
腕から全身に殴られたような衝撃が襲う。衝撃と圧力で筋肉と血管が圧迫され、鼻血が出そう。食いしばった歯が砕けそうだ。
「おおォオオオッ!」
「ぐぬううううっ!」
俺ごと叩き潰さんと槍を押し込むヤズーの顔が迫る。歯をむき出しに、笑っている。目が完全にイッている。
「オラァアアアッ! 死ィイイイネェエエエッ!!!」
「うがああああっ!」
まずい。これはいけない。死んでしまう。そう覚悟が完了し始めたところで、ヤズーの後ろからにょきにょきと手が生えてくる。
「おい! おい、ヤズー! やめろ! おい!」
「またかヤズー! おい、馬鹿はやめろ!」
「オアッ! 何だおい、こら、離せコラァアッ!」
「相変わらずの馬鹿力だな! おおお待て待て待ておおおお」
騒ぎを聞きつけて駆けつけた他の番人たちが、ヤズーを四方八方から羽交い締めにして引き止めているようだ。ヤズーの圧力がなくなり、俺は剣を落とし、へたりこんでしまう。
大人六人がかりでようやくヤズーは引き剥がされたが、少しでも力を抜けばまた暴れだすだろう。俺は無抵抗を示すために剣を遠ざけ、両腕を頭の上で組み、跪いた。
「すまなかった! 俺が全くの不用心で不心得だった! ヤズーさんは悪くない! 彼は立派に職務を果たしている!」
その言葉を聞き、ようやくヤズーの動きが止まる。力が抜けたのを確認し、しがみついていた番人たちもそろりと離す。え、離しちゃうの?