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06 空腹を満たすための計画を練ります

 棺桶の中で私が目覚めてから、五日が経った。

 私は今、満たされないおなかを抱えたまま、ぼんやり窓の外を眺めている。

 就職以来、何もすることなくぼーっとしている時間は久しぶりだ。

 これで空腹じゃなければ、のんびりできたのにな。

 結構な飢餓状態で、全然気持ちが休まらない。

 それならいっそ、気がまぎれるようなことをしていたいんだけど、「お体のためにも安静にしていてください」と言われてしまい、何もさせてもらえないのだ。


 健康だという主張は、全然聞き入れてもらえない。

 もしかしたら彼らには、この体の主の自由を奪っておきたい事情があるのかも……。

 そんな邪推をしたくなるほど、ストレスが溜まってきていた。


 コミュニケーションを取れる相手がいないのも悪いんだと思う。

 他人と言葉を交わせる機会は一日三回、朝昼晩の食事時だけだ。

 それも話し相手の侍女さんたちは、必要最低限の会話にしか付き合ってくれない。

 体の持ち主である金髪美少女エミリアちゃんも、今までずっとこんな日々を過ごしていたんだろうか。


 正直言うと、寝て起きたらもとの体に戻っているかなってちょっと期待していた。

 でも状況は同じまま。

 異世界転生したという可能性を、疑う理由が徐々になくなってきた。


 若し私が異世界に転生しちゃったなら、もとの世界はどうなっているんだろう。

 あのとき死ななければ、いまごろ元の世界ではゲームの納品に向けて追い込みに入っていた。


 向こうにおいてきてしまった私の体は、ちゃんと発見されているかな。

 過労死したOLとして、両親に連絡がいっているのかな。

 郷里にいる父と母の姿を思い出し、肩が落ちる。

 親不孝な娘でごめんなさい、お父さん、お母さん……。


 家族のことを思うと、ホームシックにかかった時のように寂しくなり、言葉に出来ないような不安に襲われる。

 だから今は、できるだけ両親のことを思い出さないようにしていた。


 未知の場所にいて、感情が乱れているのはよくない。

 とにかく落ち着いて、ひとつひとつ対処していかないと。


 この体の主であるエミリアちゃんの精神がどうなってしまったのかも、未だにわかっていなかった。

 何度か心の中で彼女に話しかけてみたりしたけれど、応答はない。


 もしかして私が彼女の精神を追い出して、体を乗っ取っちゃったんじゃ……。

 それとも彼女は本当に死んでしまって、抜け殻の体に私の魂が定着したのだろうか。


 私がエミリアちゃんの中に入ってしまっていることを、周囲にずっと黙っているのも気が引ける。

 だけど私の存在を打ち明けても、エミリアちゃんの立場が悪くならない相手を見極めるのは難しい。

 影武者だと疑われて、国際問題に発展したら困るし。

 エミリアちゃんにとって、誰が信頼できる人なのだろう。


 せめてエミリアちゃんがどういう理由で亡くなったのか知りたい。

 でも自分の死因を聞いたりしたら、変に思われるかな。

 しまったなー。

 いっそ異世界転生でよくあるように、ショック状態による記憶喪失のふりでもしておけばよかった。

 そうしたら今よりは情報を集めやすかったのではないだろうか。


 いや、それもどうかわからない。

 何しろ一日に三回しか、他人と会話をする機会がないのだ。


 離宮に移され、医師の診察を受けてから、私が顔を合わせる相手は侍女さんたちだけになった。

 だから私が話せるのは、ほんの数人だけ。


 まずは相変わらず他人行儀で、必要以上に口を利いてくれない侍女長さん。

 彼女は必要最低限の返ししかしてくれないけれど、会話が成立するだけいい方だ。

 その下についている若い侍女さんたちは、私が声をかけようとするだけで、蜘蛛の子のようにサーッと逃げていってしまう。


 こんな状態では、情報を集めるどころではない。


 焦ったって仕方ないのはわかっていても、自分だけの問題じゃないから、どうしても気が急いてしまった。


 はあ……。

 エミリアちゃん、あなたはどこにいるの?


 エミリアちゃんのこと以外にも、私の頭を悩ませ続けている問題がある。

 それはもちろん、この世界のごはん事情についてだ。


 毎食すべてのメニューが、脂の浮いた濃厚料理ばかり。

 あの日のメニューが特別だったわけじゃないと気づいたときの衝撃は、今でも忘れられない。

 とにかくこの世界の人たちは、脂っこくて濃い味付けの豪勢な料理に目がないらしい。王族や貴族だと一日三食、あんな料理をテーブルいっぱいに並べて食べているらしい。


 そういえばお葬式の参加者たちは、ふくよかな体型の人がやけに多かった気がする。

 この世界の料理を毎食がっつり食べていたら、そりゃあそうなるよね。


 ただあの料理を毎食平気で食べられるほど強靭な胃袋を持っていることは、素直にうらやましい。

 私はというと、初日のようにえずきはしなかったものの、毎食出されるこってり系のメニューには、ほとんど対応できずにいた。

 おなかは空いている。

 でも手が伸びない。

 そういう状況がこんなにしんどいものだとは思っていなかった。


 二日目辺りで早々に我慢できなくなり、味付けのさっぱりしているものを食べたいと遠回しに伝えてみた。

 すると、厨房から『さっぱり』というものが何をさすのかわからないという回答があった。

 たとえばソースをかけず、塩味だけでもいいと伝えてみたら、今度は料理長が困っていると言われた。


「そんな下ごしらえの段階で、妃殿下の食卓にお載せすることはできない」と主張されたそうだ。

 だったら食材だけで出してくれないかと提案したけれど、それも同じような理由で却下。

 なんというか、文化の違いを強く感じずにはいられない。


 どうやらこの世界の料理人は、味の強い濃厚なソースを作る技術があってこそと思われているらしい。

 それだと私の注文は彼らの技術を全否定しているのと変わらなくなってしまう。


 ただでさえ周りとの距離があるのに、ここにきて料理人まで敵にしたくはない。

 結局、食は進まないまま、さらに五日が経った。


 あまりにも食事量が少ないので、体調不良を心配される始末だ。

 私も正直、同感だ。

 エミリアちゃんの体は痩せているから、これ以上体重が落ちるのは、絶対にまずい。

 最近、体に力が入らない気がするし。

 この体は借りているだけだし、いつか返すことになるかもしれないと思うと、責任を感じる。


 よ、よし……。

 もう一回、戦ってみよう……!


 その日、食事の準備が始まるのと同時に、私は侍女長さんに声をかけた。

 意を決して、自分で作るから厨房を貸してくれと頼んでみたら、侍女長さんは怪訝そうな顔をした。


「申し訳ありませんが、妃は厨房などに出入りするものではありません」


 うん、常識的に考えればそうだよね。

 でも、私も健康がかかっている。

 どうしてもと食い下がったら、困惑気味に「陛下の許可がないと、厨房へお通しすることはできません」と言われてしまった。


 うすうす気づいていたけど、やっぱりそうか。エミリアちゃんは、出歩ける場所が制限されているらしい。

 これまでも、あれと思うことが多々あった。

 たとえばバルコニーに顔を出しただけで、侍女長さんがすぐに飛んできて、部屋の中に引き戻されてしまう。

 部屋に誰もいないからいいだろうと、こっそり外に出ても、やっぱり即座に侍女長が現れる。

 あの人、センサーでもついてるんじゃないか?

 現代日本で同じ目にあったら、GPSでもつけられているんじゃないかと疑っているところだ。


 監視されていると思うと息が詰まる。

 厨房や庭ぐらいは好きに出入りさせてほしいんだけどな。


 国王陛下の許可をもらえればいいらしいから、頼んでみるか。


 陛下と言えば――。

 私が棺桶で目覚めた日、初めて視界に入った例の青年が国王陛下だったのだ。

 御年、十七歳。

 その若さで一国を背負っていることにも、奥さんがいることにも驚かされた。

 まあ、エミリアちゃんなんて十五歳で嫁いできているんだもんね……。

 現代日本とは、感覚が全然違う。

 でもふたりとも浮世離れしたきれいな顔をしているから、美貌の若夫婦が並んだ姿は、さぞかし絵になったことだろう。


 ただ外見のお似合い度のことは置いておいて、ちょっと引っかかることがある。

 私が異世界転生してから、今日で十日も経つのに、国王陛下はあれから一度もエミリアちゃんに会いに来ないのだ。


 旦那さんなら、今の状況を説明して、エミリアちゃんの精神の在り処について相談できるかもと期待していたから、これはかなり肩すかしを食らった気がした。


 一度死んで蘇ってきた奥さんの前に、何日も顔を出さないのって、この世界では普通のことなんだろうか。


 王族同士だから、多分、政略結婚だろうしな。

 いわゆる仮面夫婦だったのかもしれない。

 侍女さんたちのうわさ話によると、王妃が生き返った件で奔走しているらしいし、もちろん単に忙しい可能性もある。


 どちらにせよ、一度会いたいとこちらから申請してみてもいいだろう。


 そう結論を出し、陛下に会わせてほしいと頼んだら、侍女長はやっぱり難しい顔をした。


「あまり妃殿下の方から会いたいとおっしゃるのは、慎みがなくて好ましいことではありませんよ」

「でも、お話ししたいことがあるんです」

「はぁ……。わかりました。お伝えしておきます。しかし、いつお許しが出るかはわかりませんので」

「二、三日待たされる感じですか?」

「なにしろご多忙な方ですから。公的な面会のご予約は、一年先まで埋まっていると聞いておりますが……」


 まさか私も一年後まで会えないの!?

 国王陛下と会う前に、ご飯が合わなくて死ぬかもしれない。


 こうなったらもう、自分一人の力で解決させよう。

 調理はできなくても、そのまま食べれる食材を入手するだけでだいぶ違うはずだ。

 たとえば野菜とか、フルーツ。


 新鮮な野菜の味を想像した途端、おなかがぐーと虚しく鳴った。

 さんざん我慢してきたせいだろうか。

 居ても立っても居られなくなってきた。


 私は足音を忍ばせて、リビングを横切った。

 侍女長さんに見つかったら止められるだろうから、こっそり抜け出さないと。

 よーし、この体が求めている食べ物を見つけ出してみせる……!

お読みいただきありがとうございます!

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