05 異世界料理は胃にくる
「陛下のほうは今頃、国民たちへの説明のために、駆けずり回っていらっしゃるんでしょう?」
「それはそうよね。王妃が国葬の最中に蘇ったんだもの」
えっ。
王妃に、国葬って――。
金髪美少女、王妃だったの……!?
しかも教会で行われていたのは、私が予想したとおり、金髪美少女の葬儀だったのだ。
まさか、そんな子の中に、意識が入ってしまうなんて……。
とんでもないことになってしまった。
気づいた途端、さっきまでとは違う冷や汗が、また湧き上がってきた。
「でも、死者が蘇るなんてことが本当にあるのかしら。なんだか不気味だわ」
「もしかして死んだ方が影武者で、棺桶に入る前に本物と入れ替わったとか……」
「もう、そんなわけないじゃない。影武者をつけるなんて、この国が安全じゃないって疑ってるようなものだし、国際問題よ。下手したら戦争になりかねないわ」
え、そうなの!?
偽者に変わってるって思われたら、大変なことになるんだ……。
これは軽々しく中身が別人なんて言い出せないよ。
ついうっかり自分が別人だって口走らないように気をつけなくちゃ……。
「こら、あなたたち。殿下の御前でなんですか。もしお耳に入りでもしたら、職を失いますよ」
焦りまくっている私の耳に、新たな足音が聞こえてきたと思ったら、年配の女性の声が、噂をしていた女の子たちを叱りつけた。
「エミリア様が女神の神託によって、陛下のお妃に選ばれたことを忘れたのですか?」
「す、すみません!」
女の子たちが、慌てたように散っていくのも気配でわかる。
たしかにこの体の主が王妃ならば、さっきのうわさ話の内容には、かなり問題がある。
王妃の悪口なんて、ご法度じゃないの?
しかも寝ているとはいえ、本人のいる場所で話題に出すとは大胆すぎる。
金髪少女のおかれていた環境は、やっぱりちょっと普通じゃなかったのかもしれない。
うわさ話を止めてくれた女性のたしなめ方も、庇ってくれたのとは違う感じだったしなあ。
もし周りが敵だらけだったら、どうしよう。
中身が入れ替わっていると相談できる相手すら、見つからない可能性もある。
気が滅入ってくのを感じたとき、ベッド脇から声をかけられた。
「妃殿下、起きてくださいませ。医師の命により、滋養の付くお食事をお持ちいたしました」
よかった。
これで狸寝入りは終了だ。
私はできるだけ自然に見えるよう、「うーん」と唸りながら目を開けた。
「お加減はいかがですか?」
私を起こした女性は、黒いワンピースにレースのエプロンを身にまとっていた。
服装から彼女が侍女であることがわかる。
年齢は、四十代後半くらい。
ひとつにまとめて縛った髪は、丁寧に撫でつけられていて、後れ毛一本、零れていない。
多分、すごく几帳面な人なのだと思う。
「妃殿下?」
「あ、すみません。具合は大丈夫です」
さっき決意したとおり、別人が中にいることは黙っておかないとまずいよね。
でも、それって人としてどうなんだろう。
騙してるのと変わらないしな。
でも国際問題……。
とにかく、この体の持ち主に迷惑がかかることだけは避けたい。
ただ困ったことに、私は金髪美少女の性格や口調を知らない。
とりあえず口数を少なめにして、なんだか変だと指摘されたらその時は……、死んだショックで気が動転したことにでもしよう。うん。
「お食事を用意しましたが、少しでもお召し上がりになれますか?」
彼女に食事をと言われて、少し迷った。
言われてみれば、おなかが空いている気がする。
それに、病み上がりの時のように、体がぐったりしているのを感じる。
栄養をつけたほうが良さそうだ。
ごはん、もらってもいいかな。
さっき女の子たちが言っていたとおり、この状況で食べようと思える辺り、確かに私ってのんきなのかも知れない。
ただ食べることを想像したら、胃の辺りにきゅうっとした痛みを感じたので、口にできるものは限られていそうだ。
そりゃあそうだよね。
金髪美少女が、亡くなってからどのぐらい経つかわからないけど、その間食事をとっていなかったわけだし、万全の状態ではないのだろう。
いきなりがっつり系のものを食べたりしたら、胃を驚かせてしまいそうだ。
フルーツとかスープとか、何かさっぱりしたものをいただけるとありがたい。
遠慮しつつ、申し出を受けることにした。
「えっと。それじゃあ、お願いできますか?」
私がペコっと頭を下げると、侍女さんは怪訝そうな表情を浮かべた。
げっ。私、何か変なことをしたのかな。
「あの……」
「申し訳ありません。では、お支度をさせていただきます」
不安になって問いかけたら、言葉を被せるように謝られた。
取りつく島もない感じの態度で、ピシャッと言い切られてしまい、口を噤む。
なんだかわからないけど、必要以上に関わる気はありませんという態度だ。
この人も味方ではなさそうだ。
相手がそのつもりならしょうがない。
私は黙ったまま体を起こし、準備が整うのを待った。
「ネル、食事をここに」
侍女さんがパンパンと手を叩くと、キャスター付きワゴンを押した若い女の子が部屋に入ってきた。
髪を肩くらいで切りそろえた、物静かそうな女の子だ。
彼女は俯き気味に視線を伏せ、粛々と食事を運んだ。
んんっ!?
ワゴンの上に載った料理を見て、ぎょっとなる。
なんか、量多くない……?
「さあ、妃殿下」
ベッドの上に、トレイごと料理が渡される。
食器の上にかぶせられていた銀の蓋が開けられると、白い湯気と共に、もわわんと濃厚な匂いが香った。
こ、これは……。
並べられた料理を前に思わず絶句する。
真っ黒に近いデミグラスソースの中に、ごろごろと浮かぶお肉の塊。
スープの表面は脂でコーティングされたかのように、透明な層が出来上がり、テラテラと光っている。
かなり濃厚なソースであることは、口に入れなくてもわかる。
とても豪華だし、きっとおいしいのだろう。
でも、残念ながら病人向けの料理からは程遠い。
衰弱している私の胃が、抗議のようにずんずんと暴れはじめた。
漂ってきた匂いにうぷっとなり、慌てて口を押える。
「本日の食前のスープは、『牛ヒレ肉の背脂赤ワイン煮込み』でございます」
「しょ、食前……!? これってメイン料理じゃないんですか!?」
侍女さんの片眉が、訝しげにピクリと上がる。
「本日のメインは、『バター漬け肉のフォアグラキャビアかけ』でございます」
だめだ。
食べれる気がしない。
ていうか食べたら、絶対吐いてしまう!
「ごめんなさい! 食欲がないので、メインは結構です……!」
「まあ……。本日は致し方ありませんが、おからだの健康を取り戻すためにも、できるだけ残さず召し上がれるようになってくださいませ」
こってり系フルコース以外を用意してもらえるなら、という言葉はなんとか飲み込み、スープに視線を戻した。
正直、メインだけでなく、このスープもかなり厳しい。
でも用意してもらっちゃったしな。
手を付けずにいらないなんて言えなかった。
臭いは濃厚だし、かなり脂が浮いているけど、実は病人向けの優しい味をしているかもしれない。
よ、よし!
いくぞ!
スープを掬い取って、口に運ぶ。
………………うっ。
なんだかよくわからない脂の香りが鼻を抜けていく。
こってりとした汁が、舌にとろりと絡みついてきた。
これは思ってた以上に重い。
しかも、しょっぱくてドロッとしていて、とにかく強烈な味つけがなされている。
だめだ。
これ以上、口の中に入れておけそうにない。
勇気を出してゴクッと飲み込んだら、ぶるぶるっと震えが駆けあがってきた。
や、やばい。
今度は本格的にえずいてしまった。
なんとか戻さずに済んだけれど、今のスープをこれ以上飲むのは不可能だ。
「妃殿下!? どうされました?」
侍女さんが駆け付けてきて、背中をさすってくれる。
その手つきは意外にも優しい。
私はかろうじて息をつくことができた。
もしかして、敵視されているわけではないのかな。
それならいいんだけど。
「やはり体のお加減が悪いのですか?」
「そ、そういうわけじゃないとは思うんですが……。ちょっと今は、食事をとるのが難しいみたいです……」
「もう一度、医者を呼び戻しますか?」
「あ、いえ、それはいいので……すみませんが、このスープはそのぉ……」
「わかりました。ネル、食事をお下げなさい」
「はい」
ワゴンを運んでくれた女の子が、静かに頷いてスープ皿を片付けてくれた。
侍女さんたちには、今日はもう休みたいと伝えて、部屋にひとりにしてもらった。
彼女たちが去っていき、部屋に一人きりになった途端、私はベッドにボスッと倒れ込んだ。
確かに空腹を覚えていたはずなのに、食欲は一気に減退している。
まだ部屋に残っている匂いに対して、胃が抗議をし続けているのだと感じた。
それにしても、なんで病人にあんな濃厚なスープを出そうと思ったんだろう。
その疑問の答えを私が知ったのは、翌日。
衝撃的なことに、なんとこの国の料理は、尋常じゃなく濃厚でしつこいこってり系のものしか存在しないのだった。
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