41 陛下と寝顔
陛下に駆け寄り、慌てて助け起こそうとしたとき、私の耳元にとても気持ちよさそうな寝息が落とされた。
「すー……」
え。
うそ、まさか。
身を屈めて陛下の傍に耳を近づけると、かすかな寝息が聞こえてきた。
ね、寝てるーーー!?
うそ。
あの一瞬で!?
そんなことありえる!?
いくらラベンダーの匂いにリラックス効果があるって言ったって、いくらなんでもこれはない。
「でもあきらかに寝息だし……」
陛下はめちゃくちゃ暗示にかかりやすいタイプなのだろう。
にしてもな……。
病気とか、何かの発作で倒れたのだったらまずい。
心配なので、傍らにしゃがみ込んだまま何度か呼びかけてみた。
「陛下、陛下」
「んん……」
陛下は小さく唸ったあと、本格的に眠る体勢になってしまった。
目を瞑っていると、整いすぎていて近寄りがたい雰囲気がちょっと柔らかくなる。
年相応のあどけない寝顔だ。
えー……。
どうしよう。
めちゃくちゃぐっすり眠っている。
顔色も悪くないし、意識を失った病人にはまるで見えない。
もしかして、ついに寝不足の限界がきたのだろうか。
「……とりあえず侍女長さんを呼んでこよう」
私ひとりじゃ判断をつけようがない。
そう思って侍女長さんを連れてくると、彼女はソファーですやすや寝ている陛下を見て目を丸くした。
「まあ。これはどうなさったのですか?」
「実は話している途中に、突然陛下がソファに倒れ込んじゃったんです」
侍女長さんは慌てて陛下を覗き込み、簡単な診察をしたようだ。
そんなスキルもあるんだな。
「これは……」
「はい……」
緊張感に、ごくりと喉を鳴らす。
「熟睡なさっていますね」
「やっぱり……?」
「まさか陛下がソファーでお休みになってしまわれるとは驚きました」
「私が作ったアロマミスト――じゃなかった、寝室用香水の香りをかいだら寝ちゃったんです」
「妃殿下、魔法を使われたのですか?」
「え? まさか!」
私に魔法が使えるわけない。
でもそれを言うわけにはいかないので、とりあえずそういうことはしていないと必死に主張した。
「それなら、別に何も問題ございませんでしょう。夫婦なのですし。まあ陛下が眠ってしまわれたことは別の意味で問題ですが」
ちらっと寝室のほうを見て、侍女長さんがやれやれというふうに首を横に振る。
なんとなく言いたいことはわかるけれど、デリカシー大事……!
「どういたしましょう。寝台に移動していただきますか?」
「う、うーん」
でも、動かしたら起きちゃうんじゃないかな。
睡眠障害らしい陛下が、またあっさり寝つけるとは限らない。
あれだけ眠くないと言っていた人がこんなふうに眠ってて、しかもものすごく心地よさそうな顔をしている。
起こすのは忍びないな。
「陛下が起きるまで、このままにしておきましょう。多分、そんなに長く眠っていることもないでしょうし」
ふかふかの高級ソファーと言えど、ベッドほど寝心地がいいわけではない。
放っておいても、直に目を覚ますだろう。
「では風邪を引かれないようにブランケットを取って参ります」
「ありがとうございます。お願いします」
侍女長さんが出ていったので、私は投げ出されている陛下の両足をよいしょと持ち上げて、ソファーの上にあげた。
非力なエミリアちゃんの体では、これだけでも結構重労働で息切れがする。
「ふう……」
一度向かいの席に座って、一息つく。
それからすぐに侍女長さんがブランケットを持ってきてくれたので、お礼を言って受け取り、陛下にかけてあげた。
侍女長さんはまた何かあったら呼んでくださいと言って下がっていった。
陛下が起きるまで待っているつもりなので、私はまた陛下の向かいにぽすっと座った。
それにしても、本当に気持ちよさそうに寝ているな。
「ふふ」
こうやって眠っていると、やっぱり十七歳なんだな。
なんだか微笑ましくて、自然と笑みがこぼれる。
気持ちよさそうに眠る陛下を眺めていたせいだろうか。
だんだん私も眠くなってきてしまった。
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