04 メイドたちのうわさ話
あれから教会内は、てんやわんやの大騒ぎになって大変だった。
司教たちによる悪魔祓い的な呪文は、あの青年が止めさせてくれたけれど、彼らと交代で、今度は医者らしき人たちが私の周りに集められた。
とにかく診察ができる場所に移動させなければということになり、私は棺桶を担架代わりに担ぎ上げられてしまった。
それから教会の外に運び出され、同じ敷地内にある別の建物へと移されたのだった。
棺桶の上できょろきょろしたり、付き添っている人たちのやりとりを聞いたりして、わかったことがある。
目を覚ました場所は王宮内にある教会で、移動した先もやはり王宮内の離宮に当たるようだ。
離宮は敷地内でも最奥の場所に位置しているらしく、まるで何かから隠すように、ひっそりと聳え立っていた。
体の主である金髪の美少女は、この離宮で生活していたのだという。
建物の周囲は、農園や植林になっていて、他の建物は見られない。
さっきの教会からもかなりの距離があった。
もしかして金髪の美少女は、なんらかの事情でこの離宮に追いやられていたんじゃ……。
そんなふうに心配したくなる環境だ。
ただ年代ものであっても、離宮の建物は立派だった。
それに室内に設置された美術品や調度品は、どれもみんな、ものすごく高級そうだ。
粗雑な扱いを受けていたわけじゃなさそうだとわかって、ホッとする。
見ず知らずの女の子のことだけど、うら寂しい場所に住まわされて、ひどい目にあっていたとしたら、やっぱり可哀想だしね……。
私が運び込まれたのは、バルコニー付きのかなり広い部屋で、リビングと寝室が続きの間になっていた。
まるで高級ホテルのスイートルームみたいだ。
行ったことがないけど。
とにかくそういう印象を受けるほど、豪華な部屋なのだ。
私はその寝室の天蓋付きベッドの上に下ろされ、複数人の医者から、かわるがわる診察を受けた。
ひとりの医者が、体に異常は見られないというと、すぐに別の医者が呼ばれるという状態。
貧血気味というか体にあんまり力が入らないぐらいで、別にどこも悪いところはない気がするんだけれどな。
ただ、これは他人の体なのであんまり強く出られない。
結局、十人が同じ判断を下すまで、医者チェンジは続いたのだった。
診断結果は、以下のとおり。
「体の衰弱が見られるものの、それ以外問題なし」
うん、そうだろうと思った。
でも医者たちは、全員、信じられないという様子で首を捻っている。
ちょっとちょっと。
健康体だったんだから、そんな納得いかない顔をしないでよ。
私の中にある金髪美少女への同情心が、一段と強くなっていく。
青年はあれからもずっと傍に寄り添っていて、生真面目な顔で診察を見守っていた。
医者からの見解が出ると、ただ一言「そうか」と呟いただけだから、やっぱり何を考えているのかわかりづらい。
そのあと青年は数人の大人たちに呼ばれて、部屋を出ていってしまった。
「また様子を見に来る。それまで休まれるといい。何か変わったことがあったら、すぐ側仕えの者に言え」
去り際そんなふうに言われたけれど、無表情だから心配しているのかなんなのかわからない。
彼とこの子はいったい、どんな関係なのだろう。
周りの大人より、彼の方が目上であることはなんとなくわかった。
敬意を持った態度で接せられているし、場を仕切っていたのも彼だ。
若くても、かなり偉い人なのだと思う。
それをいうなら、この金髪美少女も。
医者やメイドは、この子のことも『様』づけで呼んでいた。
ただ青年に対する態度とは、なんとなく距離感が違う。
明らかによそよそしい感じがするのだ。
彼らにとって、金髪美少女がどういう存在なのかも気になる。
そして何より、私とこの子の関係性について知りたい。
私はまだ誰にも、中身が別人であることを話していなかった。
現状が全然把握できていないし、さすがにリスクが高すぎると思ったのだ。
申し訳ないけれど、もう少し先延ばしにさせて欲しかった。
首を傾げながら医者たちが出て行ったあと、私はキングサイズのベッドの上で、ひとりぽつーんと待たされていた。
大騒ぎが嘘のように静まり返った部屋を見回し、肩の力を抜く。
さて、どうしよう。
休んでいろって言われちゃったし、この大きなお屋敷の中をうろうろするには、結構な勇気がいる。
運ばれる間に見たところ、廊下にはずらりと扉が並んでいた。
きっととんでもない数の部屋があるのだろう。
確実に迷子になる自信があった。
でも落ち着かないな……。
元社畜だからか、ベッドで寝ているだけでいいと言われても、持て余してしまう。
私の唯一の趣味である癒しグッズもここにはないし。
二年の社畜生活によって、私は『仕事以外に何をしたらいいかわからない人間』になっていた。
とりあえずもう少し待っているしかないか。
その間に状況の整理をしておこう。
私が目覚めたとき、教会で行われていたのって、お葬式だったよね……。
しかも私は棺桶の中にいた。
……ってことは、やっぱりこの体の主である女の子のお葬式だったのかな。
彼女の意識はいまどこにいるんだろう。
まさか私が追い出しちゃったんじゃ……。
恐ろしい想像をしてしまい、寒気がしてきた。
「失礼します、エミリア様」
ノックの音が聞こえて、ハッとなる。
エミリアという名前で呼びかけられたせいで、すぐには反応ができなかった。
あ、そっか。
この子がエミリアだから、今は私が返事をしないといけないんだ……!
なんて思っている間に、遠慮がちな音をたてて扉が開いた。
「エミリア様……? ――失礼いたしますね」
ああっ! しまった。
完全に応えるタイミングを逃しちゃった……!
ここで起きていたら無視したみたいだし、仕方ないから慌てて目をつぶって寝たふりをする。
足音の感じからして、数人のメイドたちが入ってきたっぽい雰囲気だ。
「……っ! 目を瞑っていらっしゃるわ! まさかまた死んでしまったんじゃ……」
「えええええええええっ!? それは一大事よ!?」
死んでない、死んでない!
数人に駆け寄られて、思わずぎくっとなる。
それを見て、ほっとしたような盛大な溜め息が聞こえてきた。
「って、やだ。のんきに眠っていらっしゃるだけだわ」
「ちょっと、驚かせないでちょうだい。あら、ほんと。熟睡されてるわ。あれだけ国中を騒がせておいて、すごい方ね」
「もっと繊細そうなイメージだったんだけれど、外見に似合わず意外と図太いのかしら」
こちらを覗き込んで、ヒソヒソしている気配を感じる。
私は、はっきり言って冷や汗だらだらだ。
ってか、のんきって……!
こっちが爆睡中だと思い込んでるとはいえ、ずいぶんと言いたい放題だ。
でも意地悪な感じというより、噂話を面白がってしているような声の調子だった。
それはそれで気まずいけど。
これは絶対、狸寝入りだとバレるわけにはいかない。
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