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31 エミリアちゃんの抱える想い

 エミリアちゃん、出てきちゃってよかったの?

 私が不安に思いながらエミリアちゃんを見ると、彼女はハッとしたように口元に手を当てた。

 何も考えずに勢いで飛び出してきちゃったやつか。

 私と最初に話した日もそんな感じのことを言っていたし、おそらく衝動に駆られやすいタイプなのだろう。

 あとはもう陛下に見えていないことを祈るのみだけど……。


 恐る恐る陛下の様子を窺うと、目を丸くしたまま宙を仰いでいた。

 あー……。

 これは、確実に見えている……。


「エミリアの霊か」


 確認するように、陛下が私に尋ねてくる。

 エミリアちゃんのほうをとっさに見ると、口笛を吹いて白々しくもそっぽを向いているし、違いますと言ったって、もう誤魔化しようがない。

 私は小さくため息をついてから、改めて陛下に向き直った。


「そうです」

「……そうか」

 陛下は少し言葉に詰まったあと、大きく息をついた。

 余裕のある態度だった彼が唯一違う顔を見せた。


「エミリア。そなたはやはり、死んだのだな」

「……何よ」


 エミリアちゃんはきっと陛下を睨みつける。


「先に言っとくけど、同情なんかいらないわよ。私は好きに生きようとして、勝手に死んだの。あなたにあーだこーだ言われたくないわっ」

「それでもすまなかった」


 陛下が深く頭をさげると、エミリアちゃんはぎょっとしたように目を見開き、それから顔を真っ赤にさせた。

 照れているわけじゃない。

 激怒しているのだということが、吊り上がった目や眉から伝わってくる。

 まさに烈火の如き怒りという感じだ。


「ちょっと! 一国の王が軽々しく頭下げたりして、どういうつもり!?」

「私の判断が甘く、そなたを危険な目に遭わせ、死なせてしまった」

「死なせたですってぇ!?」


 エミリアちゃんがどんどんヒートアップしていく。

 私はオロオロとしながら、エミリアちゃんの足を掴もうとした。あっ、触れない……!


「私が死んだことを、なんであなたの責任みたいに言われなきゃいけないの!?」

「私の責任だ。どう詫びても足りないと思っている」

「私が死んだのは私の責任よ! その場にいなかったあなたに謝られる筋合いない! 私をあなたの所有物みたいに言わないで!」


 髪を振り乱して、涙を散らし、エミリアちゃんが声の限りに叫ぶ。

 感情を一気に爆発させたかのような振る舞いに圧倒された。

 顔つきも鬼気迫っていて、すごく怖い。

 まるで死ぬまで彼女がため込んできたストレスが、一気にあふれ出したかのようだ。


「いつだってそう! 私は国のものでも、父のものでも、夫のものでもない! 私は私だけのものよ! それなのにどこまでいっても足かせがついて回る……。もううんざり! こんな人生うんざりだったのよ……!」

「え、エミリアちゃん……!?」


 なんだか様子がおかしい。

 エミリアちゃんがエキサイトするほど、彼女の周りにあるオーラのようなものが、どんどん黒く濁りはじめたのだ。

 な、なにこれ。どうなってるの? これも魔法?

 まるでエミリアちゃんの怒りに、何か強く禍々しい力が反応しているかのようだ。

 判断に迷って陛下のほうをちらっと見る。

 陛下は冷静にエミリアちゃんを見据えたまま、すっと私を庇うように一歩だけ前に出た。その静かな行動で、逆にこれは警戒すべき状況なのだと理解する。同時に怖くなった。エミリアちゃんがではなく、今、彼女に起きていることが。


「エミリア、待て。少し落ち着け」

「なによ! まだ私の行動を制限しようっていうの!?」

「そうではない。だが、身にまとう気配が悪しきものに変わりつつある」

「え? ……っ!」


 いっきに怯えた顔になったエミリアちゃんが、自分の両手や体を見下ろす。

 黒くまとわりつく靄を、彼女は慌てて振り落とそうとした。

 怒りより、動揺の方に心が傾いたからか、その黒い靄は少しずつ薄れていった。


「そなたも悪霊にはなりたくないだろう。一度、気持ちを落ち着かせたほうがいい」

「……っ、うるさいわね……!」


 言い返す声にもさっきのような覇気がない。エミリアちゃんは陛下に背中を向けて、不安そうに何度も自分の体を確かめている。

 なんだろう、大丈夫かな……。

 声をかけて尋ねられる雰囲気ではなかったから、陛下のほうにそっと問いかけてみた。


「あの……どういうことですか? 悪霊って」

「転生する前の霊魂は、そのまま悪霊になってしまうことがあるのだ。悪霊になれば輪廻の流れに戻れなくなり、憎しみを抱えたまま、この世界に留まり続けることになる。聖なる魔法の力で浄化されるまで、永遠に」

「な、なるほど……」


 元の世界で言うところの地縛霊みたいなものか。

 それは一大事だ。

 エミリアちゃんを悪霊なんかにさせるわけにはいかない。


「要するに、エミリアちゃんを怒らせちゃいけないってことですね」


 今までの私の行動はまずかったかもしれない……ごめん。


「少しの感情の揺らぎだけが原因で、悪霊になどなったりはしない。それよりも死の間際に抱いていた感情のほうが問題だ。怒りや憎しみを抱えたまま死んだ人間は、悪霊になりやすい」


 エミリアちゃんが、死んだ時に思っていたこと――。

 次の人生への希望を口にして、すっきりした様子だったのに。

 今、一瞬悪霊になりかかったのだとしたら……。


「エミリアちゃん、あの……」


 どう声をかけたらいいのかわからないままだけれど、放っておくこともできなくて、エミリアちゃんの名前を呼ぶ。

 エミリアちゃんはそろそろと私を振り返り、気まずそうに眉を下げた。


「やめて、その可哀そうなものを見るような目」

「う、ご、ごめんなさい」

「そこは否定しなさいよ!? ……って、私のことはいいのよ。悪霊になんてならないわ。ちゃんと転生して、自由な人生を楽しむんだから。それより、陛下」


 エミリアちゃんが陛下を、正面からキッと見据える。また怒ってしまわないか、不安に思いながら見守っていると――。

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