18 傍若無人な妃殿下
「こーんな完璧な美少女の体をもらったのよ。ちゃんと大事にしてもらわないと困るわ」
「は、はあ……」
「やる気のない返事ね。やり直し!」
「えっ」
「ちゃんと私の体を大事にすること! ちゃんと食べて、よく寝て、健康を維持して美少女の面目を保つのよ。いいわね!」
「え!? えっと、わ、わかりました」
勢いに負けて、慌てて返事をする。
エミリアちゃんの幽霊は納得したように、横柄な態度で「よろしい」と頷いた。
こ、これが本物のエミリアちゃん?
薄幸の美少女という外見の印象とは、口調や性格がかなりかけ離れている。
『さすが王妃様。さすが美少女』という感じの、堂々たる振る舞いだ。
「はっきり言って、今の見た目最悪だわ。もとがいいから醜いわけじゃないけど、ガリガリだし、青ざめてるし、生気がないし、それじゃあまるで死人よ」
幽霊に死人扱いされてしまった。
でもちょっと納得がいかない。
たしかに体重に関しては、私が体を借りたあと、多少落としてしまったかもしれない。
けれど初日に鏡で確認した段階で、すでにエミリアちゃんは簡単に手足が折れそうなぐらい華奢だったし、青白い顔をしていた。
フワフワ浮いている透けた存在にも徐々に慣れてきたので、私は姿勢を正してから頑張って言い返してみた。
「ええとですね、あなたはもともとほっそりしてましたし、健康で頑丈な胃袋なら、この世界の料理だって問題なく食べられたはずです。つまり痩せてしまった原因は、体のほうにあったのでは――」
「そんなの元の持ち主の私が一番わかってるわよ。だけど、せっかく体をあげたんだから、元の世界の知識でなんとかすればって言ってるのよ。この世界の料理は、私の体に合わないんだから。あなたも知ってるでしょ」
「それは、まあ……」
「薄味のおいしい料理作れるんでしょ。それをいっぱい食べて、その体をフクフクにすればいいじゃない」
「フクフク……。だけど、それじゃまるでこの体が私の物みたいじゃないですか」
「何言ってるの。もうあなたの体よ」
エミリアちゃんにきっぱり言い切られ、目を見開く。
自分の体を、他人のものだと断言できてしまう彼女の気持ちが、私には理解できなかった。
「どうして私のものなんて……」
「だって私はもう死んでるもの」
「それでも、あなたはここに存在しているじゃないですか。生き返るために、何か方法があるんじゃないですか?」
私の魂がエミリアちゃんの体に入ったくらいだ。
エミリアちゃんの魂が、元の自分の体に戻ることだって、可能なんじゃないだろうか。
しかしエミリアちゃんにばっさり否定されてしまった。
「不可能ね。死んだ人間は例外なく、輪廻の流れに戻っていくものだもの。だいたい言っておくけど、これって普通のことじゃないわよ。他の人相手だと無理だし」
「あ、そうなんですね……。でもどうしてエミリアちゃんのことを突然見えるようになったんでしょうか?」
エミリアちゃんは不機嫌そうに唇を突き出すと、気まずそうにぷいっとそっぽを向いてしまった。
「……言っとくけど、本当はずっと隠れてるつもりだったのよ。どうせ時期が来たら転生しちゃうし、私の顔を見たらあなたが罪悪感を持っちゃうかもしれないじゃない。でも健康な体獲得計画について、さっそく心が折れそうになっているから、カツを入れてやらなきゃって思ったの」
「わ、わあ……。そうだったんだ」
じゃあいきなり見えるようになったわけじゃなくて、隠れて傍にいたってことか。
「あなたに私が見えるかどうかはわからなかったけど、気づいたら話しかけていたわ」
「それってつまり、今のエミリアちゃんを見えない人もいるんですか?」
「それはそうよ。幽霊って誰にでも見えるわけないじゃない」
「まあ、たしかに」
元の世界での私は、霊感とは無縁の存在だった。
もしかして一度死んだ結果、何かが芽生えたとか……?
「陛下はどうなのかな? 見えるか試してみませんか? もしこんなふうに話ができれば、現状について直接相談することも可能だし――」
敬語を忘れて思わず前のめりになると、エミリアちゃんは心底嫌そうな顔をして、ふわっと飛び上がってしまった。
「冗談やめて。絶対に嫌よ」
「どうして? あの子、頼りになりそうだし、助けてくれるかもしれないですよ」
「陛下を頼るぐらいなら死んだ方がましよ!」
間髪を容れずに言い返されて固まる。
全力で拒否、といった頑なな反応だ。
しかめっ面をしても美少女は美少女だけど。
陛下は優しそうだったのに、どうしてそんなに嫌うんだろう。
「せめて、中身が私だってことは、陛下に話した方がいいんじゃないですか?」
「それも嫌。絶対に言わないで」
彼女の態度はやっぱり頑なだ。
何か事情があるのかな。
でもエミリアちゃんの雰囲気を見た限り、聞いても教えてくれなさそうだ。
「話を戻すけど、私が蘇ることは絶対にありえないから。……戻りたいとも思っていないし」
「え?」
前半はともかく、ぼそっと呟くような言葉で言われた後半の部分は、うまく聞き取れなかった。
聞き返されたのが嫌だったのか、エミリアちゃんは不機嫌そうだ。
「余計なこと考えなくていいって言ったのよ。その体はもうあなたのものよ。ありがたく受け取りなさい」
「でも、そんなにほいほい簡単にもらうわけには……」
「もうあげちゃったもの。返品できないわよ」
「この世界の人って、そんな軽い感じで体を譲るものなんですか?」
「まさか。伝承でしか聞いたことないわ。とにかく、ごちゃごちゃ面倒なこと考えなくていいわよ。だいたいあなた、体の返し方わからないでしょ?」
「うっ。それは、まあ」
「私も返してもらう方法なんて知らない。ということで、私たちは授与したものについて話すべきよ」
エミリアちゃん、繊細でふわふわとした見た目に似合わず、結構シビアな考え方をしていらっしゃる。
「さっきも言ったけど、その体で生きていく気があるなら、ちゃんと状態を整えたほうがいいわよ。その体って、少し歩き回るぐらいで、ヘトヘトになるんですもの」
おじいさんの畑に行った時のことを思い出し、私は神妙な顔で頷いた。
たしかにあれほどバテやすいと、まともな日常生活を送るのは困難だろう。
私はムスッとした顔をして、浮いたまま腕を組んでいるエミリアちゃんを見つめた。
――この体で生きていく、か。
「私はあと十日間、この世界に留まっていられるわ。その間に、あなたが健康的な生活をちゃんと送るか、じっくり観察させてもらうわ」
「十日間でいなくなるって……」
「魂の状態でもとの世界を漂っていられるのは、死んでから三十日間だけ。その後は、あの世で審判を受けて輪廻転生するのよ」
本当に、どうにもならないんだ。エミリアちゃんとも、あと十日でお別れなの?
「ちょっと、そんな顔しないでよ! 言っとくけど私、転生するのを楽しみにしてるんだから」
「そんな。せっかく王妃に生まれてきたのに」
「王妃なんて嫌。私はもっと自由に、健康的な体で生きるんだから」
エミリアちゃんの声が嬉しそうだからこそ、なんとも複雑な気持ちになった。
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