17 予期せぬ来訪者
突然陛下に会ったことや、一時ピリついた雰囲気になったせいだろうか。
夕食時、また食事が喉を通らなくなってしまった。
エミリアちゃんの胃袋、繊細すぎる……!
元の世界の私も、ブラックな仕事のせいで胃の調子が芳しくないことはちょいちょいあった。
でもさすがにここまでストレスに弱くはなかった。
がんばって食べようとしたものの、どうしても完食できず、私はナイフとフォークを置いた。
もともと不調な状態が続いていたもんね……。
料理長さんには、せっかく作ってくれたのにごめんなさいと心の中で謝っておいた。
ずっとこのままじゃまずいし、なんとかしないとなあ。
侍女長さんは何か言いたげな顔で私を睨むように眺めてから、侍女さんに片づけを命じた。
そのあとはいつもどおり、眠るための準備がなされた。
湯あみをさせてもらい、美少女しか似合わないようなレースのネグリジェを着せられ、「おやすみなさいませ」と言われて部屋にぽつんと放置される。
普段だったら、「いや、夕ご飯食べたあとすぐ眠れるわけないよ!?」と独り言を言いながら、広い部屋の中をうろうろ歩き回ったり、暇潰しに筋トレチャレンジをしたり、小難しい本を本棚から出してきて格闘したりする。
ちなみにどういうわけか、この国の文字を私は読める。
日本語を話す感覚で、この国の人と言葉を交わせているのと同じ理由なのだろうけれど、仕組みはよくわかっていない。
ただ文字が読めるからって、本の内容を理解できるとは限らないのだ。
なんでエミリアちゃんの部屋には小難しい蔵書しかないのだろう。
物語とか置いてあったらいいのになー。
でもたとえ本の種類が違っていても、今は手を伸ばす気にはならなかっただろう。
私はふわふわのベッドに転がると、のびのびと手足を伸ばした。
「明日から堂々と出かけられるのかー。どこにでも行けると思うと迷っちゃうな」
ずっと社畜として、追われるように生きてきたからなあ。
突然、自由にしていいと言われると、意外と困ってしまうものだ。
「なにもするべきことがないとき、どうやって生きたらいいんだっけ……」
考えはまとまらないまま、だんだんうとうとしてきた。
ここにきてついに気が抜けてしまったようだ。
夢うつつの心地よさに溺れていく。
だらだらしながら寝落ちできるなんて、社畜だった頃は考えられなかった。
もしかして、こんなふうに目的を持たず、ただただのんびりすることを楽しむっていう人生もあるのかな。
そんなことを思いながら本格的な眠りに就こうとした時――、唐突に、猛烈な爆音が鳴り響いた。
耳元で最大ボリュームの音楽を何曲もまとめて流されているような感じ、いや、違う、何百人もの人が一斉に話している感じ?
わからない。
とにかく例えようがないほど、得体の知れない騒音が私の意識を乱暴に殴りつけてきたのだ。
恐ろしくなって飛び起きたら、目の前にエミリアちゃんの顔があった。
「え」
すぐには状況を理解できない。
な、なにこれ。
宙に浮いた鏡に私が映ってるの……?
混乱しながら視線を動かす。
……違う。
鏡じゃない。
私の目の前には、なぜなのか今、エミリアちゃんの体がプカプカ浮いているのだと気づいた。
しかも半透明の――。
「あ、やっと起きたわね。これだけ隣で大騒ぎしてるのに、ぐーすか寝てられるなんて。まったくどういう神経してるのかしら」
ベッドの上でふわふわ漂っているエミリアちゃんが、腰に手を当てる。
私はぽかんと口を開けたまま、言葉を発することができなかった。
私、夢見てるの……?
「なんで……えっ、ど、どういうこと……!? 飛んでる……!? 透けてる!? それよりエミリアちゃん!?」
「もうちょっとまともな発言できないの? 目に見えてるものを口にしてるだけじゃない」
なぜ目の前にエミリアちゃんがいるんだ。
ていうか、じゃあ私は今、誰なの?
慌てて窓を振り返る。
月明かりに照らされた窓にうっすらと映っているのは、困惑しきってベッドに座っている私の姿だけだった。
「ひっ……!?」
喉の奥から引き攣った悲鳴が零れる。
ま、まさか――。
「幽霊!?」
「他に何があるのよ。死んだ人間が半透明な姿で出てきて、揚句にふわふわ浮いてるのよ」
気づくのが遅すぎるとでも言いたげな呆れ顔で、エミリアちゃんがため息を吐く。
こんなことってある?
他の人の体に入って、その本人の幽霊と向かい合っているなんて。
でも転生なんて夢みたいな出来事がすでに現実に起こっているのだ。
幽霊が現れてもおかしくないといえば、そうかもしれないけど。
「エミリアちゃんに呼び掛けても返事がなかったのって、この体から出て幽霊になってたからなの……?」
「そんなことより、あなたどういうつもり?」
目の前に最近見慣れてきた美少女の顔が迫ってくる。
「ど、どういうつもりとは……あ! 体の中に入っちゃったこと!?」
それは怒るよね。
慌ててベッドの上に正座し、私は三つ指で頭を下げた。
「このたびは体を間借りさせていただき、誠に申し訳なく……」
「せっかくあげた体を大事にしないってどういうことよ!」
「え!?」
自分よりかなり年下の女の子に叱り飛ばされて、思わずたじろぐ。
「今日、食事を抜いたわよね」
「それは、食欲がなかったからで……」
「食欲がないじゃすまされないわよ! 私を健康的にするって計画はどうなったの!?」
あ、あれ。
なんか予想外の理由で怒られてる……?
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