16 陛下と私
私にはもう一つ、抱えている問題がある。
もともとそのために陛下と会えるよう手配してもらったのだし。
心配してくれている陛下には申し訳ないけれど、そっちの悩みを相談しよう。
「私、できれば部屋の外に出たいんです。それで陛下の許可をもらえないかなと思って、侍女長さんに頼みました」
「外に?」
「王妃という立場だと、自由に出歩くのが難しいのはわかっています。せめてお庭とか、離宮の裏の森には行きたいんです。死にかけた件で心配をかけたとは思うんですが、もうずいぶん元気になってきたんで、歩き回っても大丈夫です」
陛下は微かに目をすがめ、私をじっと見つめてきた。
空気がピリッと張りつめるのを感じて、体が勝手に緊張してしまう。
「ほう。まさかそんな願いを乞うてくるとは」
声のトーンが低くなり、陛下の身に纏う雰囲気ががらっと変わる。
口調は穏やかなままだからこそ、鋭い眼差しをひどく恐ろしく感じた。
さっきは信頼できる優しい人だと思ったのに、こんなふうに相手を威圧することもできるなんて……。
これが王様というものなのだろうか。
圧倒的なオーラに呑まれて、指先ひとつ動かせない。
陛下が私より年下の男の子なんてことは、こうなってくるともう全然関係なかった。
「なぜ外に出たいんだ?」
じっと目を見つめたまま問いかけられて息が詰まる。
自分の存在を隠している事実が、見透かされてしまいそうな気がしたのだ。
もしかして陛下、中身が別人だって本当に気づいてるんじゃない……?
その上で、私に白状させようとしているんじゃ……。
異世界から来たなんて、普通に考えたらバレるわけがないのに、なぜかそんな気がして心拍数が早くなる。
「どうした? 答えを聞かせよ」
「あ、あの、はい……。それはえっと、運動不足になるし、散歩ぐらいしないとって思ったんです。疲れやすいですし、この体」
本当のことを言っているのに、しどろもどろしてしまう。
ああ、もう。これじゃ余計に怪しいよ……!
そんな観察するように見ないで欲しい。
私はぎゅっと手のひらを握って、俯くことしかできなかった。
一国の主である彼と私では、格が違うのだと思い知らされる。
この子に本気で追及されたら、誤魔化しとおせる気がしない。
どうしよう。
冷や汗が湧き上がってくるのを感じて、ごくりと喉を鳴らしたとき――。
「わかった、許可しよう」
「……! 本当ですか?」
白状させられる流れだと思っていたから、驚いて尋ねると、陛下は少しだけ眼差しを穏やかにして小首を傾げた。
「そなたが頼んできたのに、なぜ不思議そうにするのだ」
だって、とても許可してもらえるような雰囲気じゃなかった。
もちろん、そう言い返すわけにはいかないので、黙って首を横に振る。
「ただし警護の関係や状況が状況ということもある。そなたの言う通り完全に自由を与えるわけにはいかないが、庭と森くらいなら問題はない」
「ありがとうございます……」
戸惑いつつ、お礼を返す。
これってもう疑われてないってことなの……?
ううん、そんなはずない。
わかっていて、敢えて見逃すみたいな雰囲気を感じるし。
あれかな。泳がせておいて、探る作戦とか?
陛下の表情をさりげなく窺ってみても、胸の内で何を思っているか、まったく見えてこない。
でも追及されないのなら、それにこしたことはない。
変に刺激して、またさっきみたいに張りつめた空気になったら嫌だ。
とにかくこれで自由に行動できる範囲は広がったわけだし、今はそれだけで良しとしておこう。
「ところでエミリア。スープを作ったと聞いたのだが――」
陛下が別の話題を振ろうとした時、その声を遮るように、突然、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
今日このパターン多いな。
室内に飛び込んできたのは、侍女長さんではなく武装した衛兵らしき男性だ。
「ご歓談中申し訳ありません。陛下に火急の知らせが入っております」
「なんだ」
一礼して歩み寄ってきた男の人が、陛下に耳打ちをする。
「――そうか。すぐに向かうと伝えろ」
「はっ」
「すまない。すぐに出なければならなくなった」
やっぱり忙しいんだ。
聞きたいことはまだ山ほどあったけれど、さすがに引き留めるわけにはいかない。
心なしか、陛下の顔色は悪い。
目の下にもクマがあるし。
まるで死んじゃう直前の私みたいだな。
「また改めて顔を出そう。それと、エミリア」
「は、はい?」
私が警戒した顔をしたからか、陛下は困ったように少し眉を下げた。
また彼の醸し出す雰囲気ががらりと変わる。
なにその顔……。
私が悪いことをしているみたいな気になるじゃないか。
私、さっきまでこの子のこと怖がっていたのに。
感情が陛下の態度ひとつで振り回されているのを感じて、なんとも言えない気持ちになった。
本物の王族コワイ……。
「何かあればいつでも相談してきてくれ。そなたの書簡は最重要案件扱いにするよう、しっかり手配しておく」
いや、最重要にはしなくていいと思うよ!?
それに陛下って鋭そうだし、会うと誤魔化すのも大変だから、正直あまり頻繁には顔を合わせたくない。
あ。でも顔を合わせなくちゃ、信頼できる人かどうかいつまでも判断ができないじゃないか。
「ふがいない夫ですまないと思う。だが、私はそなたの味方だ」
私を安心させるように頷いた後、陛下は呼びに来た男性とともに部屋を出ていった。
そなたの味方って……。
その言葉を信じるには、彼は複雑な存在すぎた。
……はぁ、なんか途端に疲れたな。
陛下とふたりになってから、オロオロしたり、落ち込んだり、いい大人が情けない。
もっとしっかりしろ、私。
私は気持ちを切り替えようと思って、一度大きく息を吐き出してみた。
陛下が悪い人じゃないと分かったし、外出範囲も広がった。
しばらくは、のんびり過ごそうかな。
なんて思ったのに、その夜。
予想もつかなかった方向に事態が変化したのだった――。
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