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15 陛下にお目通り

 さっきおじいさんに野菜をわけてもらったので、それを持って久しぶりに厨房に顔を出そう。

 料理長と少しでも世間話ができれば、エミリアちゃんに関する情報を何か得られるかもしれないし。

 なんて思っていたら、廊下の方がにわかに騒がしくなった。


 あれ。なんだろ。食事時以外、周囲に人がいない環境に慣れ切っていたから不思議に思う。

 ていうか侍女さんたち、もしかして普段から意外と近い場所にいたのかな?

 そもそも、ほとんどの侍女さんが離宮に長い時間、滞在していないんじゃないかって疑っていたから、ちょっとびっくりした。

 もしかして敢えて気配を消していたとか……? でも、なんのために?


 そんなことを考えていると、慌て気味なノックの音がして侍女長さんが顔を出した。

 いつもどおり、眉間に皺を寄せた厳格な表情だけれど、どこか切迫した印象を与える。


「妃殿下、国王陛下がお越しになっていらっしゃいます」

「えっ!?」


 早口で伝えられた言葉に、驚きの声を返す。


 一ヶ月待ちじゃなかったの!?

 しかもお越しになっているって、今すぐ会えってこと!?

 たしかに謁見を望んだけれど、急すぎて心の準備がまったくできていない。


 国王陛下の前に出たら、許可が出るまで顔を上げちゃいけないんだっけ……。

 困ったな。

 ロイヤルな人に対するマナーなんて、全然わからない。

 せめて少しは頭の中でシミュレーションしておくべきだった。


 どうしよう。

 どんなふうにお出迎えするべきか、侍女長さんに聞く……?

 ううん、だめだ。

 妃殿下であるエミリアちゃんが、マナーを知らないわけがない。


 私は焦りながら、持っている知識を総動員して対処法を考えた。


 うん、やっぱり頭は下げていたはず。

 あと腰を屈めてなかった?

 でもあのポーズ、どうやってやるんだろう。


 そうだ! 侍女長さんを見習おう!

 苦肉の策を閃いて顔を上げたとき――、開け放たれていた扉の向こうから国王陛下が姿を現した。


「会いに来るのが遅くなってしまって、本当にすまなかった」


 今日は黒い軍服姿ではなく、紺色のフロックコートのような服を身にまとっている。

 控えめな色味が上品な顔立ちをした彼の雰囲気ととても合っていて、一瞬、見惚れてしまった。

 まるで絵画を眺めているような気持ちになったのだ。


「エミリア?」


 穏やかな声で呼びかけられ、ハッと我に返る。

 頭下げるんだった……!


 腰を屈める挨拶はもう諦めて、とりあえずできるだけ丁寧に見えるよう、お辞儀をした。

 視線は多分、許可されるまで上げちゃだめなはず。

 時代劇とかでも、殿が「楽にしろ」って言うまで「ははー」ってやったままだし。


 そうしていると、戸惑うような気配がして、陛下がふたたびエミリアちゃんの名前を呼んだ。


「……エミリア、何をしている?」


 え。

 何をって、頭を下げているのですが、もしや対応間違えた?

 どうしたらいいのかわからなくて、そろそろと視線だけを上げると、困惑した声のわりにそこまで動揺しているように見えない顔をした陛下と目が合った。

 国王ともなると、心のまま感情を表に出さない術を心得ているものなのかな。

 なんて頭の片隅で思った。

 こんな状況なのに、よくそんなことを考えている余裕があったものだ。

 いや、こんな状況だから現実逃避しているだけかもしれない。


「なるほど、別人と言われるわけだ……」


 陛下が口内で何かを呟いた。

 聞き取れなかったせいで反射的に顔を上げてしまい、気まずくてまた背ける。

 陛下はそんな私をしばらくじっと眺めたあと、不意に侍女長のほうを見た。


「しばらく妃とふたりにしてくれないか」


 いきなりふたりきり!?

 私が驚いたのは、まだ心の準備ができていなかったからだけれど、私より侍女長が衝撃を受けているっぽい理由については謎だ。

 侍女長ってば、いつも冷ややかなくらい冷静なのに、今は目を丸くして石像のように固まっている。

 国王と王妃だけになるのって、そんなに意外なことなのだろうか。

 それでもプロ意識の高い彼女は、なんとか意識を取り戻し、静かに頭を下げると部屋を出ていった。


 扉が閉められた部屋に、国王陛下と取り残されてしまった。

 部屋には指先を動かすのも憚られるぐらい、密度の濃い静寂が流れている。

 ……息が詰まる。


 エミリアちゃんは十五歳だけれど、中にいる私は二十八歳。

 十七歳の陛下よりずっと年上だ。

 でもそんな年齢差なんて何の役にも立たないぐらい、私は彼の雰囲気に呑まれていた。


 陛下は堂々としていて、大人顔負けの落ち着きがある。

 本当に十七歳かって思うぐらい。

 これが王族の威厳というものなのかな。

 そんなものの前で、庶民の私が平然としていられるわけがない。


 呼吸の音から、衣擦れの音まで、すべて陛下に届いてしまいそうで、私は無意識に後退っていた。

 ちらっと足元に目を向けたので、陛下も多分気づいている。

 でもそれを指摘することなく、彼は話しはじめた。


「突然の訪問になってしまったことも申し訳ない。この時間しか会いに来られそうになかったので、許して欲しい」


 私を見つめたまま沈黙。

 これは返事待ちの間だよね……。

 お気遣いなくとか言っていいの?

 偉そうに聞こえる?

 わ、わかんない……。


 頭を抱えたくなりながら、結局へどもどと「いえ、その……大丈夫です」と返した。

 陛下が私のことをさっき以上に、じーっと見ている。

 多分、また何か間違えたのだ。

 もういやだ、逃げ出したい。


 陛下が口を開く気配に、ビクッと体が揺れる。

 次は何を言われるのだろう。

 冷や冷やしていると、なぜか陛下はふっと笑って、私の肩を軽くぽんぽんと叩いた。


「らしくないな。何をそんなに恐れている? ――そなたの人格が変わったことや、魔力が完全に消滅していることと何か関係があるのか?」

「ま、魔力……?」


 予想外の言葉すぎて、思わず聞き返してしまった。

 その瞬間、初めてまともに私と陛下の視線がぶつかった。

 彼があまりに真っ直ぐな眼差しを向けてくるから、そのまま逸らすことができない。


「エミリア、そなた何か困っているのではないか?」

「……っ」

「私にできることはあるか?」


 彼の気遣いは不意打ちすぎた。


 陛下の声はとても穏やかで優しかった。

 この世界に来て、初めて差し出された救いの手のような気がして……。


 正直、泣きそうになってしまった。

 今さら気づく。

 本当は私、結構心細かったみたいだ。


 誰かに私の存在を打ち明けたい気持ちはある。


 でも、この体の持ち主であるエミリアちゃんは他国から嫁いできた王妃様だ。

 私が下手なことをすると、いろんな人に多大な迷惑がかかってしまう。


『影武者をつけるなんて、この国が安全じゃないって疑ってるようなものだし、国際問題よ。下手したら戦争になりかねないわ』


 侍女さんたちの噂話を思い出し、ごくりと息を呑む。

 陛下は確かに優しそうだけれど、エミリアちゃんのことをどう思っているかはまだわからない。

 少なくとも私がもっとこの世界の状況を把握するまでは、言わない方がいいよね……。

 となると、なんとかして話題を変えなくちゃいけない。

お読みいただきありがとうございます!

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『★5』をつけて応援してくれるとうれしいです

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