14 国王陛下の胸の内 ②
侍女長の名で届いた文を開封すると、確かにエミリアが謁見を求めていることが記されていた。
文はそれだけでは終わっていない。
その後に記されていた内容は、テオドールをかなり動揺させた。
『――妃殿下に仕える身でありながら、このようなことを陛下に進言する旨、どうかお許しくださいませ。
あの国葬の日以降、妃殿下のご様子に違和感を覚えております。
最初のうちは、これまで同様、遠方より嫁いでこられた不安から、周囲に甘えるための我が儘をおっしゃっているのだと受け取っておりました。
しかし、今までとは明らかにご様子が違っていらっしゃるのです。
まるで別人のようだという印象を受けております。
一度、陛下もお会いになった方がよろしいかと思い、恐れながら申し上げさせていただきました――』
手紙を持ったまま、瞬きを繰り返す。
(別人のようだとは、どういうことだ……?)
今までのエミリアは、確かに周囲を困らせることも多かった。
突然、だんまりを決め込んで、数日間一切口を利かなかったり。
かといえば一晩中はしゃぎまわって、侍女たちが眠ると怒ったり。
両極端な態度を行き来して、いったいどれが彼女の真の姿なのか、皆、掴みかねていた。
それを何度となくいさめてきた侍女長が、ここまで言ってくるというのは妙だ。
(たしかに会いに行く必要がありそうだな)
ただ、ジェルヴェ公の言葉や、侍女長の文があってもまだ、エミリアが自分に会いたがってることだけは信じられなかった。
そんな展開は絶対にありえない。
(彼女は私のことを毛嫌いしているのだから)
顔を見た途端、ものすごい剣幕で追い返されるか。
それとも完全に存在を無視されるか。
一切近寄って欲しくないと拒絶されたのは、最初に顔合わせをした時のことだった。
これまでは、そんな彼女をなるべく刺激しないよう、距離を置いてきた。
しかし万が一にも、何らかの事情で本当に会いたいと望んでいたら?
文書の最後には、十一日も前の日付が書かれている。
離宮にいるエミリアの耳には、テオドールが不在にする知らせなど届かない。
彼女自身の希望によって、そう取り決められていたのだが、これでは無視したのと変わらない。
文書はまず文官によって中身が検閲され、仕分けが行われる。
そのあと最重要なものと、重要なものが執務補佐官のジスランによって確認され、とくに火急の案件がある場合は、早馬による伝令がテオドールのもとへ出されることになっていた。
差出人の名前が侍女長になっていたから、王妃に関する重要案件だと気づかなかったのだろうか?
たとえそうだとしても、ゆゆしき事態だ。
あとでジスランに命じて、仕分けをした文官を割り出し、事情を聞かねばなるまい。
それにしても困った。
絶対にエミリアは激怒していることだろう。
こちらを見るときのエミリアの冷やかな眼差しを思い出しながら顔を上げると、興味深そうに様子を眺めていたジェルヴェ公と目が合った。
「ジェルヴェ公、エミリアと会われたとおっしゃっていましたが、彼女はどんな様子でした?」
「話に聞いていた印象とはだいぶ異なりましたな」
「というと?」
「明るく穏やか。よく笑いかけて下さった。それから……」
ジェルヴェ公の表情が不意に和らぎ、いつも以上に瞳が優しくなった。
「この年寄りの作った野菜をむしゃむしゃと食べていなさった。畑からもぎたてのきゅうりをな、土をこうドレスの裾で拭われて、ぱくりとかぶりつきなさったのじゃ」
その時のことを思い出しているのか、ジェルヴェ公は楽しそうに笑っている。
テオドールはしばらく言葉を発せられなかった。
(あのエミリアが?)
この国に嫁いできた初日に彼女の与えた印象からは、きゅうりをそのまま食べる姿など、まったく想像がつかない。
本人の口から「私は潔癖で神経質です」と宣言されていたし、実際、嫁いできた初日、彼女は、部屋に僅かな塵が残っていたというだけで侍女を糾弾し、辞職に追い込もうとした。
その侍女はエミリアの目の届かないところに異動させ、事なきを得たのだが……。
「もしや一度死んだことで、何か心身に変調をきたしたのか?」
エミリアに知られたらそれこそ逆鱗に触れそうな言葉を呟き、もう一度懐中時計を取り出す。
元老院との会議まで、あと二十分。
急げば離宮までいって、手紙の件を謝罪し、用件を聞く時間ぐらいはあるだろう。
こっぴどく拒絶されるかもしれないが、形だけであれエミリアは自分の妃。
やはり気がかりだ。
それにあのようなことが起きた後なのもある。
すぐに会いに行かなくては――。
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