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01 社畜OL、異世界転生する

 土曜日の真夜中過ぎ。

 二十日間続いている連勤記録の更新を無事に終えた私は、ヘロヘロな状態で帰宅した。


 死ぬほど疲れたな。


 玄関の鍵を回しながら、零れ落ちたのは重いため息。

 こめかみがズキズキと痛む。

 それに一日中、耳鳴りが続いている。

 明らかに疲労と睡眠不足が原因なのはわかっていた。


 そりゃ仕方ないよね。

 最後にぐっすり眠ったのは、おそらく一ヶ月半前。

 最後にのんびりご飯を食べたのは、いつだったっけ。

 悲しいことに、もう思い出せない。

 料理するのは好きなのになー。


 大学を出てから数年。

 社畜ライフがこんなに辛いとは想像していなかった。

 私が勤務しているのはソーシャルゲームの制作会社で、これが尋常じゃなく忙しい。


 ゲームに不具合が生じたり、サーバーが落ちると、容赦なく呼び出される。

 明け方に叩き起こされたり、帰宅した瞬間、会社にとんぼ返りさせられたのも、一度や二度じゃない。


 しかも会社は鬼畜なことに、終電がなくなってからも私を召喚できるよう、徒歩十分圏内に寮を用意していた。

 入社当時は何も知らず、出勤が楽でよかったーなんて喜んだものだ。

 ピュアだった頃の自分が恨めしい。


 この会社に居続けたら、体も心も壊れてしまう。

 そう気づいたときには手遅れだった。

 危機を察知した人たちがさっさと辞めたあとで、深刻な人手不足に陥っていたのだ。


 辞めたいけれど、次の人が入ってきてくれない。

 ソーシャルゲーム業界の労働環境がブラックなのは、この二年でだいぶ広まってしまっていた。

 そのせいで人材確保が難しいのだ。


 それに疲れすぎると、人間の頭はまともに機能しなくなる。

 会社を辞めるどうこう以前に、今日を乗り越えるだけで精一杯。

 こんな毎日を変えようという体力すらなく、私はただ言いなりになって働いていた。


「はー……。今日も仕事をするだけの一日だったな……。私、なんのために生きてるんだろ……」


 真っ暗だったワンルームの部屋に明かりをつけ、パンプスを脱ぎ捨てる。


 とにかく癒しが欲しい。

 体の疲労ももちろんだけど、それ以上に心が摩耗していて、寝不足のはずなのに寝たいという欲求すら湧いてこなかった。


 このまま布団に入ったら、私の生活は本当に仕事だけに支配されてしまう。

 それは嫌だ。

 ささやかな抵抗として、寝る前の数十分くらい、心が満たされることをしたい。


「せめて家にいる間だけでも、人間らしい生活をしないと……」


 今日はアロマオイルでマッサージをしようか。

 お香を炊くのもいい。

 現実逃避と、心への癒しを求めて、私は毎晩、癒しグッズにすがっていた。


 本当は今すぐ寝たほうがいいんだろうけれど、そうしたら一瞬で朝が来てしまう。

 朝になれば、また会社に行かなければならない。

 だからまだ眠りたくなかった。


 私はクマだらけの目を血走らせながら、部屋の中を見回した。

 まともに掃除されていない部屋には、私が集めてきた癒しグッズが溢れ返っている。


 ちなみにそのほとんどが手作りだ。

 会社に入社してからの私は、『眠気と格闘しながら癒しグッズを作り、完成したお手製グッズに囲まれて眠る』というヘンテコな趣味を持つようになっていた。


「やっぱりこないだ作ったルームミストを使ってみよう」


 あれならこの頭の痛みを、少しはすっきりさせてくれるかもしれないし。

 朝からなんだか息がしづらいし、とっておきのアイテムを使うのには、ぴったりな日だ。


 なんて思ったところで、突如、心臓の辺りに激痛が走った。


「うぐっ!?」


 痛みは一瞬で消え去るどころか、鼓動を打つたびに大きく広がりはじめた。

 いっきに変な汗が噴き出す。


「う、うぐうう」


 痛い。本当に痛い。

 息もうまく吸えない。

 呼吸が乱れて、野太い悲鳴のようなものが、勝手に口から零れ落ちる。


 本気で苦しんでいる時って、こんな残念な声が出るものなんだ。

 死ぬほど胸が痛くて、まともに立っていられないのに、頭の片隅でそんなことを思った。


 ああ、だめだ。

 よろめき、辺りにあったものを巻き添えにしながら倒れ込む。

 心臓が痛いだけじゃない。

 すごい吐き気と頭痛に襲われ、体が震えてきた。


 これ、やばいやつだ。


 救急車を呼びたくても、スマホの入ったカバンに手が届かない。


 あー……。

 このまま死ぬのかも……。


 過労死なんて最悪だ。

 まだ二十八なのに。

 色々な未練が駆け巡っていく。


 ああ……あの癒し系グッズたち。

 本当なら、もっとのんびり使ってあげたかったな……。

 ちょいちょい意識が飛ぶほどの眠気をこらえながら、無理して使うんじゃなくて。


 ハーブで作ったバスソルトでのんびり半身浴をして。

 お風呂から上がったらおいしいご飯を食べて。

 最後は手作りの枕に顔をうずめて、そして好きなだけ惰眠を貪るのだ。


 生まれ変わったら、そんな人生が送りたい。


 苦しみと痛みは容赦なく襲い掛かり、少しずつ意識が遠のいていく。

 私が最後に見たものは、ワンルームの部屋に積み上げられた癒し系グッズの山だった――。


 ◇◇◇


 ――真っ暗闇。やっぱり死んだんだ。

 あれ、でもそれを自覚できるってことは、意識がある?

 もしかして助かったのかな。

 目を開けて確認しないと。

 ああ、でもまだ眠い……。

 体と意識がちゃんと連結しない感じ。

 このまま寝たら、今度こそ本当に死んじゃうやつか?


 なんて思いながらうとうとしてたら、頭上からゾクッとするほどのイケボが聞こえてきた。

 え? なんでイケボ……?


「……――。すまなかった」


 優しくて、どこか遠慮がちな触れ方で、誰かがそっと頬を撫でる。


「私の元へ、嫁いでなど来たくはなかったのだろうな」


 独り言のように小さく掠れた声が落とされた。


 嫁ぐってどういうことだろう。

 不思議に思いつつ、ゆっくり目を開ける。

お読みいただきありがとうございます!

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