This is a pen
こんばんは、明日から頑張る人です。
今回が初投稿となります。
ここで多くは語りません。
初めてなので誤字脱字、文章にねじれがあるかもしれません。しかしどうか最後まで読んでくださると嬉しい限りです。
「そう言えばさー」
「ん?」
俺の幼馴染み、桑原水咲の声に応答する。
「私、思うんだよね。」
「え、何を?」
「世界一使い道のない言葉」
日が色づく秋の帰路。乾き始めた空気に溶けた言葉。
…。
はぁ?
「いや、べつにどうでもいいし」
そう返すと水咲は、はぁー…とため息をついた。「やれやれ、これだからお子様は…」と言わんばかりに。
いや、逆にこっちがため息つきたいわ…
「いやいや翔平くん」と何故かドヤ顔を見せる。
「翔平くんって誰だよ、そもそも俺は大喜だし」
「えー、だって翔平の方が呼びやすいし…それに語呂がいいじゃん。あ、これを期に改名しませんかね、おやっさん」
「親に対する冒涜じゃねーか」
ひしし〜。と悪戯な笑顔を見せる。思わずため息が漏れた。
桑原水咲。
俺の幼なじみで幼稚園から高校2年生になった今に至るまでの腐れ縁だ。更には絵に書いたように家が隣で、窓を開けての会話が成立する。
肩より少し長めの黒髪で、本人の前では死んでも言わないが、顔立ちは美人である。
性格は見ての通り、明るい変態。まぁ、突然『世界一使い道のない言葉』を思い付くぐらいだ。察して欲しい。
「…それで、世界一使い道のない言葉ってのは?」
「お?興味あります?あるんですか〜?」
「やめろつつくなぶっ殺すぞ」
「うわ、ひどい…私女の子なのに…身長163身長、スリーサイズ78-57-83なのに!」
「うるせぇ!シレッと自分のサイズ公表してんじゃねぇ!このバカ!」
「はぁ?お前がバカだバーカ!」
その瞬間。俺達の後ろから笑い声が聞こえた。声からしてたぶん高校生だ。
「ね、あの二人付き合ってるのかな?」
「どうだろうね、あれだけ仲良ければそうなんじゃない?」
「だよね。あぁ、良いなー…仲睦まじいなぁー…」
「お、難しい言葉使うね」
おい後ろの女子二人!ものすごく恥ずかしいからやめろ!
ふと隣に目を移す。水咲もどこか恥ずかしげな表情を浮かべていた。
しかし、ふん、と鼻を鳴らし水咲は顔を逸らすと、
「あーぁ、せっかくナイスバディなのに…」そう呟く。
「だから黙れ…」
てか、そこじゃねぇーだろ…
それから数分、無言で歩いた。
少しキツめの下り坂、落ち葉が上へ逆流する。
「それでさ…」この無言を切ったのは意外にも俺だった。
「その、世界一使い道のない言葉ってのはなんなの?」
水咲の方へ顔を向ける。
「あー、まだ言ってなかったね。」と、やっと目が合った。
ふふっと笑うと、その口元が元気よく動く。
「This is a pen!」
…。
え?
色々と呆気に取られてしまった。てか、それ以前にしょうもなさ過ぎる。
「ん?どうしたの? 大喜お腹痛いの?」
「…死んでしまえ」
と、俺はスタスタと歩き出した。
「ちょーっと!死んでしまえってなに?酷くない!」
「いや、いくらなんでもしょうもなさ過ぎるわそんなの。逆に謝って欲しい」
「はぁ?なんで?てか、ちょっと待って。歩くの早い」
「一刻も早くお家に帰りたくなった」
「何それ私のせいなの?」
「え?逆に違うの?」
「うっっっざ!」
口を尖らせる。怒ると顔を逸らして、髪の毛をいじるのは、昔から変わらない水咲の癖だ。
髪の毛の先を人差し指でクルクルしている。
でも実際に、「This is a pen」なんてどこで使うんだろう。だってまず普通に過ごしていればペンが分からないことなんてないし、それがペンがどうか分からない物なんて、いっそ売らない方がいい。
本当にいつ、どのタイミングで使う時が来るのだろうか…
「ねぇ、大喜…」少しだけ顔をこちらに向ける。
「あ?」
「私、いいこと思いついた。」
口の端が持ち上がる。俺は知っている。大抵この笑い方をする時は変なことを考えている時だ。
はて、今度はどんな言葉が飛び出してくるのか…
「一応聞いてやるよ」
「一応じゃなくて聞け。」軽く右腕を叩く。
そして、彼女はこう言葉を繋げた。
「先にThis is a pen を使った方が勝ちってゲームしない?」
「うん、やっぱり」
予想はしていたが、本当にろくでもなかった。予想通りすぎて自然と言葉が漏れ出してくるレベルだ。
「ん?やっぱり?」
あぁ、良かった。全く持って察してくれていない。
なんなんだろうな…17年の月日って。
「なんでもないよ…なんでも」
「ふーん、変なの」
お前言われたかねぇーよ。
「それじゃあルール説明ね」
「え、俺強制参加なの?」
「うん、だって私一人じゃ出来ないし、それに私とゲームするの楽しいでしょ?」
と、言うことで…と水咲は続ける。
「ルールは至って簡単。先にThis is a pen を使った方が勝ちね。もちろん英語の授業とか友達、私を誘導するのもなし。日常会話の中でのやつだけね」
「ちょっと待て、先に言った方が勝ちなのか?」
率直な疑問だった。だいたいこういうのは先に言った方が負けなのがセオリーだ。だから先に言うことが勝利条件なのは珍しい。
そもそも、ここは日本だ。日常会話でThis is a penをナチュラルに使うことなんてあるのだろうか…。
「うん、そうじゃないと一生終わらないと思う。だって世界一使い道のない言葉だよ?」
「それならいっその事やめね?」
「でも、だからこそ! 実際にそういう場面に出くわしたくない?」
水咲の顔が近づく。
すごく目がキラキラしていた。
「んー…」
少しだけ考える。
でも…ちょっとだけ見てみたいかも。
ふっ、と鼻を鳴らす。
「まぁ、確かにロマンはあるな」
そして、
「分かった…乗ってやるよ」
「…え?いいの?」
「何故お前が驚く?」
「いやだって…絶対に断られると思ってた…」
顔を逸らす。
夕日が染める横顔はどこか嬉しそうに笑っているような気がした。
そして、少しすると、ふふ。と小さく笑い、
「それじゃ、負けた方が好きな人を教える。ってのはどうよ大喜さん」
いたずらに視線を送る。
綺麗なその瞳に、少しだけ心臓が早くなったような気がした。
「んー、まぁ、負けなければいいんだよな」
「よし決まりぃー!絶対に先に言うから、覚悟しなよ?」
にししぃ〜。と無邪気な笑顔を見せる。それもまた、17年間変わらない、水咲の笑顔だった。
その日は忙しかった。
白い廊下、いくつもの白いドアを素通りしていく。
焦り、動揺、悔しさ、後悔…その全てを、このドアのように素通り出来たらどれだけ楽になるだろうか。
背中を嫌な汗が伝う。
そして、とある部屋の前で足を止めた。
『桑原水咲 様』
どうか見間違えであって欲しいと願ったそれは、ドア横のプレートにしっかりと刻まれている。
深いため息が漏れた。
このプレートを見るのは、もしかしたら今回が最後になるのかもしれない…
数回の呼吸を繰り返す。いざドアを開けると、嗅ぎなれない薬品の匂いがムワッと肌を撫でた。
思わず薬臭さと、目の前の光景に息を飲む。
目線の先には、俺の幼馴染みの桑原水咲が機械に囲まれながら目を閉じていた。
ドラマでかじった程度の知識だが、酸素マスクみたいな物を付け、浅い呼吸を繰り返している。その横にあるモニターは心拍数を表示したものだろう。
『57』 たったこれだけの数字が、今の水咲の命を繋いでいる。
「あぁ、大ちゃん来てくれたんだ…」
「こんにちはお母さん…」
ベッドの横に座り、俺を大ちゃんと呼ぶ女性は表情を緩めた。その目じりにうっすらと涙を浮かべて。
「…それで、水咲は…」
「大丈夫よ」とベッドに目を向けて、続けた。
「水咲…大ちゃんが来てくれたわよ…」
今にでも消えてしまいそうな声で語りかける。
辞めてくれ…そんな言い方。
思わず歯をくいしばる。そうせずにはいられなかった。
そうでもして耐えないと、何もしてやれなかった自分を殺してしまいそうだったから。
今から1時間前、それは突然だった。
下校の途中、スマホが鳴った。非通知でかかってきた電話は水咲の母からだった。
「大ちゃん?」
いつもより声が低い。
「はい、そうです。」
「良かった…ねぇ、いきなりで悪いけど、水咲に会ってくれないかしら?」
その瞬間、俺の中に焦りが…いや、正直、それは一種の覚悟だったのかもしれない。
もしかしたら…なんて悪い方の『if』が頭をよぎった。
確か去年の冬頃だったと思う、水咲が突然入院したのは。
本人からは持病の治療と聞かされていたのだが、退院してはまた入院を繰り返して、今年の夏休み以降、2ヶ月ほど姿を見ていない。
オマケにLINEをしてみても、電話をしてみても繋がらない。
そうだ、よく考えればおかしな話だ。だって今まで持病の話も聞かされていないし、それを見たこともない。それなのに急に持病の治療なんてどう考えても変だ。
なんで、17年も一緒にいて気が付かなかったのだろう…
「…分かりました。今すぐ行きます」
そして、今に至る。
「…ん…お母さん?」
一瞬、ハッとした顔を見せ、すぐに「大ちゃんが来てるわよ…」と小さく笑った。
「大…喜?」と、こちらに顔をゆっくりと向ける。
二ヶ月ぶりに見る幼馴染は、あの時の水咲とはまるで別人のようだった。痩せてしまった顔。健康的とは言えない肌のツヤ。
「よう…」
「どしたの? 元気ないぞ?」優しくはにかむ。
酸素マスク越しのその笑顔が妙に突き刺さった。
「…どっちがだよ」
思わず顔を逸らす。
そのまま、数分の沈黙がやってきた。
一体、今の水咲に何を話せばいい? 何を言ってあげたらいい?
考えれば考えるほどどうしようもなくなる沈黙。
それが教えたのは、もうあの時のようには戻れないという現実だった。
「…お母さん」水咲が酸素マスクを取る。
「大喜と…二人っきりで話したい…」
「…分かったわ」
そう言うと、水咲の母は荷物を持って、病室のドアに手をかける。外に出る瞬間に見えたのは、口元を抑えて必死に涙をこらえる姿だった。
ガチャン…
ドアが閉まる。
「大喜」
弱々しいその声に、顔を向けた。
「こっちに来て、そこじゃ遠い」
水咲の招かれる手に従う。
さっきまで水咲の母が座っていた椅子に腰掛けた。
「久しぶり…だな」
「そう? 私…寝てたからよく分からない…」
「冗談でも面白くねぇーよ…バカ」
「はは…冗談…ね」
そう呟くと、布団に目を落とす。
…やめろよ…そういうの。
「…苦しくねぇか?」
「ごめん…正直苦しい…」
「とりあえずそれ、着けろよ」
うん。と頷き酸素マスクを口に当てる。吐く息ですぐに酸素マスクが曇った。
「それでさ…」
水咲が口を開く。
「とりあえず…謝らなくちゃ…ね」
「…いいよ別に」
俺の返答に「ううん…」と顔を横に振り、
「ごめん、大喜…このこと、黙ってて…」
俺の手を握る。
冷たい感覚に少し驚いたが、やっぱりそれは水咲の手だった。
「だからいいって、別に」
俺はその手を払うようにどける。
すると。
「大喜…珍しく照れてる…」
小さく笑った。
「うるせぇ、照れてるねぇし」
「おぅ? 顔…赤いぞ?」
「赤くねーし…」
「…まぁ、しかたないか…大喜だもんね。今まで彼女も…女友達…もいなかった…童貞だもんね…はは…」
いたずらに笑う。
いつも見ていたはずの笑顔が、なぜ、今になって俺を苦しめるのだろう。
「少し黙れバカ娘…とりあえず一気に喋りすぎた馬鹿野郎」
「2回も…はぁ…バカって…」酸素マスクを外す。
そして次の瞬間。カハッ、と変な咳ごみをすると、大きく前屈みになる。左手で口元を抑えながら。
「おい、大丈夫…」
そこまで言って、言葉を止めてしまった。
視線は水咲の左手。指と指の間から漏れ出した赤い液体。
「おい水咲!」
「大…丈…」
再び大きく咳込む。
布団にはいくつか赤いものが飛び散っていた。
「とりあえずナースコールするぞ」
モニターのすぐ脇にあったリモコンに手を伸ばす。
そして、ボタンを押そうとした次の瞬間。
「ダメ…押さないで…」
彼女の右手が、俺の腕を力強く掴む。そんな力どこにあるんだってぐらい強く。
「でも…それじゃお前は…」
「それ…押したら…もう…会えない…」
はぁ…はぁ…
息苦しそうに呼吸を数回繰り返し、
「もう…少しだけ…話したい…」
ニコリと笑う。
それは、燃えカス程度にしか残っていない寿命で作った笑顔なのだろう。
卑怯だ…そんなものを見せられたら…
俺の手からリモコンが滑り落ちる。
「…お前は…本当にバカだな…」
「はは…少しバカな方が…人生楽しいでしょ?」
「バカに言われても説得力ねぇーよ」
「またバカって…とりあえず…座んなよ…」
「…分かった」
椅子に座り直す。
「あぁ…血でベタベタ…」
「…使えよ、これ」
そう言って俺はカバンからタオルを取りだし、水咲に渡した。
「あ…これ…」
その青色のタオルを見つめ、ふふ、と笑う。
よかった…覚えていてくれたんだな。
「まだ…持ってたんだ…」
「捨てるわけないだろ。気にしなくていい、使えよ」
「…うん。ありがと」
左手を拭う。その時の水咲の表情はどこか照れているような、嬉しそうな顔をしていた気がした。
「…ねぇ大喜」顔を向けずに口を開く。
「ん?」
「もしかしたら…いや、今日が…最後かもしれないから…色々言っとくね…」
「最後なんて…言うなよ」
「ふふ…まず、持病ってのは嘘で…ホントは胃がん…」
「…そうか」
「それと…私の余命は…とっくの昔に…過ぎてる…」
「妙にしぶといのはお前らしいな…」
「…大喜のために…長生きしたって言ったら…笑う?」
心臓がギュッと掴まれたような痛みが走る。
たとえ冗談だとしても、死を目前にした人の言葉には、変な重みがあった。
「…笑う」
「ふふ…そっか…」
左手を拭うタオルが止まる。
「ねぇ、大喜」
と、こっちに顔を向ける水咲は、涙を浮かべていた。
目じりからツゥーと筋を引く。
「私達…赤ちゃんの時から…一緒…だったんだって…」
「…俺も聞いた。ベッドも隣だったらしいな…」
「それから…幼稚園も、小学校も…中学校も…高校も…全部一緒なんてさ…ホント、運命じみて…笑っちゃう」
「運命…か」
その言葉が嫌いだった。ここまで二人を一緒にしておいて、ある日突然、離れ離れにする運命が。
「大喜…ホントの意味で…17年間…ありがと…ホントに楽しかった…」
優しく微笑む。
その瞳から涙が溢れて、布団の上にシミを作っていく。
「…なんだよ…本当に最後みたいなこと言いやがって…」
「大喜…」水咲の手が俺の頬に触れる。
その冷たさに、思わずハッとする。
「今更だけど…顔…カッコイイね…」
「今更かよ…知ってるっつーの」
「ふふ…大喜…らしい…」
小さく笑うと水咲はゆっくりとベッドに体を預ける。
「ごめん…少し眠い」
「…そっか…」
「…でもその前に…」
水咲は枕の下に手を突っ込むと、長方形の小さな箱を手に取り、
「これ…私からの…プレゼント…大切にしてね…」
弱々しく差し出す。
「いいのか?」
言葉はない、コクンと頷く。
「ありがと、水咲…」
水咲の好きな、青色の紙でラッピングされた箱だった。
思わず零れそうになった涙を必死で堪える。
「なぁ水咲」
「…ん?」
「この中身…聞いてもいいか?」
すると、ハッと息を呑んだ。なんでそんな反応をしたのかよく分からなかったが、すぐに、ふふ…と水咲は笑った。
「神様…ありがとう…」
そう呟き、顔をこっちに向ける。
そして、その笑った口元で。
「This is a pen…」
確かに、そう言った。
『世界一使い道のない言葉』
…あ。
気がついた時にはもう遅かった、水咲は勝ち誇ったような顔で、
「私の勝ちだね…」
にししぃ〜…と無邪気に笑う。
「そっか…そう言えば…そうだな…」
「…覚えてる…よね…罰ゲーム…」
「あぁ…忘れてねぇよ…」
「それじゃ…教えて…大喜の…好きな…人…」水咲の力ない右手が伸びる。
俺は冷たいその手を両手で力強く掴む。
…そして。
「俺は…ずっと水咲が好きだったよ」
「…ふふ…ばーか」
一気にその手から力が抜け落ちた。
同時にモニターに表示されている数字が減少していく。
ピー、ピー、ピー…
部屋に聞きなれない機械音が鳴り響いた。
「水咲…」
視界が次第にボヤけ始めた。その上瞼が妙に熱い。
ん?
…。
あぁ…そうか…
目元を擦ると、やっぱりと言うか、案の定それだった。
深く息を吸って椅子を立ち上がる。
きっとこんな事をしなくてもすぐに病院の先生達がここに来きて、水咲をどこか遠いところへ連れていく。
だけど俺は、さっき落としたリモコンを拾い上げた。
「…」
水咲の顔に目を向ける。
目元にはまだ涙が残っていて、夕日が柔らかく反射していた。
俺は「はは…」と小さく笑う。
「俺を残しておいて、なんて穏やかな顔してやがんだこの野郎…」
でも…。
「やっぱりお前は美人だな」
左手で頭を撫でる。
驚く程、髪がサラサラしていた。
すぅー、と息を吸う。
そして、
「水咲…おやすみ。じゃあな…」
ボタンを強く押し込んだ。
うっすらと笑う口元に別れを告げて。
ここまで読んでくださった人、ありがとうございます。
感謝の極みです。はい…
ところで、皆さんは使った事ありますか?
This is a pen
私はないです。1度もないです。
と、まぁ、こんなことを考えていたら、ふと、このストーリーが思い浮かびました。
作品の方はどうだったでしょうか?
もし、面白かったらコメントお願いします。
それでは、皆さんも無理せず、また明日から頑張りましょう…
おやすみなさい…