鬼たちより
オーガ。小鬼が二段階進化した状態のものを指す。まずゴブリンとは緑色の肌で醜い顔でとても小柄なものが多い。そのため素早く動けるのも特徴のひとつだ。布一枚を腰に巻き鈍器を扱うことが多いい。基本は人間から武器を奪うそうだ。
そのゴブリンは進化する種族である。
必ず進化するのはホブゴブリン。ゴブリンの上位種族であり進化することによって身体能力がはねあがり中でも筋力がかなり発達する。そして小柄だったものが人間ほどに大きくなる。その体格と筋力で自分の体よりも大きい鈍器を操る。そんな飛躍的に伸びた身体能力は正直対したものではない。この世の中は常に弱肉強食の世界。そんな世の中だからこそ力の無いままでは生き残れない。そして馬鹿なままでは生き残れない。だからこそゴブリンから進化したホブゴブリンは知恵を身につけた。
いままで単純に飲み食いをするために殺す。楽しいから戦う。眠いから寝る。そんな単調な行為の繰返し。それでは強いものに殺され、腹を空かした大柄な魔物に食われ、寝込みを襲われる。
だからこそ考えることを身につけたのだ。
ホブゴブリンの力は強くなったとはいえこの世の中ではたいしたものでない。だからこそ身につけた知恵で群を率いて格上の者を狩り、作戦をたてて負ける戦いとみれば直ぐに撤退した。眠るための住居もつくった。鈍器もただ殴るだけではない。その鈍器に毒を塗りつけた。自分たちの死の原因の一つである極悪茸、それに含まれる毒は神経毒でありその肉身に毒がある。その毒に殺られたゴブリンは数知れない。そのため極悪茸に触ることはなかった。しかし、ホブゴブリンたちは自分たちを死に追いやったその毒を利用することを考えた。それによりこのドライアドの大森林に生息する強力な魔物たちに集団でなくても戦いを挑みかてるようになった。
そんな力や知恵を一番に身につけたホブゴブリンたちの長たる存在はその立場を確立し、他にホブゴブリンへと進化していた者たちをゴブリンたちの部隊長として任命した。小規模であった群れはいつの間にか統率のとれたりっぱな1つの軍隊にまで成り上がったのだ。そして長であったホブゴブリンは更なる可能性を見いだした。
上位種への進化である。
進化を果たすには特定の条件がいるという。
その進化を果たしたさいに世界樹の声が心に直接語りかけてくるという言い伝えがあった。それはホブゴブリンに進化したもの全てが聞いた。6体のホブゴブリンはそのとき自分たちに備わった能力について聞いたという。
そして長であるホブゴブリンもその声を聞いた。
その声は美しく、心がとても落ち着く声だった。
それを再び聞いたのだ。安らかな眠りのなかそろそろ寿命だと言うときに夢で聞いた美しい声。
そして長のホブゴブリンが起きたときには、濃い緑であった肌は真っ赤な血のごとく紅い肌。そして額には二本の角が生えていた。
そして前よりもひとまわり大きく成長していた。
眠っていたときに聞いた世界樹の声。
それは世界樹自身を守ってほしいというものだった。ホブゴブリンのときならばそんな言葉を聞いてられるほど余裕もなく命も足りなかったが、それは進化したことでの力が自信にかわり、皆を守り、世界樹を守ることも出来ると思わせた。このドライアド大森林の中枢にはこの世に二つしかない大樹がひとつ存在する。
オーガに進化したホブゴブリンは世界樹を守ることでその恩恵に授かることを考えた。そうすればゴブリンたちも長く生き延びれると考えたのだ。
オーガになって単に強くなったわけではない。その強さに加えて魔法を操れるようになったのだ。
炎、水、土、光と闇、そして無。この六代魔法のうちの炎系の魔法を操れるようになった。
世界樹によると魔法にも位階が存在する。
下位魔法、上位魔法、上位魔法第一、第二、第三とあるらしい。まだあるかないかまではわからないがそのなかで下位ではあるが魔法を使えることは大きな利点であった。魔物のなかで魔法を使えること事態かなり希少価値があるのだから。
いわゆるこの大森林の中でも強者の位置にたったのは間違いない。
後は簡単だった。大森林中枢まで行軍し、大樹に住まう他の魔物を排除し、家を立てさせた。それは長く暮らせるようにと人間の建築士をさらって作る手だてをききだした。あとこれは余談だが、その人間は食糧難のためほねになるまで食った。
その場所にすみはじめてから一月が経った。
依然この世界樹を奪おうとするものたちがいるが正直相手にならないしいい食料になっていた。
しかし、ここを守っているのに恩恵はおろか、喋りかけてもなにも答えやしない。世界樹の声というのを本当に聞いたのだろうか。ただの夢であったのかもしれないと疑ってしまうほどだ。
そして日がおち、また顔を出す。その繰返しだ。
だが、あるときふと心に語りかけてくる声を聞いた。
真夜中。それも寝ているときに。
「こちらへ来てください。お待ちしております。」
その声は世界樹のあの美しい声とは別でなにか幼い印象を与える声色であったが、なにより心が語りかけてくるのは世界樹以外知りはしない。
なら行く価値があるではないか。こちらとは世界樹の根本のことだ。
世界樹の回りに建つ家のひとつに寝ていたわけだが走って一分もかからないだろう。流石に布切れ一枚で行くわけにはいけないので人間から拝借した服を身にまとう。レザーアーマーと黒いズボン。レザーシューズをはいて歩いて世界樹へ向かった。
「世界樹よ。なんといったらいいか。ようやく答えてくれたな。まずは礼を言うよ。ありがとう」
その言葉が届いたかどうかはわからないがすぐに心に声が届く。
「来ましたね。オーガ、いえ、小野屋春彦さん。」
その言葉に驚くも知っててあちりまえかと開き直る。
「そうだ。だが小野屋春彦は死んだ。今はラインハルトと名乗っているよ。まぁ、知ってて呼んだのだろう。」
直ぐ様受け答えの声が心に届く。
「失礼しました。ラインハルト。この異世界には馴れましたか?」
幼い声が届く度にその声がまるで前世の娘の声と似ているような気がしてならなかった。娘の姿を今でも思い出す。思い出しても出会うことなどできないことは知っているのについ脳裏に焼き付いて離れない。
「……ゆい」
思わず呟いた名前は最愛の娘の名前。ラインハルトである前の世界での娘の名前。生まれ変わるなら前世の記憶などないほうが良かったと思ってしまう。だってこんなに苦しいのだから。
「どうされましたか?ラインハルト。……どうやらこれは、悲しみのようですね。貴方にとっての異世界は辛いものでしたか?」
そうか、やはりこの声は娘の声なのだ。この世界に生を受けてから必死に忘れようとしていた我が子の肉声。そのままそっくり同じ声でその記憶をえぐってくる。もう二度と会えないものの声を聞かされるほど俺にとって苦痛なものはない。
「ああ、とてもな。俺はただ……人として生きていたかった。こんな世界で、それもゴブリンとして生をうけてしまったとしてもな。わかるか?俺は元々人間でありながら人間を襲い、人間を食ったんだぞ?それがどれ程酷いことかおまえにわかるかよ……」
力ない声は沈んでいく。
あの時の人間の絶叫が耳について離れない。とても恐怖だっただろう。食糧不足であったため、そしてゴブリンたちにとって肉は貴重なたんぱく源。食うのをとめられなかった。
だから仕方ないことなんだと自分に言い聞かせた。
「……」
「まぁ、そんなことわかるわけないよな。わかるなら前世の記憶を残したまま生まれ変わったりしないもんな。この記憶がなければどれ程楽か……」
「……」
だんまりを決め込む世界樹から視線を外し、当初の目的を思い出す。
「それで、世界樹よ。なぜ今ごろになって呼んだんだ?こんな話をしたかったわけではないのだろう?」
そういうと世界樹が呼応するように葉を揺らした。
「ええ。貴方をお呼びしたのは私たちにやがてくる脅威から守って頂きたいのです。」
「脅威?脅威とはいったいなんだ?」
真っ赤な眉間にシワを寄せ世界樹を睨み付ける。
世界樹はその脅威について語るきはないようでまっても語ろうとはしない。
「……まぁいい。その脅威から俺たちが守ってやる。その代わり世界樹の加護とやらをくれないか。」
月が煌々と輝くなかで葉と葉の間から木漏れ日のようにさす月光。とても神秘的な光景に息を飲む。すると、とてもちいさな妖精がはらはらとやってくるのに気付く。羽の生えた小人。フェアリーは世界樹の移し身として知られるが滅多に姿を現さない。だからこそ驚いた。
「加護を与えます。貴方のお仲間に進化の奇跡を。その代わり私たちを守ってください。」
小さな妖精はその小さな頭を下げた。
弱々しく庇護したくなる形で。
その姿を目に移し、ラインハルトは頷く。
「わかった。このオーガスタ・ラインハルトの名においてここに誓おう。迫り来る脅威から世界樹を守ると。」
その誓いの数日後、世界樹の言っていた脅威が姿を現すことになる。