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遠くから大きい猛獣の咆哮と、弱々しい悲鳴がいりまざってゴブリンの家ノ前で血だまりを見つめる熊の耳に痛いほど聞こえる。
どっちを味方するべきか、単純に熊だから同じ熊の味方をするべきなんだろう。記憶の手がかりでもあるわけだし。
しかし、あんな小さな生き物が蹂躙される姿は見ていて気持ちいいものではなかった。なにか悪いことをしているような、どんな理由であれ罪悪感が否めない。
弟であるヒグマモドキのもとへ四足歩行で走る。
なんとなく感覚で四足歩行で走ってみたがとても走りやすい。それにスピードがかなりついている。蹴る地面が小さな地響きをおこし、土煙をたてる。
この身体でこのスピードはすごいのではないだろうか、原付を運転している時より早く感じる。きっと六十キロオーバーのスピードなのだろう。
自分でなければこんな動物とは会いたくない。
回りの家屋がぶれて見えるが時より炎が立ち上がっている。まさに戦場だった。
そうこうしているうちにたどり着いた場所は、大樹を半時計回りした東側にある広場。
先程までいたところが南だと仮定すると東側だ。
そちらに弟がゴブリンを殺戮していた。
どんな理由で殺しているのかわからないがこの光景は人間味しか残ってない自分にはかなりきついものだった。血で血を洗うような血なまぐさい戦場。
ゴブリンの体が次次地面に伏していく。
ほとんどの抵抗虚しくなぎ倒される様はまさに修羅の如く。
息を飲むしかなかった。
ほとんどが狩りつくされ、残った残党を容赦ひとつなく潰していく。そしてこちらに近づきこうべを垂れた。
そんな弟ヒグマの横に別の熊が一体。弟ヒグマがでかすぎるせいか小柄な熊に見えるくりんとした瞳が特徴の小動物的可愛さのある熊だ。この熊も同じく頭を下げる。
「兄者!ゴブリンの掃討完了しました。あとはあのオーガだけですね。」
「にいさま、手間取ってしまってごめんなさい。東区のゴブリンは好戦的で……」
二体同時にわやわや喋りだしたが拾えた言葉を少しのあいだ黙考する。ゴブリンの掃討、あのオーガ、東区。ここが東であることは間違いなくなった。そしてゴブリンを掃討だと言うことは何かの作戦のようなものがあったのだろうか、それで意図的にこの殲滅をおこなっていた。あのオーガというのはあの家屋で倒れていた前に戦っていたであろう相手なのだろうか?
とりあえず、どう答えるべきか、ここはうまく本当のことと嘘を繋げて自分の記憶がないことを伝えるべきだとおもう。正直ついていけないので。
「あー……ちょっと聞いてほしいんだが」
そう口にするとすぐさま口を閉じ、こちらを凝視する。なぜか、かなり自分の言葉が重要視されているようだ。謎の重圧を感じながら再び口を動かす。
「じつはな、そのオーガとの戦いで後頭部を強く打ったために戦う以前の記憶がなくなってしまったのだ……」
そう答えると目の前の二匹はとて深刻な面持ちになり顔を見合わせる。
そして弟ヒグマが鋭い牙を剥き出しにして口を開いた。
「兄者……なんと言うことだ。そんなことになっていたなんて、やはりオーガに挑んだのは不味かったのかもしれない……」
「にいさま、私たちのこともお忘れですか?共に過ごした時間も?」
小柄なヒグマの目が潤んでみえる。その瞳が訴えるのは悲しみだった。
小鳥遊にはわからない悲しみだが……
「……わかりました。にいさまに思い出してもらいましょう。でもその前に話すなら近くの洞穴に向かいましょう。こっちです」
妹ヒグマが先導し、それに連れて弟ヒグマが走る。
親子並みの体格さではあるがこれでも兄弟なのだろう。後ろ姿が良く似ている。
……まぁ、熊なんか生で見たのは初めてだから似てるも何もないんだが……
小鳥遊も先の二匹と同じように四足で追いかける。二匹と同じように走っているつもりだが上手くスピードが出ない。ちょっと練習が必用だ。
追い付いた頃には真っ暗な洞穴に到着していた。
暗闇になれる必要もなく良くみえる。多少暗いと思う程度だ。
弟ヒグマに続く。
奥まで進むと途中で大きく広がった空間がある。そこで二匹は立ち止まり少し空間を開けて座り込む。しかしとても巨大な弟ヒグマが入ってもあと四匹入っても隙間があるほどの広さなのだから驚きだ。入り口は森の中に隆起した少しばかり大きい洞穴だったが中が広いとは想像もしていなかった。
少し荒くなった呼吸を整えて二匹の真ん前に同じように座り込む。
「……ここならゴブリンたちは入ることはできません。ゆっくりと話せますぞ兄者」
眉間に力をいれたまま話す熊顔が頷いている。
自分より大きくなければ可愛らしさがあるのだが、まぁそれはいいとして……
「ん?ゴブリンたちは入れないって……僕たちにとっては狭い入り口でもゴブリンにとっては何ともない入り口だぞ」
そういうと妹ヒグマが笑みを浮かべた。
「にいさま、ここは昔人間の魔導師が使ってい洞穴。魔導師より低級の魔物は入ることすらできず、無理に入ろうとすれば体が不可に耐えきれず灰と成るのです。」
「兄者、信じてはいたのですが本当に何も覚えてないんですな。」
弟ヒグマの顔はより険しくなる。
妹ヒグマは顔をすりよせる。慰めるように。
そして妹ヒグマはこれまでの生後からの話を語ってくれた。
僕らはこの異世界でかなり稀な生まれかたらしい。聞くかぎりによるとだが。
話によるとこうだ。
僕らは前勇者の召喚したサモンモンスターと言われる召喚術とやらで産み出されたモンスターらしい。種族名がタイラントベアー。弟妹を含み亜種らしい。元のタイラントベアーは白色らしく、亜種はオリジナルより段違いで強いといわれている。何せ魔法攻撃を通さない力を持っているらしく対魔法にはかなり強力でこの素早さと破壊力が合わさればまさに驚異なのだろう。
しかし、魔法が存在する世界か……
人々がどんな生活をしているのかとても気になるな。杖を持ってホウキで飛ぶのだろうか?
話は戻すがそのサモンモンスターとして召喚されたモンスターは通常役目を終えると自動的に消える仕組みになっているらしいのだがその召喚した勇者がこの異世界の魔物の王。すなわち、魔王に敗北し、その魔王の力で召喚された我々三匹をこの世界にとどめたらしい。
召喚の契約は術士の魔力をもらうことで術士の役にたつことを等価交換に存在することができるのだが、魔王は契約無視でこの異世界に永続召喚をしたらい。それはとんでもない魔力がないと成せないことらしく、勇者が敗北するのは仕方ないことらしい。その強さはまさに魔王といわれるに値するのだろう。
そんな魔王にサモンモンスターではなく一匹の魔物として生を得てから魔王軍の人柱として第一師団をともなって世界に武力抗争を行っているらしい。目的はこの異世界の人間の滅び。
それを聞いて小鳥遊のあたまの中にRPGの魔王だなと勝手に決めつけた。悪者のボスだ。そんなイメージしかない。
この時点で最悪なのは魔王軍としてかなり戦闘を繰り返しているようでいわゆる勇者からすると中ボス辺りの実力のようで敵認識されている可能性は大だった。人間と仲良くなる道は暗闇に閉ざされてしまったようだ。
そして、このタイラントベアーの召喚された順番が僕、弟、妹の順番で生まれ、名前はファースト。いや、名前ではなくただの順番らしい。
弟はセカンド。妹はサード。明らかにクマミと呼ばれていた妹はどうやら僕がそう読んだらしい。
熊の三番目、だからクマミ……なんか、もっとなかったのかよ!!
自分自身のニックネームのセンスの無さにショックを隠せない。
が、それは置いておいて。
そうやって魔王にこきつかわれているらしいんだが案外話を聞いてくと完全に悪い魔王ではないようなのだ。
あくまで、魔物にとっては…だが。
魔王は元々ただの飛竜だったらしいのだがそのころにこの異世界で魔王をやっていた者を倒すべく立ち上がった勇者が竜の卵を狙って飛竜の巣を襲ったらしく目的はその飛竜の卵がかなりの希少価値で人間たちのあいだで高く売買されるしく、つまりは金目的で飛竜の大事な卵を盗んだのだ。その卵は万病にもきくだの若返るだのねもはもない噂がある分、人間にとってはいいことでも飛竜にとっては我が子を連れ去れた母として怒り狂い勇者が売った町を滅ぼした。
しかし、そんなことをしてしまっては勇者が飛竜討伐にうちでるのも時間の問題で直ぐ様勇者が現れた。飛竜は王者の如く戦ったが勇者に僅差で討伐されてしまった。こんなことはこの世界では日常茶飯事。
勇者、人間たちにとって魔物とは忌むべき存在。それは魔物からも同じこと。どちらが仕掛けたなどだれも気にはしない。危険だから狩る。
そして討伐された飛竜にはまだ子供がいた。その子供が立派に飛べるころ。その飛竜はとても強く、母の敵をうつべく立ち上がったのだ。
そう、いわゆる勇者なのだ。クマミはいっていた。
魔物たちにとっては勇者だと。そしてその勇者に再召喚された我々三匹はかなり希少な存在なのだと。
そんな魔王こと飛竜にこきつかわれているのはいいんだがなぜこんなとこで魔物と戦っているかと言うと……
「内乱です。にいさま。だから私たちはその鎮圧に。しかし、ゴブリンのただの集落のようでした。ただ平和に過ごしているゴブリンの家族たち……内乱など起きてないようでした。ですが……」
クマミがうつむくとよこのマークツー(弟ヒグマにつけていたニックネームらしいので使うことに)が代わりに口を開く。
「奴が。オーガがいたんです。」
真っ直ぐ見つめる目には恐怖がうっすらと見えた。
「オーガってのはそんなに強いのか?」
「はい。正直強いです。私たちが二匹で押さえてましたがおさえきれずにいさまが代わりに戦って。それで倒れていたんだと思います。オーガもかなりの深手をおっていたので一度引いたのかと。後は仲間のオーガが攻撃されたものだからゴブリンたちは私たちと戦うことに。……ほんとにこれはゴブリンたちが内乱をおこそうとしていたのでしょうか。私にはそうは思えません。オーガには確実な敵意があったことは確かですが、ゴブリンたちは違いました。ほんとにこれは……いいことなんでしょうか……」
「仕方ないことだサード。殺らなければ殺られる。我らは自らの正義のため何より命のために戦ったのだ。それに善悪はない。オーガを倒し、魔王様の国土を広め、すみやすい世界を作るんだ。」
マークツーはこちらを鋭く見つめ。
「……そう、兄者はいっておられた。」
あ、僕はそんなことを……恥ずかしい。
「ま、まぁ、とにかく悪いのはオーガなんだろ?ならオーガを倒せばゴブリンたちは倒さなくてもいいじゃないか。はやくオーガを倒そう。」
そういうと二匹は顔を見合わせ、クスッと笑い出す。
「兄者、何をいっておられる。もう仕掛けた戦いです。かならず一匹残らず殺し尽くしますよ。一匹をのこせば我々にもいずれ危機が訪れる。それは様々な経験談が、歴史が物語っているんです」
「にいさま。情けは魔物の為ならず、です。これもにいさまがいってたお言葉です。にいさま。この戦いが正しいかどうかの不安は有りますが、情けは一切かけるつもりなど毛穴一本分もありません。かならず根絶やしにしましょうね。」
愛くるしい熊二匹がはなったその言葉はこの異世界では、自然界ではごく当たり前で日常的なのだろうが、先程まで人として生きていた自分の心ではまるで、情け容赦ない悪魔の言葉のように聞こえて仕方がなかった。背中に汗が流れたようなきがするが気のせいだろう。
生まれ変わって急にこの状況におかれた自分にとっては最悪でしかなかった。
異世界ってまじ怖いわ。