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9.勇気(1)

勇気視点のお話を追加します。

「ねえ、高坂さんが睨んでるわよ」


マネージャーの仁見ひとみまどかが俺の肩に手を掛けてそう言った。


「……知ってる」

「喧嘩でもしたの?」


クスリと嗤われて、舌打ちしたくなった。

この日俺の体には凛の方を向けない呪文が掛かっていて、それをその言葉で更に強化されてしまったような気がした。

凛の事を話題に上げられるのを避けるために、いつも学校では殆ど会話を交わさない。なのによりによって今、ギクシャクした雰囲気を嗅ぎつけられてしまった。


―――だから女は面倒臭い。


「別に」


口が上手ければ、キレイに躱せるのかもしれない。

だけどそんなスキルを持ち合わせない俺は……何と言えばこのもどかしい状況から抜け出す事が出来るか分からず、仏頂面で呟くしかなかった。俺はそれ以上その話題には触れずに、反対側にいる中崎に今週のサンダーに掲載されたばかりの新しい野球漫画の話題を振った。


「ねえ怒ったの?」

「いや、全然?―――もうすぐ昼休み終わるから戻ったら?」


ワザと笑顔でそう言って、跳ねつける。

仁見は少し戸惑うような表情をしたが、諦めて戻って行った。

その背中を見て俺は溜息を吐く。




凛が女子から特に敬遠されるようになったのは、小学校高学年くらいからだろうか。

女子が男子を意識し、男子が女子を意識し始める頃。凛の容姿が飛び抜けて良い事は、それだけでやっかみの対象になった。男子はと言うと―――この頃には皆、凛を意識し過ぎて近寄る事も出来なくなっていた。

札幌のあちらこちらでマンションを作っては売っている今飛ぶ鳥を落とす勢いの不動産会社の社長を父に持ち―――質素な服装に見える、実は上質なブランドものをサラリと身に着ける社長令嬢。彼の祖父が立ち上げ一時期傾きかけた会社を立て直した剛腕で知られる父親とその若く美しい後妻を母に持つ彼女には、先妻の生んだ18歳年上の兄がいて―――彼女はその彼にお姫様のように大事に守られていた。


子供心に家庭環境の違いなどを理解できるようになった頃、徐々に向けられるようになった羨望や嫉妬に、凛は敏感に反応した。

普通はそこで揉まれて人付き合いを学んで行くんだろうけど……頼れる兄にずっぽり甘やかされているお姫様な凛は打たれ弱く、自分の殻に閉じこもりがちになった。―――かくして立派な人見知りのお嬢様が出来上ったのだ。


その育成過程には―――実のところ俺もしっかり加担している。

部活の空き時間には必ず凛の家を訪ね、彼女の寂しさを埋める手助けをして来た。学校で周りから距離を取られていても、家に帰れば母親と俺がいる。そして仕事の合間にアイツを徹底的に甘やかす兄貴がいる。―――凛はそれで満足してしまい、学校で辛い思いをしてまで新しい関係を作ろうなどと思わずここまで来てしまった。


中学校に入って漸く凛にも女友達なるものが出来た。


それが鈴木澪だ。


鈴木は表情がほとんど変わらない何を考えているか分からない―――常に温度の低い女子だがこちらも凛と違ったタイプの美少女だった。凛が華やかな薔薇なら、こちらは日本的な椿と言うか―――対照的な美少女二人が本を間に挟みつつ、時折クスクス笑いながら囁き合っている様子は……より一層近寄り難い雰囲気を醸し出すようになった。


そして―――ますます凛はクラスで浮いた存在になってしまっている。


実際付き合ってみると無表情ながらサバサバした物言いの鈴木は、男にとってはかなり付き合い易いタイプの女子だった。時折凛の家にやって来るが、彼女は俺達の空気にもスルリと入り込んでまるで昔からの幼馴染のように収まってしまっている。


俺にとってもそれは、非常に都合が良かった。


下手に周囲の一般的な女子に染まって、浮ついた集まりに連れて行かれる心配も無い。しかも警戒心が強い癖に甘えたで寂しがりな凛が、学校で独りにならずに済む。鈴木と言う友達が出来なければ、凛は煩わしい人間関係に飛び込まなければならなくなっただろう。


俺といれば、周りの男どもとも距離が近くなってしまう可能性があるし、他の女子と付き合っても余計な知識を付けられるか、面倒な恋愛問題に巻き込まれる可能性もあるだろう。鈴木も凛の年に似合わない幼さを気に入っているようなので―――それが一番俺には有難かった。


俺は凛に変わって欲しく無かったのだ。


この関係が変わってしまう、俺達の距離に変化を起こすような知識を与えたく無かった。このまま人目に触れないように大事に彼女を囲い込んで居られると思っていた。あの日までは―――




『勇気……女の子の部屋に2人きりで入り浸るとはどういうつもりだ』




過保護なあの兄貴にその時見透かされたのだと、悟った。


周囲に―――特に慎重に凛本人に気付かせないようひた隠しにしてきた、友達の仮面に隠した俺の下心に。



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