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お兄ちゃんは過保護  作者: ねがえり太郎
別視点 再び
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6.蓮(2)


俺は親父を睨み返した。それからテーブルの上の封筒を無言で押しやる。

すると親父が顔色ひとつ変えず、それを押し返して来た。

腹が立って、また無言で俺も封筒を押し返す。


親父が今度こそ口を開こうとしたその時「お待たせしました」と横槍が入り、饂飩うどんとおでんが運ばれてきた。うっかり汚すのを恐れたのだろう。親父は封筒を一端テーブルから引き取り、胡坐を掻いている座布団の横に置いた。


俺はホッと力を抜き、もうすっかり身の内に染みついた習慣で、饂飩を運んできた若い女性にニコリと笑い掛けた。目が合うと彼女が恥ずかしそうにはにかみ、頬を染める。頭を下げてお盆ひとつを手に戻って行く彼女から、正面の男に視線を移すと呆れたような目をして俺を眺めていた。


「いい加減チャラチャラしていないで、身を固めろ」

「別にチャラチャラなんかしていない」

「……」


親父はそれ以上言葉を重ねずに、箸を手に取ってとり天に齧り付いた。

俺も腹が減っている。目の前のうどんが伸びない内に楽しもうと思い、麺に箸を伸ばした。







テーブルの上の物を全て平らげた後、出てきたお茶を飲みながら、親父が重々しく口を開いた。


「決まった相手がいるのか」

「いないよ」

「じゃあ見合いくらい何でもないだろ」

「面倒。それに相手に期待持たせるような事しちゃ駄目だろ、時間の無駄でしかない」

「断る前提か?写真も見ずに、会いもしないで?」

「俺は結婚なんかしない」


そう言い放ち、お茶に口を付けた。

温かい液体が臓腑に染み渡り、一瞬だけ俺を安堵させる。

そんなものはただの幻想なんだろうけど。


「それより、凛に余計な事吹き込まないでくれる?凛が見合いの話を口に出した時は思わず頭に血が昇ったよ、『どの口で見合いなんて言う』ってね」


俺の嫌味が親父の心を抉るなんて事は絶対にない。

親父の心臓は超合金で出来ている。だから幼い子供がどんな風に絶望していくか、なんて想像もつかなかったんだろう。今更それを蒸し返すつもりは無いけど、俺の今手にしている幸福を取り上げるって言うんなら話は別だ。


「失敗している人間に、そんな事勧められたくない」

「―――柚葉の事か?お前そんなに柚葉のこと……」

「別にその人の事は何とも思っちゃいない。遺伝的に母親ってだけだ」


親父は一瞬だけ考えを巡らす様子で口を噤み、それからサラリと言い切った。


「別にあれは失敗じゃない」

「―――は?」

「親父が潰し掛けた会社を立て直すのに融資が必要だったんだ。アイツは変わり者で素行が悪いから貰い手が無かった。役員の娘を引き取る代わりに、融資を受けて俺は会社を立て直した。だから、あの結婚は成功だった」


頭が痛くなってきた。

どうしてこんなに話が通じない?


俺は少し身を乗り出して、親父の淡々とした双眸を挑戦的に睨みつけた。そうして吐き捨てるように口を開く。


「何でそれが『成功』なの?融資目当てで結婚して家庭内離婚、おまけに不倫なんて―――どう考えてもおかしいだろ?そう言う事がよくある事だとか、そんな陳腐な言い訳するなよな。離婚が成立しなかったら一生彼女は日陰の身だったんだから」


周囲に聞こえないよう、声を潜める。けれども自然と怒りが籠って語尾が荒くなってしまう。殺気を込めて親父を睨みつけると……親父は妙な表情をしていた。こういう形容親父に使いたくないが―――キョトン、と目を丸くして。


「まさかお前―――そんな風に思っていたのか」


その言葉には、怒りや反発などは一切込められていなかった。

ただ淡々と―――確認するように紡がれたような声音で




「……これまでずっと誤解していたのか?―――お前が一番、わかっている筈だろ?アイツはそんな女じゃないって」




そう呟くと、親父がフツリと口を噤んでしまった。

そうして数秒、考え込むように視線を落とすと―――傍らの封筒を手に取り、無言で立ち上がった。

俺も慌てて立ち上がり、親父の背を追う。会計をすませて扉を開け、暖簾を潜った親父は、大股で駐車場へ歩いて行く。


その背中には何故か……先ほど俺がどんなことを口にしても現れなかった怒りが滲んでいるように見えた。




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