46.私の部屋で 2
「―――ぐっ!」
グイーッと目の前にいた勇気の体が遠のき始めた。
パチパチと瞬きを繰り返す。
其処に居たのは―――
「お兄ちゃん!」
「ただいま」
ガバッと体を起こした私に向かって、ビシッと決まったスーツ姿のお兄ちゃんはニッコリと微笑んだ。
だけどスッゴイ違和感ありまくりだ!
苦しそうに顔を歪めている勇気の首根っこを捕まえて、搾り上げている。
私は慌ててお兄ちゃんの腕に取りすがった。
「や、やめて!」
「……」
お兄ちゃんの薄ら笑いが怖い……!
「お兄ちゃん!お願い!」
私が懇願すると、ゆっくりとお兄ちゃんは勇気を解放した。
ドサッと勇気の体がベッドに落ちる。
「ケホッ……!」
「勇気、大丈夫?」
思わず勇気の背中に手を当てて、覗き込む。
トントンと胸を叩きながら、勇気は片手を上げて自分の無事をアピールした。
「何だ、まだ大丈夫そうだな。―――おい表に出ろ、勇気」
「……はい」
勇気が観念したように立ち上がった。
私はバッと二人の間に滑り込んだ!
「待って!お兄ちゃんまだ話の途中……」
「約束も守れないような奴の話なんか聞く必要無い」
「……」
お兄ちゃんの怒りにあてられて、完全に頭の冷えた様子の勇気は粛々と判決を受ける容疑者のように押し黙っている。
「違うの!その……部屋に入ったのは、話があって」
「押し倒さなくちゃ話のひとつもできないような奴に対して、聞く耳なんか持たなくていい」
「―――私が『良い』って言ったのよ」
落ち着いた柔らかい声が、その場にリーンと響いた。
「……蓉子さん」
お母さんがミルクとココアの入ったマグカップを乗せたお盆を持って、廊下に立っていた。
緊張感が一気に緩む。お母さんを目の前にして、お兄ちゃんは怖い顔を維持できなくなってしまった。
「心配ばかりしても仕方ないでしょ?多少失敗するかもしれないけど、グッと堪えて見守る事も必要よ」
「でも」
「はい、『お兄ちゃん』は退場!夕飯食べた?用意するから着替えて下りて来てね。今日は蓮君の好きなトンカツなんだから」
「蓉子さん、あの」
「話は後で、ね?」
お母さんは私にお盆を手渡して、お兄ちゃんの背を押した。お兄ちゃんはさっきまで虎みたい牙をむいていたのに、借りて来た猫みたいに大人しく廊下に追い出されてしまった。
クルリと振り向いたお母さんは、拳でトン、と勇気の胸を小突く。
「勇気君も、頭を冷やしてね。信用に値する行動を取ってくれなきゃ、扱いを変えなきゃいけないわ。―――できるでしょ?」
「はい。……気を付けます」
「じゃあ、時間制限を設けます。8時には話を終えて、家に帰る事!それまでにちゃんと話し合ってちょうだい。分かった?」
お母さんはニッコリと微笑んで、勇気と私を交互に見た。
私達はお互い目を見交わし、それから慌ててお母さんに向けてコクリと頷いた。




