36.私の気持ち 4
勇気が私と一緒にいてくれるのは―――お兄ちゃんから頼まれたから?
私とゲームしたり一緒に漫画を読んだりするのを、勇気は楽しんでいるとは思う。嫌々やっているようには思えないけれど―――お兄ちゃんから頼まれたからこそ、こうして空いている時間を出来るだけ私に当ててくれているのかもしれない。
なんか野球部の女子マネが怒るのも当然のような気がしてきた。
自分の好きな男子が、空き時間を全部幼馴染と一緒にいると決めて他の付き合いをシャットアウトしていたら、取り付く島も無いような気がするだろう。その幼馴染が男子を解放してくれれば外に目を向けてくれると考えるのも仕方ないかもしれない。
そもそもそれもこれも私が頼りないからで―――だからお兄ちゃんも勇気も私が心配で守らなきゃならないって合意したのかもしれない。
「私―――やっぱ自立する!」
私はバッとお兄ちゃんから体を離して、宣言した。
お兄ちゃんは抱きしめていた形の名残を残したまま、ポカンと私を見下ろしている。
「は?……凛、何を言って」
「野球部のマネージャーやってみる!今日誘われたの、勇気の先輩に―――絶対無理って思ったけど、勇気にそう言い切られてカチンときちゃって。売り言葉に買い言葉しちゃって、どうやって撤回しようか悩んでいたんだけど」
「野球部の……マネージャー?」
「うん」
「男ばかりじゃないか!」
確かに私は女子より男子の方が苦手だ。まあ、女子も苦手っちゃ苦手なんだけど。男子よりはちょっと女子の方がマシかもしれない。ニヤニヤしている男子って本当何考えているか分からないから。
でも中崎君とかラーメン屋で同じテーブルに座った男子は意地悪じゃ無かったし、声を掛けてくれた先輩は優しかった。それに野球部には女子も何人か……いるにはいる。
「女子マネもいるよ……あ、でもその女子マネには私、嫌われているんだけど……」
「はあ?そんな環境で部活やったって楽しく無いだろ。澪ちゃんも一緒に入ってくれるのか?」
「ううん、澪はやらないと思う。本読む時間減っちゃうし……それに、澪に付いて来てもらったら、自立にならないよ」
「何でその女子マネに嫌われているんだ?心当たりはあるのか」
お兄ちゃんの質問、ちょっと返しづらい。
私はちょっと声のトーンを落として呟くように言った。
「えっと、その子……勇気の事が好きみたいで、勇気が私と遊んだり面倒見たりするのが嫌らしいの」
「もしかして嫌がらせとか、されているのか?」
お兄ちゃんの目が怖い。あの女子マネの事は全然好きじゃないけど、お兄ちゃんに睨まれるのは何だか可哀想な気がして首を振った。
「えーと、『彼氏でも無いのに一緒に遊ぶのは変』って言われたけど……それだけだよ」
「ふーん、勇気は何て?まさか放置してないだろうな」
お兄ちゃん、笑顔が怖いです。
私はブンブン首を振った。勇気はちゃんと助けてくれた。それは言っておかないと。
「ううん、勇気はハッキリ言ってくれたよ、私にかまうなって。文句があるなら俺に言えって、その子に言ってくれた、ちゃんと」
そう、勇気は私を庇ってくれた。
お兄ちゃんに命令された事をちゃんと守って。
そういう事をお兄ちゃんが勇気に頼んだのは―――私が頼りないから。
駆け落ちしてスウェーデン?で結婚するなんて途方もない事、お兄ちゃんがつい口に出してしまったのは―――私と離れるのが嫌だからと言うのも確かにあるかもしれないけど、私が頼りないからって言うのも、原因のひとつなんじゃないかな?私を独りで残しておけない、心配だから傍にいてあげなきゃって、そう思っているからこそ出て来た言葉なのじゃないかと思う。
「私、頑張る。野球部に入って、お兄ちゃんや勇気が心配しなくても大丈夫な人間になるよ!」
グッと両拳を固め、仁王立ちでお兄ちゃんを見上げて宣言する私を見下ろして、お兄ちゃんは額に手を当てて、ガクッと頭を下げた。
「……ったく、勇気は何をやってるんだ……?」
「勇気は関係無いよ。これは私の問題なんだから」
「じゃなくて、なぁ……仕方ない。まあ、勇気のいない部活に入られるよりはマシか。変な虫に寄って来られちゃ困るしな」
「さっきから虫、虫って言っているけど、何の事?」
「勿論、可愛い妹に変な男が寄って来ないように、勇気に気を付けさせるって意味だよ!」
「ええ?!そんな心配しなくても―――私に寄って来る男の子なんていないよ、確かに前は嫌な事言って来る人はいたけど、今は全然だし」
ハーっと溜息を吐いて、額に当てていた手を下ろしたお兄ちゃんは、私の両肩に大きな手をポン、と置いて私の目を覗き込んだ。
「凛の決意は分かったから。でも困った事があったら俺にちゃんと相談しろよ?一足飛びに大人になろうなんて、無理するな。ゆっくりでいい―――女子マネに虐められたリ、男どもに付き纏われたりしたら、黙って自分で何とかしようとしない事。俺や勇気や澪ちゃんにちゃんと相談してくれ―――別に相手をどうこうしようなんて、考えて無いから」
「うん、ありがとう」
お兄ちゃんの優しさが身に染み入る。
やっぱり私お兄ちゃんの事が―――
「大好き!お兄ちゃん、ありがとう!」
ガバッとお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。
お兄ちゃんは私の体を受け止めて、グリグリと頭に頬を寄せる。
「俺も、凛が大好きだ。―――凛は無理に俺から離れたりしなくていい。結婚だって一生しなくてもいいんだよ。俺が面倒みるから。だから無理して背伸びしようとするな」
感極まったようにお兄ちゃんがそんな事を言い出すから、私は心配になった。
「え……スウェーデン……行かないよ?」
「はは、残念!……嘘だよ。家族がずっと一緒に住むのは普通の事だろ?昔の人は何世代も集まって同じ家に暮らしてたんだから。だから心配しないで、凛は無理せずゆっくり大人になりな」
「うん―――ありがとう。お兄ちゃん!」
やっぱ私、世界中でお兄ちゃんが一番大好き……!




