30.幼馴染と先輩
私を見下ろす勇気の迫力に、たじろぐ。
視線が揺れて見返す力を維持できず、思わず俯いてしまった。
すると溜息を吐いた勇気が、私の頭の上で門倉先輩にこう言ったのだ。
「先輩、無茶な事言わないでください。コイツの事は―――俺が一番分かってますから」
確かにそうだ。私の事は、客観的に勇気が一番分かっているだろう。
そして勇気がさっき言った通り、私は人見知りで他人と話すのが怖くて―――マネージャーをやるなんて無理なんだ。
ニヤニヤ笑って揶揄い口調で話し掛けて来る大きな男子が近づいて来るだけで眉間に皺が寄ってしまうし、睨んで来る好戦的な女子とは向き合えず、すぐに逃げ出してしまう。そうして私に優しく接してくれる澪や勇気や、お兄ちゃん、それからお母さん(とごく偶にお父さん)の傍に逃げ込んで、ぬくぬく甘やかして貰って安心を得ている。
だってその方がずっと楽しいんだもん。
人とギスギス争うのは嫌。嫌われたく無いし嫌われているって思い知らされたくない。悪い感情を向けられてモヤモヤした気持ちを抱えて、その所為で自分が相手を嫌うのも嫌だ。
このままで良いのかどうかは―――正直分からないけど……。
でもマネージャーの仕事だって何をやるのか分からないし、出来るような気もしない。
「お前ね……」
俯いたままの私の頭の上で、門倉先輩が呆れたように溜息を返す。
勇気に呆れているように聞こえる。でも本当は―――勇気に言われて何も反論できない私に呆れているのだろうか。
勇気は誰とでも話せるし、体も心も強い。
澪だって、そう。澪は私と違う。人と接するのが怖くて端っこにいる訳じゃないから。
私は2人の影に隠れて、門倉先輩の勧誘に対する断りの言葉さえ自分で言えない。
知らず唇を噛んで、拳をギュッと握りしめる。
するとヒョイッと門倉先輩が私の顔を覗き込んで来た。
「お、大丈夫。泣いて無いな?」
「……!」
「考えてみてくれる?勇気が反対したって、高坂さんが『やりたい』って思ってくれたら俺達は大歓迎だから」
「ちょっ、先輩……」
そうだろうか。
きっとコミュニケーション下手で、ほとんど団体行動をして来なかった私が役に立つとは思えない。第一野球のルールだって知らないのに。
オマケに同学年の女子マネには、すっかり嫌われてしまっている。
「私、ルールも知らないですし……」
「やってれば慣れるよ。試合、楽しかったでしょ?」
私はそこで顔を上げた。
門倉先輩がニコリと笑う。確かにそれはその通りだ。私はコクリと頷いて答えた。
「楽しかった……です」
「そっか。なら大丈夫」
「先輩」
勇気が低い声で、門倉先輩を睨みつけるから私は心底ギョッとした。
ちょっ先輩睨みつけるって……小心者の私は焦ってアワアワしてしまう。しかし睨まれている当の先輩は、涼しい顔で勇気の頭をグリグリと乱暴に撫でて笑った。
「お前は過保護過ぎ」
「……」
「じゃな。高坂さん、考えといて。返事はゆっくりで良いから」
そう言って門倉先輩は、軽く手を上げて私達の前から立ち去ったのだった。




