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お兄ちゃんは過保護  作者: ねがえり太郎
お兄ちゃんはやっぱり過保護
25/62

25.グラウンドで 2

あの子やっぱり、勇気の事好きなのか。


視線がチクチク痛い気がして、落ち着かなかった。責められている、そう感じるのは私の考え過ぎでは無いと思う。


あの子の視線はこう、言っている。


男子との接触は全て恋愛絡み。それ以外は認めないし、万が一「そうじゃない」と主張する人がいれば、その人は嘘をついてるって。裁判所で罪人を糾弾するみたいな顔で、そう言っている。


何故自分の中にあるルールが、他の人にも当てはまる筈だと信じて疑わないのだろう?

曖昧で自分でも分からない色んな感情に、勝手に名前を付けられるのはウンザリだった。それに本人である勇気が「放って置いてくれ」と言ってるのに、それでも私を責めるように見るのは何故なのかと不思議でしょうがない。勇気にそう言われた時点でもう、あの人には何の関わりも持ちようがない事なのに。


それが恋ってヤツなのか。


だとしたら恋って何のためにするのかな?

こんな風に睨んでも、勇気の関心はあの子に向くどころか逆に嫌な印象が増えるばかりだろう。結果的にその感情は、あの子の不利にしか働いていない。


自分の大事な人を怖がらせる相手を好きになれない。


そうお兄ちゃんが言っていた通り、勘違いでも誤解でも……自分の親しい人間を傷つけるような相手には良い感情は抱けない。理屈では同情できるかもしれない、でも感情は納得しない。私だって勇気を悪く言う人を好きになれない。多分勇気だってそれは同じだろう、と思う。

そんなグルグルした思考に風穴を開けるようなクリアな音が響いた。


キンっ!


初っぱなから、相手チームが打った。鋭い打球がぴゅんって守りに付いている選手たちの間を抜けていく―――と思ったら。


「あっ」と私。

「おおっ」と澪。


私達は思わず声を上げた。横っ飛びに飛んだ勇気が、忍者みたいにその打球に追いついたのだ。スタッとステップを踏み、クルリと打者が向かったベースに向けボールをシュパッと放る。そのベースに足を着けたまま、腕を伸ばした選手のグラブの中にボールがすうっと吸い込まれて行った。その直後一番バッターがベースを通り抜ける。


「さっそく口だけじゃないのを証明したね」


と、澪が感心したように腕を組んだ。


私も吃驚した。中学校に入ってから勇気の試合を見るのは初めてだった。完全に冷やかしで応援すらしてなかったけど、何度かリトルリーグの試合をお兄ちゃんやお母さんと観戦した事があった。その頃と比べて、何だか物凄く上手くなってるような気がする。


「日浦君、カッコイイじゃないの」


無表情の澪の僅かに上擦った声。澪は心なしか嬉しそうに呟いた。

その声を聴いてハタ、と気が付いた。


あの女子マネージャーと真逆の人がここにいる!


私に優しい澪。勇気は友達の私を大事にしている澪に、丁寧に接している。もし澪と女子マネージャーの二人が勇気に告白したら、きっと勇気は澪を選ぶだろう。私だって勇気を悪く言ったり睨んだりする人よりは、勇気の良さを分かってくれる人の方を選ぶ。


「『カッコイイ』……と思う?」


思わず確認するように、オウム返しに聞いてしまう。

澪は試合を注視していた視線を、私に向けた。


「凛は?」

「え?」


何を尋ねられたのか理解できず、聞き返す。


「凛は―――『カッコイイ』って思う?日浦君のこと」

「『カッコイイ』?うーん……」


カッコイイって言うか……確かに昔の悪ガキ時代に比べたら格好良くなってモテていると客観的には、思う。さっきのファインプレーも最初吃驚したけど……見ていて、ちょっとワクワクもした。

でも私にとって勇気は勇気だ。それ以上でも以下でも無い。


「……『カッコイイ』と言えば、私にとってはお兄ちゃんかな」


澪は目を丸くした。


正直な気持ちを言ったんだけど。


『カッコイイ』って言うとまずお兄ちゃんが浮かんでしまう。勇気は違うんだな、なんか。なんて言ったら良いんだろう。確かに勇気も成長して子供の頃よりずっと格好良くなったと思うんだけど―――それを素直に口に出せないのはなんなのか。澪が褒めたんだから、もう私が褒めなくても良いのでは……なんてよく分からない言い訳が浮かんで来て、自分でも戸惑ってしまう。お兄ちゃんの事は照れずに口に出せるんだけどなぁ……。


「道のりは長いねぇ」


見た目で分かるくらい、薄く笑う澪は非常に珍しい。

意味深な台詞が何を示しているのか、改めて問いかけようとした時。

また「キンっ」て良い音がして意識を戻すと、バットを捨ててバッターボックスから勇気が飛び出す所だった。しかし前の打者が次のホームを踏んだものの、勇気はアウトになってしまい息を切らしてヘルメットを脱ぎながらベンチに戻っていく。

歯がゆい。自分じゃない人の活躍を見守るって、モダモダするなぁ!


「あー、取られちゃった。失敗したのかな?」

「違うよ、あれは取らせたの。前の一番打者を進塁させたから、作戦は成功」

「そうなんだ」


アウトになったら失敗、としか認識していなかった私はキョトンとしてしまう。

澪はフフッと笑って私に尋ねた。


「野球漫画とか読まないの?」

「うーん見るけど。話は追ってるけど、いまいちルールが分からなくて。でも澪もそんなに詳しく無かったのに、よく分かるね」

「うん。でもこの間嵌った野球小説の試合展開がよく分からなくて、野球のルールブックとかチェックしたから、結構分かって来た」

「すごいなぁ……」


このように澪のマイブームは唐突に変わったりする。今回は野球だったが、以前はやたらチョコレートに詳しくなった時期もあった。嵌っちゃうと、関連する事も色々調べなきゃ気が済まなくなる性質なようだ。


だけどもしかして、今回ばかりは先に勇気に関心を持ったから……だったりして。

不意に浮かんだ考えが、何となく真実味を帯びてるように感じて来る。


もし澪が勇気の事、好きだったら?

だから急に野球に興味を持つようになったとか―――。


うーん、でもそんな乙女チックな感じ……ちょっと澪のキャラクターに合わない気がする。澪だったら逆の方がありそう。野球に嵌った結果、勇気に興味を持つ……とか。ソッチの方がしっくりくる。でもそれは恋愛の興味とは限らないような気がもする。全く根拠は無いのだけれど、何となく。


私の勘は全くの的外れって可能性も大きい。

勇気にも澪にも―――いつも笑ってごまかされる事が多い気がするから。



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