22.幼馴染と私
家に帰ると既に玄関に勇気のスニーカーがあった。
居間のソファで勇気とお母さんが話をしている。小さな頃から出入りしている勇気をお母さんは息子みたいに可愛がっている。お兄ちゃんが少し嫉妬しちゃうくらい。だからその光景を見た時、案の定お兄ちゃんは不機嫌そうに眉を顰めた。
「あ、蓮君と凛、帰って来た」
そう言って嬉しそうにお母さんが顔を上げると、すぐにお兄ちゃんの表情は緩む。だからお母さんはお兄ちゃんが焼き餅を焼いているなんて気が付いていないかもしれない。
「蓉子さん、お土産買って来たよ」
「わぁ、やった!すぐ食べても良い?あ、勇気君も食べるよね」
「あ、はい」
「私も、私も!」
と伸びあがって手を上げると、お兄ちゃんが少し呆れたように笑った。
「さっきあんなに食べたのに、まだ食べれるの?」
「ケーキは別腹なの!」
それに、色々あって疲れたしね!
だけど私はお兄ちゃんの恋愛トラブルに巻き込まれた事は口には出さない。お兄ちゃんはお母さんの前では常に良い子で居たがるから。武士の情けですよ!って奢って貰った立場で私も偉そうだなぁ。
「蓮君は?」
「俺はお腹いっぱい。ちょっと部屋で休んでから仕事片付けようかな」
「じゃあ、後でお茶持ってって上げる。紅茶で良い?」
「うん、ありがとう」
そう言って、私の頭をついでみたいにポンポンと叩いてからお兄ちゃんは2階に上がって行った。お兄ちゃんはいつも忙しそうだ。だけどそういう合間を縫って私を構ってくれる。これを当たり前に思っていたら駄目だな、と私は珍しく反省した。綺麗なお姉さんの必死な様子を見て思ったんだ。お兄ちゃんの時間をわざわざ割いて貰って、気にして貰う事に感謝を忘れないようにしようって。今までもそう思っていたけど、もうちょっと真剣に。
「勇気、部活お疲れ」
「おう。凛は蓮さんと何処行ってきたんだ?」
「藻岩山のロマン亭。パスタとチョコモンブラン奢って貰ったの」
「わー、俺絶対入れ無さそう!どうせお洒落なトコなんだろ?カップルか女しかいないような」
そう言えば、男子だけの組み合わせってあの場所には存在しなかったかも。
「確かに女性客とカップルだけだったかも」
「蓮さんは慣れてるんだろうけどな」
「そうだね、今日も本当は彼女と来る予定だったみたい」
「へー」
勇気が遠い世界のニュースでも聴いているかのような顔で相槌を打つ。確かにお兄ちゃんなら、種類としては勇気と同じ男の人なんだけど……あの場所に違和感なく存在できる。あのマジックをみているかのような女の人あしらいを目にしたら、きっと勇気なんかますます目が点になるんだろうな。私は想像してクスリと笑った。
「それがさ、お兄ちゃん彼女との約束キャンセルして急に私を誘ったみたいで、彼女と鉢合わせしちゃったんだ」
「どういう事だ?」
「私が落ち込んでいるのを見て、心配になって私のこと誘ってくれたらしいの。急にキャンセルされてその原因の妹が呑気にニコニコご飯食べてるの見て、彼女が腹を立てちゃって……私はそんな事知らなかったからちょっと驚いたけど」
「え?修羅場?」
「いや、結局お兄ちゃんがニッコリ笑ったら、怒ってたお姉さんも大人しくなっちゃった」
勇気も女子に優しいけど、あんな芸当中2の男の子には出来そうもない。
というか勇気はお兄ちゃんの年になっても出来なさそう。同じセリフでも勇気が言ったらちょっと気持ち悪いかもしれない。
「何かすげーな」
「うん、魔法みたいにね。お兄ちゃんが何か言うとお姉さんの怒りがシュルシュル萎んでいってしまうの。ちょっと唖然としちゃった」
「ところで、何で落ち込んでたんだ?」
不意に痛い所をを突かれて、思考が止まる。
「何か……あったのか?」
心配げに私の顔を覗き込む勇気から、私は咄嗟に目を逸らしてしまった。
悩みの元の本人に向かって、なんと答えて良いか分からなかったからだ。




