僕が羅針盤と地図を持たずに旅をすることは
探し物が見つからない。あれもこれも全て違う。どこだ、どこだ、どこなのだ。教えてくれる人も、一緒に探してくれる人もいない。ああ孤高を愛するヒューマニストになろう。
学校に一体何をしに来ているのか。未だに僕はわからない。もう義務教育は終えてるのだから、行きたくないのであれば行かなければいい。それなのになぜか足は学校へと進む。一つ理由があるとすればやはり未来への平穏のためだろう。
「今日は人生の設計図を書きましょう。将来自分がどうなりたいのか。それを実現するためにはどうしたら良いのか。具体的に形にすることで、今自分がしなきゃいけないことがはっきりし、実現しやすくなります。」
先生がそう言い、プリントを配っていった。僕は将来の夢かと、考えながら回ってきたプリントを後ろに渡す。僕のなりたいものは公務員だった。安定していて、平凡で、平和的に暮らせることが理由だ。そのために必要なことは、とりあえず学力だな。適当に埋めて終えば問題ない。
実質的に、つまり心の底から何もかも捨てて、打ち込みたいと思えるような職業が公務員なのか、と言われるとそうではない。他に何かあるのかと聞かれても、何もない。たとえあったとしてもそんなことに打ち込んで、もし大きな失敗をするくらいなら、最初からしなければいい。
やらなきゃ後悔する。かつてそんな風に言ってきた奴がいたっけ。結局そいつは失敗して、どうしようもなくなって殺されたんだっけ。
哀れだなあ。本当に哀れだ。
がやがやと騒ぎながらも、皆プリントを前に提出して、また騒ぎに加わる。僕も適当に書き埋めて、提出しに席を立った。教卓へ向かい、自分の席に戻ろうとすると、何人かの男子が話しかけてきた。
「お前、何て書いたの。」
「僕は公務員って書いた。そっちはどうなんだ。」
「俺は高校を卒業したら、会社に勤めようと思ってさ。」
「俺はとりあえず大学に行く」
各々、夢と言えるかどうかはわからないけれど、それなりのものを持っていて、その背後にある世界観を僕は知らないけれど、必ず持てるものだし、また実感していた。
自分が「ひと」になっていくのがわかる。無個性になって埋没していく。それでいい。それでいい。僕も周りと同じように喧騒の一部となる。がやがやと、がやがやと。
チャイムの音で僕は席をたったままだったことに気づいた。自分の席へ向かう途中に、××の席があった。彼女の席へいき、覗き込むと紙は真っ白だった。
「何か書かないのか。」
声をかけると、彼女は僕をキッと睨みつけた。
「書かないのじゃなくて、書けないの。」
「なにかないのか。将来就きたい職業や、目標。漠然としたものでもいいからさ。」
「あったらとっくの前に書いてるわよ。何もないの。将来やりたいことも、どんな風になりたいかも。明日の自分も想像できないのに、それより未来のことを考えるなんて、私には何もわからない。」
その言葉は僕にとって衝撃的な出来事だった。理解できなかった。
人と出会うことで、価値観はひっくり返る。その人のバックグラウンドの片鱗をみる。真逆の世界。創造しえなかった世界にぶつかってしまった。そんな彼女に僕はかける言葉が見つからなかった。
彼女は席を立って教室を出て行き、僕とただの白い紙は取り残された。その異様にもくっきりと白い紙は僕の目を通じて脳へと結びつき、頭の中で歪な物体と変化した。そしてその物体は頭の中にこびりついて離れず、時々現れては何かしら僕に訴えてくるのであった。