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プロローグ 〜僕は葉っぱを届けに、生きます〜

 気がつくと、僕は真っ暗な場所にいた。僕の周りは真っ黒の色鉛筆で塗りつぶしたかのようで、何も見えない。けれどもただ下からすっと伸びている一本の道だけが、光るように浮き出ていた。ここがどこかを理解するためにも、この道を歩いて行くことにした。

 そういえばさっきから身体が軽い。地面からの反撥を感じない。こんな経験は初めてだ。どこまでも続く道をひたすらに歩こうと思えるのは、このためだろうか。

 どのくらい経ったのかわからない。どんなに歩いても身体に疲れは溜まらない。どんどん進んで行くと、身体が宙に浮いた。そして落ちた。

 たどり着いたところには誰一人いなかった。上から落ちてきたのにもかかわらず、ぶつかったことには気づいたけれども痛みはない。

 ああ、これは夢か。白昼夢というものか。

「いや白昼夢じゃないけど。そもそも夢じゃないし。」

 誰だ。どこから声が聞こえているのだ。叫んでみたけれど、声が何一つ出ていない。おかしい。これはおかしい。一体何だ。

「君は死んだのだよ。」

 死んだだと。そんなわけないだろう。

 不意に真っ黒に閉ざされていた頭の中が、急に光が現れて、闇を覆っていき、映像が浮かんできた。


 僕は歩いていた。××と一緒に下校していた。

「ちゃんと当てろよ」

 僕が××にそう言い、別れて横断歩道を渡ろうとした時、一台の車が見えた。車だ、そう思った瞬間に。


 再び頭の中が真っ黒になった。

「君はさっきの車に轢かれて死んだ。即死だった。」

 死んだ。僕は死んだのか。じゃあここはどこだ。あの世なのか。

「ここはあの世の一つ手前だよ。」

 さっきからお前は誰だ。

「誰と言われても、名前なんてないし。」

 お前はどこにいるのだ。さっさと出てこい。

「どこにいると言われても、ここにいるというか、どこにもいないというか。」

 どういうことだ。

「つまりね、君と同じような状態なのさ。」

僕と同じとはどういう意味だ。はっきり言え。

「もしかして気づいていなかったのかい。今、君の身体というものはどこにも存在していないのだよ。頭も首も手も足も全部。」

 はっとして、僕は僕自身を見ようとした。何も見えない。どこにもいない。じゃあ一体僕は何だ。

「何と言われても、そういうものでしかないのさ。うむ、強いていうなら魂や意識みたいなものかな。」

 魂。意識。僕は本当に死んだのだ。実体がないのか。しかし記憶はあるのか。

「いや記憶もないよ。」

 なんだって。でもさっきの映像は記憶じゃないのか。

「あれは君が体験したものを見せてあげたの。決して君が保持していた記憶じゃない。そもそも記憶なんてものは曖昧で、すぐに改変されてしまう。よかったものは実際よりよく、悪いものは実際より悪く。どちらにしても君には記憶がないから関係ないけどね。」

 記憶がない。実体もない。僕が僕だったものが何もないのか。どれだけ生きたとしても、死んでしまえば何もないのか。何も残らないのか。

「何もないわけじゃない。少なくとも君が生きた過去は消えやしない。確実に生きたんだ。君はこの世で生きているもの達の記憶の中に、存在してるのさ。」

 けれどそれは僕じゃない。記憶は曖昧だからこそ、仮にこの世に生きているもの達の記憶に僕がいたとしても、ちゃんとした僕じゃない。記憶によって改変され、都合のいい解釈の中での僕として、存在してるのだ。

「さあ、どうだろうね。記憶は個人の持ち物だから、その本人にしかわからないからね。それに君は『ちゃんとした僕』と表現したが、『ちゃんとした僕』とは一体何なのだ。『ちゃんとした僕』を君は知っているのかい。」

 そりゃあ僕自身のことだからね。僕は僕のことを知ってるよ。

「そうかい。えらく自信たっぷりに言うね、自分のことですら記憶がないくせに。」

 それは死んだから記憶がなくなったのだろう。記憶があったらちゃんとわかるさ。

「それは矛盾してるよ、君。自分でも言っていたじゃないか、記憶は曖昧だって。それは他者だけに適応されるとでも思ったのかい。もちろんそれは本人自身にも適応されるのさ。仮にもし君が自分の記憶を元に『ちゃんとした僕』というものを作っていて、かつその作られたものをちゃんと知っているというのなら、それはあまりにも自分の都合のいい偏ったものでしかないじゃないか。しかも君はその『ちゃんとした僕』を誰かに全て見せたのか。見せてもいないのに『ちゃんとした僕』じゃないものを避けるのは、お門違いにもほどがあるよ。他者が記憶している君と、君がかつて記憶していた君が同じものであるはずないじゃないか。」

 じゃあ僕は一体何者だったのだ。記憶が『ちゃんとした僕』の基盤とならないのなら、一体何がそうさせるのだ。

「何者でもないよ。何者にすらなれなかったのさ。結局君は記憶に頼って、自分のことを過信していたのさ、何者かになれるって。確かに君に記憶も実体もない。けれどこうやって意思疎通ができるように、君は君自身で思考することができるのにもかかわらず、君は君自身が何者であるかわからない。『ちゃんとした僕』は君自身で決めなければ納得できないのに、君は決めることができなかったのさ。」

 何者でもないのか。何者にもなれなかったのか。生きて僕が得たものは一体何だったのだ。何も得ることでできなかったのか。

「ねえ、君は何者かになりたいと思わないかい。この世で必死に生きてきたのに死んで、残ったものは、相手の記憶の中にいる自分だけなんてのは、あまりにも不釣り合いだと思わないかい。」

 首を縦に動かした。

「そうこなくっちゃ。ここがある意味が無くなる。」

 ここがある意味か。お前の役割ってわけだな。

「そう、役割。役割は二つあるんだ。一つは、今日死ぬかもしれない、明日死ぬかもしれない、そんな覚悟を日々することなく生きてきた君のような人達に、死んだということを伝えること。もう一つは、何者にもなれなかった君のような人達に、何者かになる機会を与えること。けれどいいかい。何者になるのは簡単なことじゃない。何時何時自分が死ぬかもしれない、死んでも後悔しないと覚悟をしないで、日々漫然と生きている奴なんかが何者になれるわけがない。おこがましすぎる。けれども同時にしょうがないとも思うんだ。終わりが何時なのか自覚できないから、明日も生きているだろうと、勝手な推測をたてて、その推測があたかも絶対であるかのように信じ切ってしまうことも。だからこそ今丁度いい機会なのさ。君は死んだ。だからもう終わりは決まっているから、何時終わるかわからないという漠然とした不安と期待は解消された。さあ君はこの機会を受け取るかい。別に受け取らなくてもいいんだ。何者かになる必要はどこにもないからね。」

 受け取るよ。記憶はないけれど、生きたのに僕が得たものがないから。きっと死ぬ思いで生きてこなかったのだ。機会があるのなら、僕が生きて得られるものを見出す。

「そうかい。じゃあ君のやるべきことを言うよ。何度も言うように、君は死んだ。だから君が体験できるのは、かつて君がこの世で体験した過去だけだ。言い換えれば、過去では生きていられるのさ。その中で一つは自分が何者であるかを見つけること。二つ目は伝えるべき人に伝えるべき言葉を届けること。いいかい、生きてるものはいずれ必ず死ぬ。何時死ぬか、自身にはわからない。だからこそ伝えられるときに、伝えたい言葉を送らなければならないんだ。ところが君は明日やいつか伝えられるだろうという希望的観測を信じ込み、怠慢して、言葉を相手に伝えなかった。これは罪だよ。君は罪を償わなければならない。ここはこの世とあの世の間にある空間なんだ。だからこの世に行くことも、あの世に行くこともできる。けれど、死者やあの世で生きてるもの達がこの世に行けるわけじゃない。もちろんこの世に行けるのは君ではない。君が唯一この世と干渉していいことは、たった一人にたった一言を、けれど必ず伝えなければいけなかった言葉を送ること。ただ君自身が直接本人に言えるわけではない。それは何らかの形となって相手に届くようになっている。伝えたい言葉は最後に尋ねるよ。それまでに見つけ出してくれ。どうだい。覚悟はできたかい。」

 ああ。受けると決めた時から覚悟はできてたよ。

「しかしながら君が思っている以上に、君が生きていた時間はあまりにも長い。全ての体験の中から、自分が何者であるかということと、伝えるべき言葉、伝える相手を見つけ出すのは極めて困難なことだ。それにもし君がやらなければならないことが一つでも欠けてしまうと、君はあの世にも行くことができず、永久に過去に囚われる。つまりこの世にいるもの達から、君に関する記憶は全て消えてしまう。君だけが過去に縛られてしまうのさ。制限時間は君が伝えるべき言葉を、尋ねられるまでだ。どうだい、案外厳しいだろう。だから少し手助けをしてあげよう。一つ教えてあげる。君が伝えるべき人は××さ。君が死ぬときに、一番側にいた人さ。君にはこれから、君が××と関わった過去を体験してもらう。そして制限時間は君が初めて××と出逢った時から、君が死ぬまでだ。それから君が今から体験する過去の出来事への感じ方は、君がかつてこの世で生きていた時と同じままさ。違うのは、君が死んでから今までの記憶は過去を体験している最中も所持できる。つまり君は改めて死ぬ思いを背負って生きることができる。これにより自分が何者であるかを知りやすくなる。また過去の中で無意識に行われていた行動も含めて、全て意識化されてる。そのくらいさ。さあ準備はいいかい。しっかりと見つけておいで。忘れちゃあいけないよ、言の葉は必ず届けなければならないんだ。」




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