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僕が笑わせて、嗤われるから

 多くの人は笑いを大切にする。寧ろ笑うほどの面白いことがなければ、つまらないと切り捨てる。どういう時に人は笑うのだろうと考えてみる。ああわかった。馬鹿にしてるのだ。そんなことがあるか、馬鹿らしい。現実味がない。どこかで人を無意識に馬鹿にしている。そんな風に思った時、何一つ笑えなくなった。


 僕と××はだんだん二人で行動するようになっていった。たまに一緒に下校するようにもなった。けれども僕らは決して交わることがなく、平行線であった。理由は簡単で、僕は彼女を壊そうとしていたし、彼女は僕に対して多くの質問浴びせてきたのにも関わらず、何の興味もないからだ。少なくとも僕はそう感じていた。まるでそこら辺にあった手頃なおもちゃを見つけて、暇つぶし程度に遊んでいるようなのだ。ぬいぐるみのような、いやもっとぞんざいに扱われる、子分か、はたまた餓鬼か。何せ彼女は僕を完全に見下していた。だからこそ僕は徹底的に破壊してやろうというような衝動に幾度となく駆られた。しかしそれを知ってか知らずか、彼女はそんな僕をせせら笑うのだから僕はやりきれない。


 ある日、たまたま一緒に帰ることとなった。僕らはいつものようにたわいもない会話をしていた。僕は人と話すとき、ついついわざとボケにいったり天然の性格のような発言をしたり、おどけていた。人がそれを笑ってくれるのは悪い気がしないし、僕が人との関係を円滑にするための手段だった。けれど、彼女はこれを嫌う。だから彼女の前ではしないようにしていたけれど、癖のためか、ついやってしまった。

「いい加減道化るの、やめな。」

 彼女は顔をしかめて言った。僕は口をつぐむしかなかった。

 おどけることの、何がそんなに気に食わないのかわからない。誰も嫌な思いをさせてないつもりである。むしろ、他の人ならそれで場が少し盛り上がるというのに。だから彼女とは話しにくい。僕の融通が利かない。僕の尺度で彼女を計ることができないからだ。

「おどけることの何がいけないのだ。」

 ちょうど信号が赤になり、彼女は立ち止まって僕の方へ向いて目を見てきた。

「“キミ”らしくないからだよ。」

 彼女の凛々しい瞳が僕の瞳を捉えた。その鋭く、まっすぐな目に、一体どれほどの人が怖気付いたのだろう。これが彼女の強さなのだ。揺るがない圧倒的な威力。外から見てるだけではどこにでもいそうなのに、話してみると溢れてくる。みんなこの強さに魅入られ、また強い人を屈服させてきたのだろう。怯みたくなる。

 結局僕は言葉を返せず、信号が青になり、彼女はすたすたと歩き出していった。少し歩くのが遅れて追いかけるが、彼女は振り向きもしない。

 彼女の本性が一向に掴めない。質問攻めしたかと思えば、全く関心がないようになる。

「これが僕のキャラなんだけどな。」

 彼女はいつも笑わない。正確にいうと、あの時以来僕に対して全く好ましく笑ったことがないのだ。笑いといえば、僕に対して嘲笑うことぐらいだ。だから僕のキャラで笑っているところが見たい。なんて言うのは後付けで、純粋に弱みを探しているだけだ。

「そうやっておどけていることがキャラなのだったら、そうしなければ自分を保てないんだね。」

 彼女は僕を見ることなく、前を向いて言った。その言葉で、僕は手を握りしめて身体が熱くなるのを感じた。

 ーーーーー抵抗してやる。

「僕らしいって何ですか。僕が僕らしくならなきゃいけない理由はありますか。」

 彼女の行く手を塞いだ。僕の眼差しは彼女のように鋭く、まっすぐに飛ばした。そのことに必死になりすぎて、言葉はかちこちの丁寧語になった。それを彼女はもろともせず、真顔でこちらを見つめる。

「そういうところだよ。」

 彼女は目を伏せて、僕を避けていった。僕は立ち尽くし、歩いて行く彼女の背中を眺めた。一歩一歩歩くたびに揺れる髪、動く腕、足。彼女の後ろ姿が小柄だっただけに、自分は完全に敗北したのだと味わわせられた。


 ふと、僕の使命が頭に浮かぶ。僕が一体何者であるか探すこと。僕がこのキャラをやり続ける限り、僕は何者にもなれないということなのか、このキャラが僕でないのなら。けれどここで矛盾が生じる。仮に僕がこのキャラを完全に辞めた場合、これを辞める原因となったのは彼女の発言、つまり彼女の意見に流されたということになる。それは自分の意見ではないため、自分が何者であるかがわかるわけでもない。しかもやめたからといって、僕がそのキャラでない時の僕を知っているわけでもない。それを僕が他人に曝け出すほどの勇気があるかも、実際わからない。かといって、彼女の意見を無視し、このキャラをやり続けた場合、彼女の言う通り、僕は僕でないのだろう。なぜならこれは嘘だからだ。キャラだと言っている以上、僕は嘘つきなのだ。道化師みたく顔に化粧して、本当の顔を見せないで他人と関わっているのだ。

 結局、僕はこれまで他人に僕自身を晒したことなんてなかったのだ。けれどこれは全て無意識のうちに行われていた。防衛本能とでも呼ぼうか。嫌われたくないし、争いごとを起こしたくない。

 穏やかで平和な凪のような世界。僕の望む世界。僕はそこで生きたい。だから無意識のうちに穏やかに進めるような選択肢を取っていた。しかしそのことが僕を失わせていた。

 このキャラを続けるか辞めるか、どちらを選択したところで、僕は僕になれずに終わるだろう。そして実質選択肢はかつて僕が生きていた過去の通りに進んで行く。けれど過去が無意識に決定して進んでいたのならば、今回は意識的に、自分の自由意志で決めることになる。それを僕は今までしてこなかった。だから今までしてこなかった分だけ、必死に思考した。


 僕は僕であることの証明に、嗤われることを辞めることにした。

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