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 イズーとトリシュトが空へ飛んだ日から数週間経って、魔法使いクレティアはイズーの巣穴を訪れました。トリシュトはまた野草を取りに行って留守でした。

 クレティアはイズーの様子がおかしいことに気が付きました。彼女は大粒の涙を流していました。

 まず、クレティアはイズーの話を口を挟まず聞いてやりました。混乱しているらしいイズーの言葉は取り止めがなく、支離滅裂で、要領を得ない話運びでしたが、それでも根気強く彼女の近況を聞いてやりました。そして、彼女の話が終わってしばらく悩んだ後こう言ったのでした。


「それは魔法使いではなく人間だ、イズー」

「嘘です!」


 イズーは巣穴の壁を尻尾で強く叩きました。


「人間というのは獰猛で野蛮で残忍な生き物なのでしょう!?彼は、トリシュトは、違う!」

「イズー、」

「トリシュトは、優しいです!空に一緒に行きました!!美味しいご飯を一緒に食べました!!私を、私が……!!」

「イズー、聞くんだ」

「彼は私に空をくれたんです!地を歩くしかなかった、歩くしかないと思い込んでいた私に!!だから、彼がそんな生き物のはず……!!」

「イズー、聞け!!」


 魔法使いは怒鳴って、ドラゴンを黙らせました。ドラゴンは鼻息を荒くしたまま黙りました。クレティアは宥めるようにイズーの鼻を撫でました。クレティアの撫で方は少し乱暴でしたが、それでもどこかトリシュトの撫で方にも似ていて不思議でした。


「イズー、落ち着いて聞け。大事な話だ。お前の大事な人の話だ。奴らは生まれたときから、つまり子供の時から角があるってわけじゃない。子どものうちはそう獰猛な生き物ではないんだ。大人になるときに初めて角を生やして、獰猛な生物になる」


 クレティアは鼻先を撫でながら続けます。


「どうして子供のうちは角がなく、大人になると角が伸びるか。答えは簡単さ。人間の大人は嘘を吐くんだ。疑心や猜疑、邪心や嘘が凝り固まって、角になる。角が大きくなればなるほど、人間はだんだん理性や感情を擦り減らしていき、獰猛に残忍になっていくという寸法さ」

「でも、トリシュトは違います」

「違わない。これは人間の性だ。ドラゴンがドラゴンの性に逆らえないように、私たちが私たちの性に逆らえないように……。個人差はあるのかもしれないが、いずれその子も大人になる。大人になれば獰猛になるし残忍になるし、欲望に忠実になる」


 イズーは顔を伏せました。村のドラゴンたちが人間の話をするのを聞いたことがありました。そのときのことをイズーは嫌でも思い出さざるを得ませんでした。

 それは人間の食事の話でした。人間の好物は、


「角が生えれば本能のまま、あれらは好物であるドラゴンを襲い、欲望のまま喰らうことになる」


 人間の好物は、ドラゴン。翼から何からすべてを食べつくすのです。


「でも、トリシュトがそんなことするはずありません……」

「まあ、にわかには信じがたいだろうね」


 言い訳をしながらイズーは分かっていました。クレティアが言うことは正しいと分かっていました。クレティアが意地悪を言っているだけではないこともしっかり分かっていました。


「もう御託を並べている場合じゃないんだよ。角が生えかけているということは、それは子どもと大人の境目にいる。悪いことは言わない。大人になる前にどこか適当な山里の近くへ運んでおやり。それがお前にできる唯一だ」


 元々、トリシュトはドラゴンではないのですから、ドラゴンの村にずっといるべき存在ではなかったのです。ここにいるべき存在ではないのです。それが記憶を取り戻すまでと言いながら取り戻す努力もせずに、いつの間にかずっと一緒にいたいと願うようになってここまで来てしまったのでした。

 勝手なことだとイズーには分かっていました。分かっていましたが、そう理屈で割り切れるものでもありませんでした。


「……クレティア、角が生えるのは嘘のせいなのですよね」

「……まあ、大まかに言えばそうだ」

「じゃあ、私は彼に嘘を吐かせません。彼に隠し事をさせません。彼が邪心に駆られたり、猜疑心を持ったりしないようにします。そうすれば、彼は角を生やさずに済むのではないですか?今の彼のまま、優しくて温かいトリシュトのままでいられるのではありませんか?」


 イズーは目を見開いてクレティアにそれを向けました。クレティアの塗り薬のおかげでイズーはある程度色が見えるくらいに目を回復させていました。目の前の黒い人影を必死に睨みつけました。人影が浮かべる表情までは見えませんでしたが、クレティアが息を飲んだのをイズーは確かに聞いたのでした。


「……角を生やさないようにするって?」

「そうです」

「それが本当にできたら、誰も苦労しないよ」

「どんな苦労をしてでも、私はそれをやるんです」


 今まで何者にもなしえなかったことを。

 信じられないねえ、とクレティアはため息を吐きました。声は不思議と笑っているようにも聞こえましたが、イズーには彼女が本当に笑っているのか判断がつきませんでした。


「また来るよ、イズー。またそのうち、お前のバカの結果を聞かせておくれ」

「ええ……ありがとうございます、クレティア」


 巣穴の入り口から漏れる光にクレティアは消えていきました。


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