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2、ドラゴンに

「それで、イズーはその子をここまで連れ帰ったわけね」

「はい、擦り傷の手当てをしたり、ご飯を一緒に食べたりしました。今ではすっかり元気になっています」


 イズーがトリシュトと出会って数日経った頃、イズーの巣穴に一人の客人がやってきました。黒づくめの旅行用の真っ黒なマントに、大きな茶色の旅行鞄を持った妙齢の女性です。それは、ドラゴンの村がある山岳地帯の麓に住んでいる魔法使いクレテイアでした。クレティアはイズーが生まれた頃からドラゴンの村の長に依頼され、イズーの目を治すための薬を煎じたり魔法を使ったりしていました。それでも、イズーの目を完全に治すのは難しく、最近になってようやく僅かな光を感じるくらいまで回復させたのでした。

 クレティアはイズーが生まれた頃から彼女と一緒にいましたから、イズーのことを普段から心底気にかけていました。


「話したがりってわけでもないお前がそこまで話をしたがるなんて、余程良い性格の奴なんだろうね、そいつは。私もその御仁に会ってみたいが、今はどこにいるんだい?」

「彼は今、食べ物を探しに出かけています。巣穴に住まわせてもらう以上は、何か恩返しがしたいと」

「へえ、ますます良い御仁じゃないかい」


 そう言いながらクレティアはイズーの鼻先によじ登って、イズーの白濁した目にその指先で丁寧に塗り薬を塗っていきます。この塗り薬はとても目に沁みるのですが、光を感じることができるようになったのも実はこの薬のおかげなのです。イズーは唸りながら身もだえしました。


「で、目が見えないことをその子には言っていないんだろ?」

「……ええ」


 イズーの鼻先からため息をつく音が一つ聞こえました。


「確かにお前の目のことを悪く言うドラゴンはたくさんいるし、それについてお前が気にするのも分からないわけじゃない。けれどイズー、隠し事はいずれ疑心や猜疑、邪心や嘘を生む。せっかく村外の友人ができそうなのに、せっかく目を開くチャンスだというのに、そんなことではお前は結局目を閉ざしたままになってしまうよ」

「……でも、私は元々目は閉ざされている身ですから仕方がないのです」

「……ああ、そうかい、イズー。お前がそう思っている以上、私はどうすることもできない。今日は一先ずお暇するよ。それじゃあね」


 クレティアのそのセリフと共に、巣穴にサーっと暖かな風が吹きました。クレティアはその風と一緒に巣穴の外に出て行ってしまいました。翼のないクレティアの方が、翼のあるイズーよりも自由に思えるのは何だか不思議なことでした。


「ただいま、イズー」


 トリシュトが巣穴に帰ったのは、クレテイアが去ってからそう時間が経っていないころでした。香草や薬草をたくさん採って来たのか、トリシュトからとても良い香りがしました。

 良い香りでイズーは少し泣きたくなりました。


「……ボクがいない間に何かあった?」


 イズーが気落ちしているのが伝わったのでしょう。トリシュトが尋ねました。


「イズー、どうしたの?」


 トリシュトは重ねて尋ねました。

 イズーは待っていました。トリシュトと初めて会ったときみたいに、彼が“言わなくても良い”と言ってくれるのを、ひたすら待っていました。けれど、


「イズー、ねえ、イズー、大丈夫?」


 トリシュトは心配そうにイズーの鼻先に近づきます。良い香りが強くなりました。甘くて何だか懐かしい香りでした。

 イズーは思わず声をあげました。


「……ぁ」

「イズー?」

「……あぁあん!!ああん!!」


 イズーは思わず声をあげて、泣き出したのでした。胸にこみ上げてきたものを、苦しくて閊えたものをどうにかこうにか絞り出して、吐き出すように泣きました。白濁した目を見開いて、大きな体を震わせてイズーは力の限り泣きました。


「イズー、泣かないで。どうしたの?話してごらんよ?」


 話しかけられるたび、胸が痛くなりました。声をかけられるたび、切なくなりました。トリシュトの優しさがイズーには苦しくて悲しくて仕方がないのでした。


「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、トリシュト」


 とうとうイズーはそう謝りました。謝ると、後から後から口について言葉が出てきます。涙を流すよりも、咽ぶよりも、トリシュトに向けて言葉を発する方が胸の痛みが和らぐのでした。


「私は生まれつき目が見えないのです。だから、自由に空を飛べないし、恐る恐る地を歩いているのです。初めに言うべきだったのに、私は貴方を欺いていました。私は貴方を騙していました。私は貴方を信じきれませんでした。私は貴方に嘘を吐きました。ああ、私は貴方に言わなければならなかったのに、嫌われるんじゃないかって思うと怖くて言えなかったのです。貴方の友達になりたくて、なりたかったのに、なりたかったから、言えなかった……!」


 トリシュトは黙って、イズーの叫びを聴いていました。そして、聞き終わった後、彼は採ってきた草を一度地面に置いて、少し湿ってしまったイズーの鼻先をそっと抱きしめたのでした。


「キミはボクを欺いてなんかいないし、騙してもいない。ましてや、嘘だって吐いていないじゃないか。キミはただ、キミが黙っていたいと思っていたことを言わなかっただけだ。ボクのことを信じるか信じないかはキミが決めることだから、キミがボクを信じられないってことについて、キミがボクに謝る必要もない。信じられないなら言わなきゃ良いし、信じられるなら打ち明ければ良い。それはキミの自由だと思うんだ」


 イズーはトリシュトの小さな体の温かさを感じました。


「ただ、ボクはキミに泣いてほしくないし、ボクもキミの友達になりたいって思う。だから、これからは信頼の分だけで良いから、ボクに打ち明けてほしい。ボクもキミへの信頼の分だけキミに打ち明けるよ」

「うん、うん、分かりました、トリシュト」


 イズーはトリシュトの体に鼻先を埋めてひとしきり泣きました。

 

「ねえ、イズー。これは提案なんだけど」


 トリシュトは言いました。優しい声でした。


「ボクがキミの目になるから、ボクと一緒に空を飛んでみないか」


 それは、魅力的で、でも同時に恐ろしい提案でした。


「キミは目は見えないけど、翼がある。ボクは翼はないけど目は見える。だから、一緒なら空を自由に飛べるかもしれない。ううん、きっと飛べる。飛びたいんだ、キミと」


 温かい声にイズーは後押しされる気分でした。まだ少しだけ怖い気持ちは残っていましたが、イズーはトリシュトに向けてしっかり頷きました。

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