イデア・バグナは愚痴を零す
今回は父親の友人が登場。
武道家ってなんか堂々としているイメージが強いんですけどね。
「……ん?」
「ニールさん、こんにちは」
ゾンビ化した竜を屠ったその日、俺は親父の親友のニール・シドさんに会いに行った。ニールさんは勇者の1人で、舞うような攻撃スタイルから『舞闘士』という異名を持っている。青い髪と青い瞳がかっこいいけど、全体的にふんわりとした印象の男性だ。丸いフレームの眼鏡も似合っている。
普段は孤児院を営み、大勢の子供たちに囲まれたやさしいお父さんだ。そして、1人の女性に対し誠実を貫き、愛を勝ち取ったという情熱の人でもある(ここ重要)。
「お久しぶり、イデアさん。また、背が伸びたみたいですね」
「そうかな?」
「ええ。顔立ちもお父様にそっくりになりましたし」
「……それは言わないでほしい」
俺はニールさんには悪いが、お袋似と言ってほしいと思う。あの親父は巷じゃイケメンだの美男子だの持て囃されているみたいで、重婚してるってのに「私もお嫁さんにしてほしいわ」なんていう女性がいるあたりなんとも言えねぇ……。いやまぁ、お袋たちだってすごっく別嬪だしそこいらの女性よりずーっと自然的な美しさを持っているし、自慢したいぐらいだ。
って話が逸れた。ともかく、俺は親父似と言われる事がどうも嫌なのである。その為、髪を伸ばして一本の三つ編みにしている。その上伊達眼鏡も装着している。
「相変わらず、ですか」
ニールさんが苦笑する。まぁ、この人は親父の親友って事もあって小さな頃からお世話になっている。俺が親父の事で悩みだす前から、親に相談できない事や悩みを打ち明ける事が多い。なんだか、こう、ほっとする人なんだ。伊達に孤児院の院長をしている人じゃない。
「そういえば、今日は依頼に行くとか言っていましたが無事に終わったようですね」
「まぁ、ね。なかなかの強敵だったけどうまくいったよ」
と、今日の仕事について話そうとすると、ニールさんは少し苦笑して、
「私としたことが。今、お茶を出しますね」
と言って一度キッチンへと下がっていった。多分、俺の話をじっくり聞こうと思ったんだろう。お茶の他にも手作りのお菓子が出てくるに違いない。俺はお袋が作ったアップルパイも好きだけど、ニールさんが作ったクッキーも大好きなんだ。
ニールさんお手製のクッキーを食べながら、俺は仕事の話をし……、いつのまにかいつもどおり親父の愚痴(?)になっていた。
「……俺、最近思うんですけど、親父ってなんでモテるんですかね」
「うぅん……。マサトさんはぱっと見爽やかだし、やさしいし、よっぽどの事がない限り見捨てないからねぇ」
俺の言葉に、ニールさんは苦笑いしている。あ、マサトっていうのは親父の名前だよ。2話目にしてようやくでたな……。というか何気にニールさんも毒があるな。
「いや、既婚者つか重婚者なのに未だにラブレターとか貰ってくるんですよ? そこは拒否しろって話ですよ」
因みに結婚している事とか、兄貴を始め4人の子供がいる事を承知でだったりするから頭が痛い。まぁ、勇者ってだけで目をハートにするお嬢さん方は案外多いからな。これについてはニールさんとか他の勇者と呼ばれる方々は色々あるらしい。
俺はべつにモテたいとか思っていない。いずれ思うかもしれないけど。まぁ、年頃だし女の子と清い交際とやらはやってみたいんだけどね? いや、むっつりという自覚がある事を踏まえて色事にも興味はあるけどな?
「あと、お袋とミルさんで親父を遊びとはいえ取り合いちっくな事をしてて、親父はまんざらでもないって顔してて恥ずかしいったらありゃしねぇし、3人でいちゃいちゃしてるのを見るとなんか無性に腹が立つというかなんというか……」
それが家の中ならまだしも時折外でもそんなふうに見える(多分、本人たちは自制しているだろうけど)からな。
「だのに皆親父を尊敬するし、確かに俺は未だに親父と手合わせして10本中3本取れるか否かだし、1人で人語を話すほどの高度な知性を持った竜型キマイラをぶっ倒したりしますけどね? 仲間を束ねたほどリーダーシップがありますけどね? それでも俺は……」
こんな思いを吐露するたびに、自分が小さな人間のような気がして、でもむしゃくしゃしてしまって、苦しくなる。だけど吐かないと息苦しくてしょうがない。ニールさんはそんな俺に優しい眼差しむけて静かに聴いてくれる。
「いろいろ、思うことがあるのは分かります。私だって若かった頃はマサトさんに嫉妬したりしましたから、貴方の気持ちもなんとなく、ね?」
そういいながら、紅茶のおかわりを注いでくれた。
しかし、ニールさんが親父に嫉妬するとか、想像できない。ニールさんは料理上手だし、ほんわかしていてまるでお母さんみたい……いや、男性だからお父さんっていうべきなんだろうけどな……。ともかく、一緒にいてほっ、とする人なんだよな。伊達に孤児院の院長をやってない。
ところが、そんなニールさんの表情が、少し曇った。
「……で、マサトさん。貴方たちの前でそんな事やってましたか」
「俺の色眼鏡かもしれねぇけど」
妙に空気が冷たい気がするけど何故だ。そしてニールさん、額に手を置いて僅かに俯く。何考えているのか表情からは読めなかった。
「私も気をつけねばなりませんね」
ニールさんはどこか遠い目でそんな事を言っていた。何かあったな。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次は聞き手に回るようです、イデアくん。