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ほのぼの・コメディ

ハッピーエンドを迎えるために

作者: 花しみこ




 ひらひら、桜の花びらが舞う。今年度最後の登校日は、人気のあった生徒を最後に目にできる日でもあって、自由登校の一二年も多く見られた。

 その人気卒業生筆頭の三人は、事前にボタンの授与(争奪戦)は行わないと告げていたし、心を傾ける相手が公然だったので告白ラッシュもないまま、家族らと離れて桜の木の下に集っていた。

 卒業生三人、在校生三人。五人の男と一人の少女が、喧噪を横目に笑いあう。

 生徒会長として長らく学校を率いてきた男は、不遜な笑みを浮かべた。


「オマエのおかげで、この一年楽しかったよ、小鳥遊(たかなし)。」


 それに、副会長として必死に過ごした男も穏やかにほほえんで頷いた。


「ほんとうに。小鳥遊さんのおかげで、最後の一年は印象深い。」


 続けて、卒業式を終えた直後だというのに制服を崩し着る男が頭を掻く。


「小鳥遊ちゃんにはいろいろお世話になっちゃったし、ねえ」


 そんな先輩たちを、陸上部のエースとして活躍する青年がけらけら笑い飛ばした。


「なんスか、そんなコンジョーの別れみたいに!」

「そーですよお、しんみりしすぎ!」


 少女めいた愛らしい顔立ちで少年は頷き、五人は穏やかな心地でいた。彼らに対し、紅一点を放つ少女・小鳥遊ことりは、嬉しそうに、満足そうににっこり。


「居なくなっちゃうのはどうしても寂しいけど、またいつでも会えますよ。」





「だってわたしたち、




──── 一生の友達でしょ!」











 異例の転入生である、小鳥遊ことり(あなた)。家庭の事情から、この家柄の良い子供たちばかりが通う私立校に編入することになった彼女は、戸惑いながらも懸命に過ごす日々、そして待ち受けるさまざまな出会い……。

 「君は僕の小鳥……」ドキドキの学園生活(スクールライフ)が、今はじまる!


 というコピーの乙女ゲームがあった。攻略対象は六人、タイトルは『love☆love my bird』。前世の話である。人に聞かれたら、あっ、頭は大丈夫です、ほんとです、と弁解しなければような、妄想だったら相当ヤバイ感じの内容だけれど真実だ。少なくともわたしはそう信じている。

 このことを思い出したのはまだ幼い時分、幼稚園のときに滑り台で幼なじみに背中を押され、転げるように落ち膝をおもいきり擦りむいて大泣きしたあとのことだった。頭は打たなかった。泣いて泣いて、頭がからっぽになって、寝て起きたらちょっと前世と入り交じってた。

 園児である小鳥遊ことりも、前世のわたしも、どちらも同じくらい自分で、よくわからないがそういうこともあるのかと受け入れるべき衝撃もなかった。多少の混乱はあったので、幼なじみにはぽろっと教えてしまったが、同じように幼かったのでよくわからないといった顔で流された。

 とにかく乙女ゲームである。

 わたしがこの世界をそうと知った辺りは、特に面白味もないので省略させていただこう。ちなみに、前世は好きなキャラクターと同じ名字のひとをひいきにするタイプだった。スポーツ漫画の好きキャラと同じスポーツをしている同じ名字の選手の応援とかガチでやった。

 だがしかし、キャラクター×自分には興味がなかった。わたしごときではなく、萌える相手とくっついてほしい。ゲーム主人公なので小鳥遊里穂はべっぴんだけれど、わたし以上にお似合いな相手が居るはずだ。

 一緒に幸せになるより、幸せになってほしい気持ちが強いわたしは、逆ハーレムなんて状態はもちろん許せない。そしてライバルキャラクターの女の子にだって幸せになってほしい、つまり攻略するつもりはなかった。

 しかし折角だからお近づきになりたいし、拗れた家族関係や誤解を知っていながら放置というのは気分が悪い。


 そこで思い出したエンドルート、『友情エンド』。ゲームでは友達以上恋人未満になるそのルートをうまい具合に改変すべく、わたしはゲームスタートまで幾度となくシミュレーションを繰り返し想像した。

 そして高校入学、二年に上がるときに別の学校に編入。ラブ鳥が始まった。そう、ゲームの略称は「ラブマイ」とかじゃなく「ラブ鳥」だった。二時創作界隈の漢字表記は愛鳥である。


 閑話休題。


 とにかくゲーム通りに接点を持ち、お悩み解決をしつつ、わたしの都合の良い方向……全く色気のない友人関係にもっていった。頼りになるし、一緒にいて楽しい。彼らそれぞれライバルキャラクターに当たる子と仲良くなるよう画策もしたので、「友達と思っていたけど実は」展開もない。

 打算有りでも無しでも、彼らは至高の友人である。その集大成が、今日の卒業式だった。

 この日、ゲームでは卒業生が相手でも在校生が相手でも、何らかのエンドを迎える。逆ハーエンドでもなければ三人以上が集まることはなく、もちろん「楽しかったぜ」「これからも友達だよね!」なんて会話はゲームではありえなかった。わたしの望み通りの展開になったのだ。われわれは生きているので、想像通りの展開にはならなかったけれど、終わりよければすべてよし。


 遠くで家族や婚約者、友人と戯れる彼らを見て、達成感に小さくガッツポーズ。ふんふん鼻歌を歌いながら校門へ向かう。式の片づけは明日だし、今日はもう何の用事もない。

 くるりと踵を返した、そのとき。


「おい」


 耳に馴染んだ声がして、もう一度方向転換。桜の向こうから顔を出したのは、攻略対象の最後のひとりだった。彼、鷹司(たかつかさ) 翼は幼なじみでもある。混乱したときに乙女ゲーム云々の話をぽろっとしてしまった相手とは彼のことだ。

 幼児期には流されたその事情を、中学で離れ、高校で再会してから蒸し返され、あらかた話させられた上に受け入れた変人である。

 翼と向かい合ったわたしは、腰に手を当てて頬を膨らます。


「遅刻だよ、翼! 最高の友情(みんなともだち)エンド終わっちゃったじゃない」

「おう」

「おうって、折角の”ずっと仲良くしあわせに過ごしました”なのに。なんで来なかったの?」


 ゲームにないので、もちろんねつ造なのだが、今日という日にそう過ごせればちゃんとしたエンドとして確立された気がした。

 この世界がゲームだなんて思っていない。ゲームの知識も、部分的にしか役立たなかった。しかしゲームの決まりごとというのは、将来を裏打ちしてくれるような気になるのである。今日を最高の友人として迎えられたので、これからも友人でいられるという保証。事実ではなくとも、そう信じられることは、関係に大きく影響する。信じる理由は多ければ多いほど良いに決まっていた。

 攻略対象だった五人はもちろんのこと、翼とだって”ずっと仲良く”居られるに越したことはない。

 それなのに本人はどこ吹く風、とんと気にしてはいないようだった。ひどい。なにもなくても縁を切るつもりはないけど。


 翼はふっと息を吐いて、端正な顔を緩ます。桜の花びらが舞い落ちて、ドラマのようである。わたしも平均以上の顔をしているので、端から見れば絵になる光景だろう。

 顔が良くても、周りにイケメン友達が多くても、色恋沙汰はないけどな! 回避しちゃったしな! などと思っていると、弱かった風がにわかに強まり花びらを巻き上げた。か、髪の毛がぐちゃぐちゃになる……!

 風が落ち着いてから絡まりかけた髪の毛を必死に梳く。翼も見かねて手伝ってくれる。やわらかい髪は、さわり心地が良くても厄介である。

 その至近距離のまま、翼が口を開いた。


「さっきので、あいつらはただの友達確定?」

「ただの友達じゃなくて、一生の友達!」


 笑み混じりの声にむっとして言い返す。恋愛っぽいイベントは起こしていないし、恋愛対象として見られてもいないが、われわれは好感度最高の友人である。いや数字として出やしないので最高かどうかは知らないけど、少なくとも”ただの”ではない。


「もー、翼とも一生の友達になりたかったのに! 来ないしさあ!」

「お前が安心して友達でいるために来いって? 冗談じゃない」

「安心……」


 そう言われるとぐうの音も出ない。なんの確証もなく、ただわたしがずっと友達でいられると信じるための、それだけの儀式なのだ。来たところでなんの益もない。

 まして、彼には乙女ゲームのことも伝えている。そんな無意味な自己満足に付き合わされるだなんてたまったもんじゃないだろう。あと、バレてるせいで手を出しづらく、翼のルートには触れてもいないので好感度上がってないかもしれない。

 あれっそれが来なかった一番の理由なのでは……? 家族仲拗れるルートだったけど、拗れる前に手を出しちゃったから特別好かれるきっかけにはならないだろうし……?

 個人的には翼のことを大親友くらいに思っていたので、友人とも思われてない可能性を考えていなかった。えええ、ちょっと泣きそう。モヤモヤと考えて視線を下げてしまうと、翼はまだ梳かしていた髪をくんと引っ張った。


「おい、いいか。俺が嫌なのは”一生友達”だ」

「うん……」

「わかってねえな。さっきのに来なかったのは、俺が望んでるエンドルートが”友情エンド”じゃないから。」

「……うん?」


 くるくると大きな手がわたしの髪をもてあそぶ。首を傾げてみせれば、目の前の男はその束を自分の口元に運び、ことさらゆっくりと口づけて見せた。



「俺が迎えたいのは、”ハッピーエンド”だよ。……”一生の恋人”エンドは、どうだ?」



 このまま、迎えられるか?

 いつもより丁寧に発音されたそれに思わず頷くと、髪から離された手が背に回った。友情エンドじゃなくてよかった、とわたしも思ってしまったので、ゲームとは違うこれも、ハッピーエンドなのだろう。

 目の前の彼に頬をすり寄せ腕を回すことが、エンディングスチルを想像するより先にわたしのすべきことだった。
















ルビ振るのたのしいですね


(追)

「里穂」というイメージじゃないなとずっと気になっていたので、突然ですが「小鳥遊ことり」という二重に小鳥アピールするわざとらしい名前にしてみました。


小話まとめ http://ncode.syosetu.com/n3417cl/ におまけがあります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すっきりまとまっていて良かったです。 [一言] これをプロローグにしてエピローグとして本編書いて欲しいです。 最初から収まりどころがわかっているというのも有りだと思います。特に幼馴染み君…
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