目覚め
目を覚ますと知らない場所にいた。
それが現状を1番示している言葉だと思う。
俺は子供を助けて車に轢かれたはずだ。
あの勢いだと死んでもおかしくないが痛いところなんてない。
一体どういう事なんだろうか。
目覚めた直後、朧気なナニカが体から離れていくような感覚がした。
いったい、自分の身に何があったんだろう。
……もしかしてアレは夢じゃなかったのか?
なんで、俺を死なせてくれなかったんだろう。
寝かされていたらしい体を起こして辺りを見回す。
未知の言語で書かれた文書や用途の判らない器具など、
それらが綺麗に整頓された状態で片づけられている。
ぶるりと体が震えた。
服を着ていないことに気が付いた。
かけられていた毛布でとりあえず体をくるんで……!?
「…え?」
自分の体を見て、唖然とした。
さらり、と視界に入った髪は質感がやけによくなっていた。
零れ出た声も、自分が知っているものより高い。
そして、何よりも、胸部と股間の辺りの変化が著しかった。
股間にあったものがなくなり、胸に2つのふくらみがあった。
「うそ、だろ?」
信じたくない、だが、現実は変わらなかった。
触ってみて確かめても、その事実を余計突きつけられるだけだった。
俺は女の子になってしまったらしい。
なぜ、何故なんだ!
どうして俺が、俺の体が女性になっているんだ!!
毛布で体をくるみ、慌てて辺りから服を探す。
クロゼットを見つけ、そこを漁る。
サイズの合ったものがすぐに見つかった。
鏡に自分の顔が映る。
「……もう勘弁してくれ。」
鏡に映ったのは髪色以外、別人の顔だった。
大きくて、美しい紅の瞳。
すこしやせ気味だかやわらかそうな頬。
さらりとした質感の良い漆黒の髪。
美少女としか言いようのない造形をしている。
何故か、首に鍵のついた紐がかけられている。
慣れない手つきで着替えを済ませ、部屋の探索をすることにした。
文字はすべて未知の物で、読めやしない。
「まじで、此処何処だよ。」
部屋の外に出る扉は一つだけ見つけた。
出てもいいのか迷うが、部屋を出て現状を把握しないと何もできない。
恐る恐る、扉を開けた。
開けた先は広いリビングの様になっていた。
……ぶ、ぶぶぶぶ
何かが起動したらしく異音が流れだした。
音源はテーブルの上に置かれた水晶の様なものだった。
うすぼんやりと光るそれを持ち上げる。
暫くするとそれは言葉を流し始めた。
『お目覚めかしら?
これが再生されてるってことは起きているってことでいいわよね。
あと、術が成功して貴方が目覚めたってことは今頃私は死んでるわね。』
「……は?」
死んでいるって、どういうことだよ。
それってつまり、遺言ってことじゃねーか。
なんで俺が生かされてるんだ。
わけがわからない。
でも俺は流れた言葉を覚えようとした。
女性の声は苦しそうに俺の現状を伝え始めた。
それらはどれも衝撃的で信じられないようなものが多かった。
最後に彼女はこういった。
『私、後悔なんて一つもしてないのよ。
死にかけの貴方を禁術を使ってまで助けて、
命を落とすことになったのに、よ?
自分で作った術が成功したか見ることができないのは残念だけど、
明確な形で人の命を救うってことができて嬉しいの。
だから、私のことなんて気にしないで生きて頂戴。』
……ぶ、ぶぶぶぶぶ
『………メッセージの再生が終了しました。
再生したい場合は魔力を流し込んでください。』
ひどい、こんなことを言われたら信じるしかできないじゃないか。
俺はヒトを信じることができない人間なのに。
彼女の言葉を整理して現段階でわかったことを纏めてみる。
一つ目、女性は俺を助けるために禁術とやらを使ったこと。
俺の体と女性の体を混ぜ合せて、転生に近い形で治療したらしい。
二つ目、女性は呪いを受けていて寿命がたいしてなかったこと。
俺なんかにすべて託すということ。
三つ目、俺に名前をくれたこと。
女の子になって困っているだろうからと考えてくれたらしい。
最後、彼女は俺を助けたことを後悔もしていないし、
自分の分まで俺に生きてほしいこと。
そう、彼女は俺にいろんなものを託して逝った。
何らかの方法で水晶に触れるとまた再生できるらしい。
……にしても魔力ってどう使うんだ?
此処がどこなのかはわからない。
でも、このセカイで生きてみようと思う。
もとの体には戻ることができないだろう。
もとのセカイに戻れるかなんてわからない。
でも、手段があるなら帰りたいとも思う。
置いてあった肩掛け鞄に水晶を入れて、役立ちそうなものも入れる。
そして、外を目指すことにした。