黒き賢人の来訪
キメラの異常発生、それによる大軍を退けてからのリーシア村は忙しい。
魔族が動いている可能性があるからだ。
魔族は魔物の中でもひときわ能力が高く、一部の魔物を操ることができる。
魔王、魔神と呼ばれるものははるか昔に封印されたが魔族は彼らの復活を諦めてはいない。
だからこそ、魔物に対する備えをしているのだ。
私は知識がなく、魔法屋のおばあちゃんを手伝って魔道具の用意をするぐらいしか出来なかった。
出来ることが少ないというのは、辛い。
俺にとっても、私にとっても、此処は初めての「居場所」なのだ。
失うわけにはいかない。だから、現状が歯がゆくて仕方がない。
全ての魔族は本当に人に仇名す存在なのかも疑問だ。
個性もあるだろうし人に協力する奴だっていてもおかしくはないはずだ。
それなのに、リーシア村で聞ける伝承ではそうなっていない。
不自然なのだ。魔族も昔はひととしてカウントされていたかもしれないのに。
疑問ばかりが私の中で浮かんでは沈んでいく。
後になって思えば、この時の私はとても焦っていたのだと思う。
自分のことも、世界のことも、異変のことも、分からないことばかりで不安だった。
そんな中、ある人物の来訪が私に大きな決断をもたらしたんだ。
「お嬢ちゃんに用があるっていう人が来てるぜ。
『以前、女魔術師にある異界の青年の助命を乞うた者だ』といえばわかるって言ってたぜ。」
武器屋のおじさんから伝えられた伝言は私以外にはわからないであろう言葉だ。
いや、クロウェルなら意味が分かるかもしれない。
私のもともとの性別を知っているのは直接伝えたクロウェルか、
『俺の治療をルディアさんに依頼した人物』だけなのだから。
「会います。心当たりは一応ありますから。」
そうおじさんに告げて、私は件の人物の居場所を確認した。
そのあとクロウェルと合流するか悩んだが、一人で行く勇気はないので一緒に行くことにする。
クロウェルも仕事は少なくてもどかしい思いをしていたはずだし気分転換にはいいと思ったのだ。
本人は事情を話したら即了承してくれた。
クロウェル、お人よしだよなぁ。だから一緒にいようと思ったんだけど。
宿の食堂、そこに件の人物はいた。
短髪なのが残念なレベルの艶やかな黒髪、黒い猫耳、猫の様な瞳孔の蒼い目の青年だ。
黒猫ベースの亜人なんだろうか。腰には爪の様なものを身に着けている。
恐らく、指につけて扱う類の武器なのだろう。手入れがよくされているように見える。
ただ、外見から感じる年齢と、雰囲気から感じられる年齢が異なる気がした。
意識を集中して魔力の流れを見る。……読み切れなかった。
ベテランの魔術師は魔力を隠すと聞いていたが恐らくこれなのだろう。
実力がけた違いだと確信できてしまった。
「あの、私に用がある方というのは、貴方ですか?」
話しかけないことには何も始まらない。
恐る恐る声をかける。
「いかにも。我はディル・グリーシャ。主の治療を依頼したのは我だ。
あの時、気まぐれで行った世界で死にかけた小童がこうなるとはの。
しかもここまで馴染んでいるとは、あの娘もようやるものだ。」
明らかに俺のことを知っている。
一体いつこの人物にあったっていうんだ。
……この世界に来る前、あのとき、道路にいたのは子供と黒猫。
まさか、あの時の猫がこいつだっていうのか!?
にしても名乗るときの雰囲気的に偽名っぽいのは気のせいだろうか。
「………何の用ですか。」
なるべく冷静を装って用件を聞く。
命の恩人だとしても警戒するに越したことはないのだから。
「我は主の記憶を覗いた。故に生かしてみようと思った。
この界ならば主も生きやすかろう?会いに来たのは別件だがの。」
「……っ!なんで、何も知らないまま死なせてくれなかったんだ!
‘俺’は死にたかった。なのに、なんでだ!?
今は生きていてよかったって思えるようになった。
でもそれは‘私’の感情であって、‘俺’のものじゃない。
あの時、死にたいと思っていた‘俺’をなんで助けたんだよ!?」
記憶を覗かれた。その事実が怖くなった。
だって全部知ったうえでこの人物は私を生かしたという事なのだから。
ひどい嫌悪感が湧き上ってきて感情がコントロールできない。
「主はまだ死なせるには惜しかった。だからこそ我はあの娘の下へと主をやった。
それだけだ。世界は認識ひとつで大きく変わる。今はまだわからんくてもよいがな。
我の用件は、主と主の信頼できる人物に、異変の調査に同行してほしいということだ。」
用件を聞いて少し頭が冷えた。そういえば、この人、実年齢何歳だよ。
見た目は25くらいなのに、言動が爺にしか見えない。
死なせるには惜しかった、どうしてそう思ったんだ。
理由がわからない、個人の感情なんて読めもしない。
「一体どういうつもりですか?何故、ラティエを?」
クロウェルの言うとおり、私を同行者に選ぶ理由はなんだ?
今更あらわれて保護者でも気取る気なのか。
それとも、利用価値があるから連れて行くのか。
それなら私一人で充分なはずだ。
ならなんで、複数人を指定する?
人手が欲しいから?人質?
記憶を覗いたと言っていた。なら、不安定な私に対する保険として?
「我はあの娘に主のことを頼まれているからのう。
何事もなく、ここを離れぬままなら放っておいてもよかったが、今の情勢ではそうも言っておれぬ。
それに主を安定させているのはそこの剣士だろう?
なら両方とも死なぬように鍛えてやるのがよいと思うてな。」
頼まれてたのに放置してたのか!?
さてはこいつ、面倒事からは逃げる気だったな?
私の面倒を見るのが面倒だろうというのは自覚があるからまだいい。
だからと言って放任主義でいいのか!?
情勢が変わったから鍛えるために調査に連れ出したいって理不尽じゃないのか。
「1番の理由は別だがの。主は異世界人であり混ざり者、それはわかっておるか?
もしそれが魔族に知れてみろ。奴らは主を捕え道具として洗脳するであろうな。
そも、その事実が人に知れ渡った段階でヒトにそうされる可能性もある。
我は情報統制だけで済みそうなら放置する気でいたんだがの。
今の情勢ではそうもいかぬから、目の届く範囲に置いておこうと思っただけよ。」
この世界のヒトも魔族も怖いことやるって事か、おい。
つまり、この世界で唯一といってもいい異世界人で混ざり者とすることが成功した例だから、洗脳してでも手元に欲しい奴らがわんさかいるってことだよな。
クレメントの遺跡に引き籠っていてもいつかは見つかってしまう。
どんなことでも可能性がゼロなんてことはありえない。
嘘かどうかを見分けるのは風の精霊の力を借りれば可能だ。
なら、いくつか気になる事を聞くことにしよう。
その答え次第でこいつの真意を探る。
「……質問に答えてください。同行するかはその答えによります。
本名と実年齢、あと“あなた自身の所持スキル”を教えてください。」
最後の質問が最も大切だ。本来、所持スキルの類はばれてはいけない。
これを明かすのは相手に自分の手を明かすことに等しいからだ。
これを素直に答えることができたら、動向を考えてもいい。
それだけの価値がある質問だと思う。
「……えぐいのう。これでも齢500を超えている。
何故、先ほどの名前が偽名と感じたかは知らぬが、本名でないことは確かだがの。」
「やっぱり偽名だったか。嘘をつかれたらなんとなくわかるんですよ。嘘をつかれ慣れていたので。」
今の所、嘘はついていない。
精霊の一部には『真実の眼』というスキル持ちがいる。
私は風の精霊の加護を得ているからこそ、このスキル持ちの精霊の力をたやすく借りられた。
にしても500歳越えか。魔術で外見が若い魔術師は多いって聞いたがこれはヒドイ。
詐欺にもほどがあると思います!
「ふむ、主を舐めすぎていたようだ。我はディルムート・ヘツァーク・グリシャルード。
武器を見ての通り爪術を一通り、あとは魔術を一通り、界渡りの術に変化かの。
禁呪レベルの魔術は闇属性のみ。他は上級までかの。無属性は使えぬ。」
「まさか、黒の賢人ディルムート様!?」
「年齢に相応しいレベルのスキル所持数だこと。で、クロウェル、黒の賢人って何?」
一切嘘がないのが逆に怖いんですが。
しかもクロウェルの反応的に有名人っぽい。
つか賢人って言われているレベルの人なのか。
「400年前と150年前に起こった魔族との大戦で大きな戦果を上げた方だよ。
直接会えるとは思ってなかったんだよね。」
まじですか。普通に有名人ですか。
つか、大戦とやらに2回も参戦してるんですか。
あー、だから偽名名乗ってたのか。それなら仕方ない。
「……嘘は言ってないみたいだし、予想以上に凄い人物って事しかわからん。
正直、信用しきれないけど実力は確かなんだろうし、調査とやらに同行してもいいです。
クロウェルはどうする?」
「僕はラティエが大丈夫そうなら一緒に行くよ。」
私達、断る理由ないもんね。それにクロウェル個人だったら行きたいでしょうね。
実力は折り紙つきだし、修行を付けてくれる相手としても適格だ。
というわけで私達は彼に同行することにした。
この決断が長い旅の始まりだなんて私は気づいてなんていなかった。
というわけで存在ほのめかしていた外見詐欺のおじいちゃん登場です。
本人のスペックは本文中でいっている通りなので省略。
味方になる人物としては最年長です。