異変
クレメントの遺跡に出入りするようになってから、
文字・魔術・調合関係の知識が思い浮かぶようになった。
恐らく、これが継承というやつなのだろう。
気が付いたら違和感なく知識が増えているから、
勉強の成果かと思って見過ごしてしまいがちになる。
まぁ、すぐに生かせそうな知識ばかりだから困ってはいないのだが。
これまで継承が発生していなかったのは
混ざり者になった自分を受け入れきっていなかったからなのかもしれない。
あの時、クロウェルと話して、‘目が覚めた’からなんだろう。
足手まといになってばかりなのは嫌だしな。
私は、この世界で生きていくことを決めたけれど、迷いはある。
だって、まだ何も知らないのだ。
リーシア村とクレメントの遺跡、この2か所しか私は知らない。
武器屋のおじさんや魔術屋のおばあちゃんとは仲良くなった。
でも、村の外の人についてはそうじゃない。
身近に難易度が変動するようなダンジョンがあるせいで村を離れる気も起きない。
クロウェルと一緒に生活していて、そう思った。
ギルドに行くことは少ないけど、金銭には困っていない。
後からルディアさんの住居を調べたら、遺産は私にあげるというメモと共に
宝石やら、アーティファクトやら、金銭が大量に見つかったからだ。
最初の時になんで真面目に探索してなかったんだろう。
………後になって考えてみると、夢見心地でかつゲーム感覚でいたから、
いろいろと見過ごしてたり、判断が追いついてなかったりしてるな。
現実だってわかってたのに、実感がわかないから、馬鹿なことをした。
それでもクロウェルは一緒にいてもいいですかという問いにイエスと答えてくれた。
後になって、冷静に考えると、こみあげてくる羞恥心はどうにもならない気がする。
あの時は気が動転してたし、言ったらまずいこともいろいろ言ってた気がする。
クロウェルはどうしてうなずいてくれたんだろう。
疑問になる事なんていくらでもある。
治療を依頼した人物なんて影も形もないし、情報が欲しくなる。
この世界に連れてこられた理由がわからない。
調べても情報が出てこないから、諦めたくなってきている。
そんなことを考えていたのだが、クロウェルが焦った様子で帰宅してきた。
この基本的に事件もない村で何かあったとでもいうのだろうか。
「ラティエ、キメラの大群が押し寄せてきてる!
このままじゃ、リーシア村はキメラに滅ぼされるかもしれない。
僕はキメラの討伐を手伝ってくる。君はどうする?」
は?なんで、こんなところにキメラの大群が来るんだ!?
あれってダンジョン内か、瘴気がある地域にしか現れないはずだろ。
なにがどうなってそうなったんだ。
「……一応、上級魔術も使えるし、私も行く。」
私なんかでどこまで力になれるかはわからない。
でも何もしないよりはましなはずだから。
嫌な予感がする。何もしなければ大切な何かを失ってしまう、そんな予感。
恐怖に押しつぶされそうになるけど、失いたくはないから頑張ることにした。
「わかった。君はまだ戦闘には慣れ切っていないから、無理だけはしないでね。」
クロウェルはそういって駆け出していく。
私もそれを追って家を出る。
「クロウェルも無理はしないで。嫌な予感がするから。」
互いの無事を祈るしかできないけど、今はキメラの大軍をどうにかする方が先だ。
村の外にはギルドに所属しているほとんどの冒険者がキメラを迎撃するべく待機していた。
目に見える範囲だけでも2、300体はいるんじゃなかろうか。
魔力を大量に練っておく。
射程に入ってきたら、ある程度一掃するつもりで、だ。
可能な限りギリギリまでひきつける。
他の冒険者たちが動く前に魔力を具現化する。
鎌の力を生かせるように、風の力にした。
竜巻上にして一か所に纏めて切り刻もう。
でも風だけじゃ刻み切れないから闇の力も付与しようかな。
それなら、あの魔術がいい。
「リストラーファ・サイクロンブレード!まだまだ行きます、ヴェルドラシード・シャドウウィング!」
上級魔術を示すワードは単一属性だとリストラーファ、複合属性だとヴェルドラシードになる。
2つの上級魔術をほぼ同時に展開する。
竜巻の刃とそれにのせるように発動した闇の力の付与された風がキメラを切り刻んでいく。
魔力は一気に持っていかれたが半数以上は倒せたはずだ。
「嬢ちゃん、よくやった!魔力もきついだろうしさがってな。」
冒険者のおじさんはそういってキメラたちに銃撃を浴びせている。
クロウェルは前線の方で他の人と協力しながらキメラを斬り伏せていってる。
鞄から魔石を取出し魔力に還元する。
魔石とは魔物からとれる魔力の塊のようなもので、素材としても価値がある。
魔術師なら魔力のストックとして持ち歩くことが多い代物だ。
「魔石ならたくさん持ってるのでお気になさらず!」
おじさんにそう声をかけてから前線に素早く駆けて行く。
風の魔力を纏えばあっという間だ。
後ろに下がって魔力の回復を待つよりは、前線に出て状況を把握していたい。
「なんだ、これ。気持ちが悪い。」
キメラの傍に行って分かったことがある。
こいつら、目の色が虚ろなのだ。
ダンジョンに潜って何度かエンカウントしたことがあるからわかる。
通常のキメラならもっと獰猛でぎらぎらとした目をしているはずなのだ。
もしかしたら、魔物使いや上位の魔族に操られているのかもしれない。
だからといって手加減する気も慈悲を与える気も欠片もないのだが。
クロウェルもそのことには気づいているようでやりにくそうにしてる。
恐らく行動パターンもいくつか違う部分があるのだろう。
クロウェルは範囲攻撃系のスキルはあまり習得していない。
いくら剣技が優れていてもこういう状況ではうまく立ち回りきれないのだ。
それでも無傷なところを見ると付与魔術さまさまというべきなのだろう。
風纏いの大鎌で複数のキメラを斬り飛ばし、潜り抜けたモノには風の魔弾をプレゼントする。
開幕、派手にやったおかげか思ったよりも数は減っている。
それに今なら広範囲の殲滅ならいける気がする。
うぬぼれる気はないので慎重に戦うことにしてはいる。
怪我をするのだけは嫌なのだ。苦痛は嫌なことを思いださせる。
「もいっかい、派手に魔術放ちます!合図したら下がってください!」
下がらずに前線で鎌を振り回しながら周りに宣言する。
風纏いの大鎌にあった風属性の魔術を詠唱し始める。
無詠唱よりは詠唱している方が威力は出る。
残りの数は80というところだろうか。
なら風を刃にのせて斬り裂いてみるか。
鎌のスキルに風の魔術をのせて発動してみる。
意識の奥で何かが囁いた。
風の扱いはどうすればいいのかわかる。
知らない知識が鎌から流れ込んでくる。
風精霊の加護による補助なのだろう。
気分が高揚しているのがわかる。
戦うのは、傷付けるのは、傷つくのはやっぱり怖い。
でもやらなきゃ今の居場所を失ってしまう。
私にはその方がとても恐ろしい。
だからどんな手段を使ってでもこの村はキメラなどには襲わせない。
すべて切り刻んでしまおう。
「下がってください!ヴェルドラシード・エアスラスト・デスサイズ!」
鎌スキル・デスサイズ、傷の治療を阻害する呪いを相手に付与するスキルに
風の刃を生み出すエアスラストを乗せて広範囲に放った。
もちろん射程内に味方がいないことを確認してから、だ。
結果としていえばほとんどのキメラはこの攻撃で真っ二つに斬り裂くことができた。
生き残ったキメラも重傷なのか動きが鈍い。
魔石があるとはいえ最後の魔術は相当量の魔力を注ぎ込んだ。
後はヤバいのが出て来ないことを祈りながら魔力の回復に努めるべきと判断していったん下がる。
キメラの大群は村にたどり着く前に討伐することが成功した。
違和感しかなかった今回の事件、この村以外にも似た様なことが起きてそうだと何故か思った。
一体何者が何の思惑でこんなことをやったのだろうか。
ラティエの戦闘スタイルは魔力量に物を言わせた上級魔術による広域殲滅と
無詠唱魔術を用いた高速戦闘が主になっています。
まだまだ経験が浅いので実力がある存在との戦闘では苦戦すると思われます。
クロウェルは障害物や付与魔術を利用した
トリッキーな動き主体のヒットアンドアウェイ戦法が主です。
今回はラティエの現状についての考えと異常発生したキメラの殲滅が主になっています。
キメラの異常発生は黒幕が居ます。
2人が何となく感じた違和感は当分先になって詳しく判明します。