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9 猫と半魚人、二対一と必殺技。

 ポイントC-58はここから距離にして一キロメートルほどの場所にある。駅前から近い。結構、危険な場所にビーストが現れたな。

 俺は駆けた。この強化スーツならば一キロなんて一分もかからない。まあ、壁にぶつからないように加減速していかなければいけないから、実際は二分くらいだが。

 壁にある装置でロックを解除し、通路の床にある取っ手をを引き上げた。薄暗い下水が見える。俺はそこに飛び込んだ。汚水が飛沫を上げ、俺の身体が膝上までつかった。

 ヘルメットの視界を通常のものから暗視スコープへと切り替えた。目の前で黒と薄暗い緑が入り混じる。他の色はない。

《ビーストはその通路の先にいます。数は二。注意してください》

 科学者の一人の声が聞こえてくる。男の声だ。一年前まではこういう手のものは女性が主にやるんだと思っていたが、俺の思い違いだった。別に男でも女でもあまり関係ない。

「了解」

 二体か。きついな。

 自分の右手を広げ、握り、そしてまた広げた。身体が動くって感じがする。これをやるのとやらないのだと、気の入り方が違う。ようするに、気分の問題だ。

 今まで、一人で複数のビーストを相手にしたことはなかった。元々まとめて何体も出てくるような奴らじゃないんだ。複数のビーストが同時に現れるのは稀だ。それに、俺が未熟だからというのもある。半人前一人でいかせるくらいなら、ベテランたちもつけたほうがいいだろう、という判断だ。

 模擬戦でなら何度か体験をしたことがあるが、やはり実戦とは全く違う。

 水が合流しているT字の通路を右の、水が流れていく方へと曲がった。

 低い唸り声が聞こえてくる。ビーストだ。

 一体は半魚人のビーストだった。鱗の生えた身体に、胴体から伸びた二本の脚と二本の腕。基本的には人間と同じ体のつくりをしている。首もある。けど、その顔は人間とは別物の流線型であり、臀部には尾びれがついていた。手の平には水かきがある。足も同様なのだろう。

 もう一方は猫のビーストだった。虎やライオンとかじゃなく、猫。一度それらのビーストとは闘った事が会った。それと比べたら小柄だ。半漁人のビーストと同じく、人間のような体付きをしている。そこに猫の頭が乗り、鋭い爪を持った手があり、足があり、尾があり、毛皮に覆われた体がある。

 二体のビーストが俺に気がついた。二体が同時に襲い掛かってくる。

「さっそくかよ」

 一瞬で差を詰め寄せてきた猫が、鋭い爪を振り下ろしてくる。紙一重でかわす。いや、少し掠ったか。

 攻撃を外したことで、猫に僅かな隙ができる。そこを殴りつけようと、振りかぶる。

 真横から衝撃を喰らった。蹴り飛ばされたんだ。すぐ隣の壁に叩きつけられる。半魚人の仕業だ。

 俺は体勢を建て直し、即座に正面を向く。

《ポイントF-08に二体のビーストが出現しました。装着者、乃木功治は速やかに迎撃に向かってください》

 F-08は駅とは反対側の、ほとんど隣町に入る場所だ。俺達の本部がある場所からは離れている。普段は本部の周りにしか出ないのに。陽動作戦、ってやつなのか。俺達の戦力を分断させようってことらしい。

 ――だったら、こんな奴らさっさと倒さねぇと……

 半魚人が動いた。それを見て、俺は真横に跳ぶ。体当たりを回避し、猫へ向けて切り返す。猫も接近してきた。右拳を放つ。しかしそれは避けられ、猫の鋭い爪が真っ直ぐに突き出された。右肩に直撃した。直接的な痛みはない。だが、衝撃と圧力としての痛みはある。

「ぐ……っ」

 猫の突き出された腕を掴み、全力で横へと振るった。猫の身体が下水の壁に衝突する。

 息を整えようとした瞬間、真後ろから突き飛ばされた。壁が目の前に迫ってくる。反射的に両手を突き左腕だけをバネのように伸ばして反転した。

 しかし迫ってくる半魚人が映る。即座に真横に回避して、距離をとった。

 俺とビーストは直線通路の端と端にいた。距離は二十メートルくらいか。俺もあいつらも、即座には詰められないような距離だ。

 半魚人は追ってこない。どうやら猫が再び立ち上がるのを待っているようだ。

 相手は二体。一体一体を相手にしているときとは、勝手が違う。そこを頭に入れておかねぇと。

 二度も同じことを繰り返した。一方に気を取られ、もう一方にやられる。すぐに意識を切り替えないといけねぇ。

 ――……早瀬、お前はもう少し落ち着いて闘った方がいい……

 乃木さんの声が聞こえてきた気がした。わかってるっすよ、と心の中で返す。

 そうだ。落ち着け。焦っても意味ないってわかってんだから。

 猫のビーストが起き上がる。そして、跳躍した。弧を描きながら鋭い爪を持つその腕を振りかぶっている。続いて半漁人が真っ直ぐに突っ込んできた。小細工もなしに、ただ真っ直ぐ。

 落ち着け。落ち着けばこのくらい、大したことねぇんだから。

 後方へステップ。落下しつつ振り下ろされた、猫の斬撃を回避する。派手に水飛沫が上がった。視界を暗視スコープからサーモグラフィーへ切り替える。こういった操作はある程度強く思い浮かべただけでOSが勝手に判断してやってくれる。

 飛沫を押しのけ、半魚人が俺の目の前に表れた。そのまま、体当たりをかまそうとしてくる。

 半魚人の顎を殴り上げた。アッパーだ。その身体が浮く。俺の身体を飛び越え、そのまま俺の後方の下水へダイブした。

 これで、少し時間が稼げる。

 猫が接近してくる。その爪による攻撃を数度回避し、すれ違い様に腹を全力で殴りつけた。ビーストの身体がやすやすと吹っ飛ぶ。この強化スーツあってこそだ。桂木の整備のお陰と言うのもある。あの野郎は、何だかんだで俺が使いやすいようにと工夫してくれているんだ。例えば、まだスーツを使いこなせていない俺がシンプルに闘えるように、身軽さよりは純粋な打撃の機能を重視してスーツを改造している。

 後方へ視線を向ける。半魚人がもう起き上がっていた。そちらに向かって地面を蹴る。

 背中のブースターを使った。一瞬で加速する。いつも以上だった。こいつが井出さんの言っていたノズルの出力を上げた成果なんだろう。

 肘鉄を半魚人に叩き込む。よろめいたその胴体に、続けて数発。とどめに一発、蹴りを打ち込む。

 息を整える。そうだ。こうやって闘っていけばいい。一度に両方を相手にしようとするからやられるんだ。

 背後から水が飛沫を上げる音が聞こえてきた。猫のビーストだ。

 ブースターを機動させた。圧の噴射で水を弾き飛ばす。猫との間に水の壁を作り、一瞬、ビーストの視界から俺を消す。こちらはサーモグラフィーを使用してるから、ビーストの存在が確認できる。

 猫のビーストの動きが止まった。

 右拳にエネルギーを送り込んだ。そして、反転と同時に猫へ向けて一気に加速。飛沫の壁を貫いて、猫のビーストへと迫る。

 俺に気がついた猫のビーストは対処しようと反応を見せるが、それよりも俺の方が早い。

 猫の胸部に拳を叩き込んだ。轟音を立て、猫の身体が吹っ飛ぶ。三十メートル先の壁に激突し、そして爆発した。

 桂木が言う所の必殺技だ。そう何度も使えるわけじゃない。フルパワーで使うのは一回の出撃で三度が限界だ。そう考えるとやっぱり、源さんが複数の敵を相手にしなくちゃいけなかったってのは相当やばかった事だ。

 次は半魚人だ。

 俺はブースターを加速させ、半魚人に肉迫する。

 半魚人が身を屈め、その身体を水面へと隠した。そして突っ込んでくる。

 俺は跳躍し、ブースターをうまく使って水面の僅かに上を飛びぬけた。突進を回避し、着地。即座に半魚人を追う。水中では横幅の狭い通路だと上手く方向転換ができないのだろう。そのまま半魚人は逃げていく。

「待てよ! 」

 言っても待つわけなんてないが、俺は叫んでいた。

 膝まで下水につかる。そして、ブースターを全速力で吹かした。逃げる半魚人に迫りながら、今度は右足にエネルギーをためる。

 半魚人が水中から飛び出した。逃げ切れないと判断したんだろう。振り向き様に、口から何かの塊を発射してきた。身体を左右に避けてそれを回避し、右足を振りかぶる。

 半魚人はそれを避ける。行き場を失ったエネルギーが、下水の床に叩きつけられる。だが、床は多少くぼんだだけだった。飛沫はそこまで上がらない。そうなるように調整したんだ。

 着地と同時に、攻撃を回避したと思い込んでいる半魚人の身体を掴む。左手には既に十分なエネルギーが溜まっていた。本命はこっちだ。

 半魚人の腹に左拳を打ち据える。膨大な量のエネルギーが半漁人の身体に送り込まれ、爆発した。

 やった……のか……。

《新たにビーストが出現しました。装着者、早瀬正輝は至急補給受け、再度出撃してください》

 間髪いれず、通信が聞こえてくる。どうやらビーストは休む間を与えてくれないらしい。

「……了解」

 荒い息のまま、俺は走り出す。


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