7 整備室、同僚、スーツ装着。
更衣室でインナーに着替え、整備室に向かった。インナーは手と足以外を、完全に被っている。手首の先、足首までぴっちりと。競泳水着をさらにフィットさせたみたいな感じだ。ちょっと、うろつくには恥ずかしい格好だと思う。
お世辞にも広いとは言えない通路を歩いていく。乃木さんは先に着替えを終えて整備室に行っていた。源さんは俺たちが更衣室に入るのとほぼ同時に整備室へ向かっていた。
整備室のドアの前でIDカードを翳す。機械がカードの中のICチップを認識し、ドアが横へとスライドした。
「ややっ、早瀬君じゃないですか。遅かったですね。さぼったのかと思いましたよ? 」
部屋に入るなり声をかけてきたのは、つなぎを着た女だ。名前を桂木瑞穂という。瑞穂とかいう可愛い名前をしているが、ただのメカオタクだ。化粧なんかしたことないだろうし、現に見たことがなかった。髪の毛はボサボサ。ゴムか何かで後ろにまとめてポニーテールのようにしているが、オシャレのためにやっているわけではない。確実に。
部屋の中は薄暗い。所狭しと何かの機械もしくは配線が積まれている。
桂木は小規模な町工場を経営していた父親の影響を受け、物心ついた頃には既に機械いじりを始めていたらしい。中学、高校の間にラジオ大賞やロボットコンテストに応募したりして、その殆どで金賞をとっていた。それだけの実績を持っているため、高校を卒業した時はいくつもの有名企業から声が掛かっていたみたいだ。外国の大学からの推薦の話もあったらしい。
で、どうしようかと迷っている間に政府の人間にスカウトされたそうだ。なんで承諾したのかと言えばどうということはない、世間にも公表されていないような最新技術を扱っているから、だ。ようするに、桂木は機械をいじる事ができればそれで幸せなのだ。それが、こいつの生きる目的なんだ。
ちなみに、俺と桂木は同い年でもある。
「サボるわけねーだろ。勝手なこと抜かすな」
「そうですか? まあ、そのへんはどうでもいいです。メンテは終わってるんで、早くこっちきてください」
「へいへい」
平均年齢が高いこの施設の中で、俺と歳が近いのはこいつと乃木さんくらいだ。スーツの整備班ということもあって顔をあわせる機会も多く、必然的に仲も良くなる。
「お、坊主。やっと来たか。少しばかりノズルの出力上げておいたぞ」
声をかけて着たのは同じく整備班の井出さんだ。整備班のチーフを任されていて、年齢はたしか六十を超えていたはずだ。顔にはシワがあるし白髪もあるし、でも、活力に満ち溢れている。
「マジっすか? まだ俺には早いんじゃないですか、その仕様」
「調節がちょっと面倒になったが、その辺はOSがサポートしてくれるから問題ねぇだろ。もう坊主もここに来て一年になるんだ。いい加減に色々と段階上げていかなきゃな」
「そりゃあそうですけど」
「はいはい、おしゃべりはその辺にしといて。おやっさんも、早瀬君はこれから装着なんだから。そんなに喋りこもうとしないでくださいよ。正直邪魔ですよ」
「なんだとコラ。おい、瑞穂! 」
「早瀬君、ほら早くこっちこっち」
井出さんは整備班の人たちにおやっさんと呼ばれている。職人気質で面倒見のいいところなんか、まさに下町のおやっさんだ。
桂木は井出さんのことをしょっちゅうからかっているが、技術的な面では尊敬している。実際、なんだかんだ言って井出さんの言うことは素直に聞くんだ。口では嫌なフリをするが、ちゃんと言われたことはやる。
部屋の奥は三畳ほどの広さのボックスが三つある。その内のひとつに入った。鉄製で固定された背もたれのないイスが、部屋の真ん中に一つある。天井からロープで吊るされているのはスーツの両腕部だ。床には脚部の装甲が転がっている。壁には予備のスーツの部品が収納されていて、部屋の角にはヘルメットが転がっていた。
「……相変わらず、雑な扱いしてるな」
もう少し整理はできないのか、と半ばうんざりする。俺のスーツのメンテ及びボックスの担当は桂木だ。一応、自分で使った後は部位ごとにしっかり分けて片付けているんだが、こいつがメンテした後だとこんな感じで乱雑にばら撒かれているんだ。
「これは雑なように見えて、計算しつくされた配置なんですよ。例えばホラ、なんか適当な部位を言ってください」
「……じゃあ、ヘルメット」
俺の声を聞くと同時に、一切迷うことなく桂木が動いた。部屋の隅に転がっていた赤いヘルメットを取り出し、俺に投げてくる。
「ほい。これですね」
憎たらしいくらいのドヤ顔をして、ふふん、と鼻を鳴らしやがった。
くそ、こいつ。
「じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいましょう」
俺は足元にヘルメットを置いて、鉄のイスに座った。
「ぐへへ……やっぱり一年前と比べて身体付きよくなりましたねー」
ロープで吊るされていた右腕部分を手に取り、桂木はそれを俺の腕部へと装着していく。口元は不気味に笑っていた。
「気持ち悪りぃぞ、桂木」
「いやいや。素直に早瀬君の成長を喜んでいたんですよ」
「お前がそんな奴かよ」
「心外ですねぇ。私だって、たまには人間に興味持ったりもするんですよ? 」
両腕と両足部分の装着が終わった。次は腰から下、太股辺りまでの部分だ。
俺は何も言わずに立ち上がる。桂木はその手に腰部分の部品を持っている。
スーツの総重量は二十キロを超えているだろうか。無茶苦茶に重い。まだスーツを起動させてもいないから、強化スーツゆえの補助を受ける事もできない。一年前、初めて装着した時の事を思い出す。手があがらないわ、立てないわで、全てのパーツを装着するのに三十分くらいは掛かっていた。俺が準備を終えた頃には、源さんたちがもう敵を倒していたんだ。
今ではちゃんとスーツの重さに耐える事ができる。日々のトレーニングの賜物だ。そういうことを考えたら確かに筋肉は増えたし、身体付きもよくなっている。
「ま、私の本命はメカですけどね。そこは例え早瀬君でも譲れません」
「勝つ気なんてさらさらねぇけどな? お前みたいなメカオタク、こっちからお断りだって」
「酷い言い草です。私だってまだ二十歳のうら若き乙女なんですから、もうちょっとデリケートにあつかってくれてもいいじゃないですか」
「メカの調整の為なら三日三晩飲まず食わず、しかも不眠不休でいられるやつを、乙女とはよばねぇんだよ」
「女は変わったところがある方が魅力的ですよ。無個性よりは個性です。おやっさんが言ってました」
「お前の場合は変わり過ぎだっての」
下半身に全ての部品が取り付けられ、そして胴体部分までの装着が終わった。後はヘルメットと、コアにあたる石だけだ。
俺の真後ろの壁側、そこにIDカードを翳す装置がある。桂木はそれに自らのカードを認証させ、淡く光る石を手に取った。スーツのコアだ。
ほぼ全ての乱雑に扱っている桂木も、それだけは大切に保管している。扱う手つきも慎重だ。
「一体なんなんだろうな、これ。適正とか関係あるのって、こいつのせいなんだろ?たかが石のくせにさ」
ここまでやってきて、この石に関する詳しい説明をされた事がなかった。源さんは政府の開発したエネルギー媒体とか言っていたし、科学者たちは数十年前に開発された兵器だと言っていた。井出さんは錬金術の賜物、と冗談半分で笑いながら言っていた。
ようするに、みんな言っている事がバラバラなんだ。本当の事を教えてくれない。
この石の仕組みなんてどうでもいいんだが、けどほんの少しくらいは気になる。
「さあ。私はあんまり興味ないですね。とりあえず、これのエネルギーを基にしてスーツが動いているって事くらいはわかりますけど」
「いつもスーツの整備やってんだろ? その、他になんかわかんないのかよ」
「コア部分の改良と整備は殆どおやっさん一人でやってますからね。ベテランの人たちならちょっとはわかるかもしれませんが。私はエネルギー効率のシステムと駆動系、後はスラスターっていう、従来のメカの機能を発展させた部分が主なので。コアを使っているこのスーツにしかないような機能、例えば必殺技みたいなエネルギーを直接ぶつけるパンチとかキックとか、その辺のシステムは私の管轄じゃないんですよ」
「全くわからないってことか」
「ま、そういうことになりますね……はい、装着終わりました」
スーツが低い唸りを上げる。数秒後、身体が一気に軽くなった。強化スーツが起動したんだ。
「わからなくても、大して問題もないのです。私はメカさえいじれればそれで。一応、今度暇があったら、おやっさんに聞いてみますけど」
「そうか。そうしてもらえると助かるよ」
俺は足元のヘルメットを拾い、それを頭に装着する。
装着した直後は真っ暗だった視界が、一気に明るくなる。目の前には桂木が立っているのが見えた。相変わらず色気なんてないような格好だ。まだ若いからなんとかなっているが、歳をとったらこいつはどうなっちまうんだろう。元はそんな悪いわけなんじゃないんだから、もうちょっと身の回りに気を使えばいいのに。こいつに言っても無駄だろうけど。
「お仕事頑張ってください。できればスーツを壊さないように」
「……いつも、スーツは壊してねぇよ」
「そうでした。早瀬君が壊してるのは下水でしたね。損害賠償、そろそろ請求されるんじゃないですか? 」
「問題ないんじゃねぇかな。多分……」
一ヶ月に一回までなら公共施設の破壊は黙認される。けど、今回はそれに対する被害が大きい。オリジナルとかいう奴を逃がしてしまったんだ。その辺を考慮されて、ペナルティが増えるかもしれない。
父さんの残してくれた貯金を使えばなんとかなる。なんとかなるけれど、でも、できれば父さんの残した金には手を出したくなかった。
「ふーん。何か色々あるみたいですね。今度時間あったら聞きましょうか? 早瀬君のためなら、ちょっとくらい時間裂いてあげてもいいですよ。おやっさんも許してくれるでしょうし」
「まあ、大丈夫だ。悪いな。折角だけど」
むう、と唸るような声をあげ、桂木は俺の胸部を叩いた。
「背負いすぎてもしょうがないですよ。たまには、どこかで毒吐いた方がいいです」
気を使ってくれてるんだ。素直に嬉しいと思う。
けど駄目なんだ。俺一人で抱え込むから、なんとかなっているから。
感情をダムでせき止めてる。たまに溢れる思いはあるけれど、それでもなんとかなっている。どこかに溝をつくって少しでも感情を外に出せば、そこから一気に決壊してしまう。
だから他人には言えない。この感情は俺だけのものだ。
この悩みも苦しみも怒りも悲しみも何もかも、俺が一人で耐え切らなきゃいけない。誰かに漏らせば、俺はそのまま崩れてしまう。
「サンキューな」
俺は一言桂木に告げて、整備室を後にした。