6 会議と敵、秘密事項。
「遅いぞ、正輝」
部屋に入った俺に、源さんが言う。そのすぐ傍には乃木さんもいた。二人ともパイプイスに腰掛けている。
ミーティングルームの中には、俺たちのほかに五名ほどの科学者たちがいる。皆、白衣を着用していた。俺達には一切目もくれず、パソコンを操作して、スクリーンを準備し、トランシーバーで遠くの仲間と連絡をとりあっていた。
「一体なんなんっすか、こんな朝っぱらから」
まだ六時半だ。早朝出勤にしても早すぎる。普段ならどんなに早くても九時くらいなのに。
「大事な話だよ。電話でも言ったろ」
「そんなんじゃ何もわからないっすよ。せめて、何に関係あるかぐらい言ってください」
「敵が動き出したんですよ」
口を開いたのは源さんでもなければ、乃木さんでもない。白衣を着た連中の、その一人だった。名前は確か、福地さんだ。
中年太り気味の、無精髭を生やした人で、たしか源さんと同年代だったと思う。嫌みったらしいところがあって、俺はあまり福地さんが好きじゃなかった。
「敵って、ビーストのことっすか」
「ビーストよりも厄介な相手です」
即座にはその意味を理解できなかった。
福地さんの発言は、ビースト以外にも俺達の敵がいるってことを意味する。
敵がいる? あいつら以外にも? そんなの、聞いたことなかった。
「親玉だよ。あいつらのな」
源さんが厳しい口調で言う。珍しい事だ。
まあ、それも気になるが、もっと気になる事がある。
「初耳っすけど」
「言わなかったからな」
そんな、当然の事のように言われても。
「オリジナル、と私たちは呼んでいます。まあ、詳しい説明はこれから行いますので」
福地さんの言葉と同時に、部屋が暗くなった。スクリーンに青い光が映される。
近くにあったイスに座る。少しして、この街の地図の画像が表れた。
「時間は真夜中の二時。幸い、一般人の目撃者はいませんでした」
福地さんが手に握るパワーポイントの赤い光が、ある地点を示す。
そこは俺の家の近くだった。全く気がつかなかった。
「発見直後、未確認ビーストを下水へと誘導しました。二階堂源がそれに対応、目標をオリジナルと判断しました。データー照合からも間違いではありません」
マンホールに擬態されている捕獲カプセル。そこから伸びるワイヤーでビーストを捕獲し、下水へと送りつけている。オリジナルとやらもそうしたのだろう。
地図は街中のものから、入り組んだ通路のようなものへと切り替わる。この街の下に広がっている、下水道の地図だ。
「戦闘開始から二分後、オリジナルが逃亡を開始しました」
パワーポイントが入り組んだ道を動いていく。けどその道、なんか最近通った覚えがあるような……。
「そして、早瀬正輝が前日に破壊していた地点から離脱」
「あ」
思わず声が出てしまった。
「その後、二階堂源が追うも、複数のビーストが出現。これと交戦状態となります。オリジナルはその間に姿を消しました。それからすぐにビーストも撤退。どうやら目的はオリジナルの逃亡までの時間稼ぎだったようです」
福地さんが何かを言っていたが、あまり耳に入ってこなかった。
やってしまった。最悪だ。俺のヘマのせいだ。オリジナルとやらがどんな奴かはわからないが、逃がしちゃいけなかった相手のはずだ。俺が昨日、下水を破壊してさえいなければ、逃げられなかったはずなのに。まだ今月一回目だからと安心していたが、これだと減給もありうる。
「ここ数ヶ月のビーストの出現間隔が低下していたのは、オリジナルによって指示されていたためだと思われます。戦力の増強を行っていた可能性が高い」
「……戦力の増強……? オリジナルにも、そこまでの知能はなかったはずだが……」
「ある程度の知能を獲得したのだと思われます。二階堂源の報告では言語のようなものを呟いていたそうですから」
乃木さんの質問に福地さんが答える。どうやら、乃木さんもオリジナルとやらを知っているようだ。
「オリジナルは今もなお戦力の増強を続けているのだと思われます。あれが行動を止める理由も今更この街を離れる理由がありませんから」
「今後の対応はどのようにすればいいのでしょうか」
科学者の一人が手を上げて尋ねる。かけているメガネのレンズにスクリーンの光が反射していた。
「オリジナルの所在は掴めていませんが、あれの目標は一つだけです。先手を打つことはできませんが、準備を整え後手に回ることならば可能です。装着者は常時即出撃できるよう、待機。二階堂源のスーツは整備班がメンテナンスを行っています。終わり次第、装着してください。研究班は調査班から情報が入り次第、全て解析。以上です」
部屋が明るくなった。話は終わった、ということなんだろう。
詳しい説明、と言われたがまるで意味がわからなかった。なんとかわかった事と言えば、どうやら俺のせいでオリジナルとやらが逃亡してしまったと言う事ぐらいだ。
「あの、すんません」
そさくさとスクリーンやらなにやらの片づけを始めている科学者たちに向かい、俺は立ち上がって言った。科学者を代表してか、福地さんがこれ以上何か言う必要があるのか、という態度で俺に視線を向ける。
「なんですか?」
「一体なんなんっすか、オリジナルって」
福地さんの顔がしかめられる。何を言ってるんだこいつは、と半ば呆れているようでもあった。
「最初に発見されたビースト。私達が倒さなければならない最終的な目標。君が何と呼んでいるかは知らないけれど、心当たりはあるだろう? 」
「いや、なんのことかさっぱり……」
少しの間があった。場の空気が凍った感じだ。え、なんだこれ。もしかして、聞いちゃいけないことだったのかもしれない。
「……君がオリジナルを知らないのかい?」
「ええ、まあ」
福地さんの声が呆れから驚きに変わる。そんなにまずいことなのか。でも、俺はそのオリジナルっていう名前のビーストの存在を今日知ったばかりだ。これまで、それらしい名前を聞いたことはなかった。
なのに、この周囲の反応は一体なんなんだろう。
福地さんが口を開こうとしたその時。
「お前は知らなくていいことだ」
源さんの声が部屋の中に響いた。源さんがイラだったような仕草で席を立つ。普段の源さんは他愛のない会話と冗談ばかり言うような人なのに。
「お前らも。余計な事を言うな」
本当に、こんな事を言うような人じゃないのだけれど。
最初のビースト。通称オリジナル。
それ以外は全然わからなかった。けど、わかろうがわかるまいが、兎にも角にも、オリジナルという名前の敵が、倒さなければいけない相手だということだけは確かなようだ。