5 起床、早朝出勤。
携帯の着信音で目が覚めた。
――誰だ……?
家の中で携帯電話の着信音がなるっていうのは久しぶりだった。家族との連絡くらいにしか使っていなかった。寂しい二十歳だ。
携帯を開く。
「もしもし」
「やっと繋がったな」
その声の主は源さんだった。
「なんですか、いきなり……」
まだ眠い。まぶたが重い。寝ていたい。欠伸をこらえながら電話を握っていた。
「大事な話があるから、ちょっと顔出せよ」
唐突に源さんが言う。
「顔出せって、どこにですか。まだ朝っすよ?こんな時間から何を話すって言うんですか」
「決まってんだろ。支部にだよ。乃木も呼んでるから。とにかく、お前も早く来いよ。じゃあな」
通話が途切れた。むこうが切ったんだ。言いたいだけ言って、勝手な人だ。今に始まった事じゃないが。
時間を確認すると、まだ朝の六時だった。
いつもの出勤時間までには十分に余裕があるのだが、呼び出されたとあっては仕方がない。
俺はぬくぬくとして居心地のいい布団から這い出し、部屋を出てリビングへと向かう。
「おはよう、兄さん」
「もう起きてたのか」
そこには既に弟の善樹がいた。机に向かい参考書を開いている。その隣には既に書き込まれた計算用紙が数枚、きちんと重ねておかれていた。
「今日は早いね。どうかしたの?」
「たまには俺だって早く起きるさ。お前はちゃんと寝てるのか?」
俺が昨日寝たのは十一時半くらい。その時間になっても、まだ善樹は帰ってきていなかった。そっちはいつもの事だから心配はしていない。だが、こんな朝早くから勉強をしているのは知らなかった。俺はいつも、七時半くらいに起きるからだ。その時は善樹は一通りの学校へ行く準備を終えて朝飯を食べている頃。その前に勉強をしているなんて、知らなかった。
「寝てるよ。毎日四時間くらいは」
その睡眠時間は中学生としてどうなんだろうか。
「無理すんなよ」
なるべく健康な生活を送って欲しい。だが、善樹に何を言っても聞かないだろうと言う事はわかっていた。こいつも美希と同じだ。誰かが頑張るくらいなら、自分が頑張る。そういう奴なんだ。
善樹は塾に行く事だって拒んでいた。そんな金がかかることはしなくていいよ、と言って。
とはいえ塾で誰かに教えてもらえるのと一人でやるのは全然違う。だから俺は半ば無理矢理な形で、善樹を塾に通わせている。
「朝飯、昨日の残りでいいか? 」
俺は冷蔵庫から昨日の晩飯のカレーの残りを取り出した。
「温めるくらいなら僕がやるけど」
「いいって。これくらい、なんでもねぇから」
「でも……」
「ほら、お前は座って待ってろって」
俺は義樹に背を向けて、電子レンジの中にカレーを入れた。
二日間続けてカレー。我が家ではよくあることだ。
母さんが入院している今、食事を作ることができるのは俺しかいない。その俺のレパートリーもたかが知れている。しかも味もよくない。だから、必然的に味がある程度ごまかせるカレーの頻度が増えてしまう。おかずは冷凍食品だ。
俺以上に美希には料理の才能がない。義樹にはそもそも時間がない。加えて、基本的に家に帰ってくるのは俺が一番早い。家に帰って特にすることもないし、必然的に俺が飯を作ってる。
ご飯とカレーをレンジで温め終わり、それを皿によそってテーブルへと運んだ。
「ん、いい匂い」
善樹がシャープペンシルを動かす手を止め、教材を脇へと避けた。
「じゃあ善樹、俺、ちょっと外に出るから。皿は食い終わったら流しに付けといてくれ」
源さんに呼ばれているんだ。本当は俺も朝飯を食いたかったが、そんなにゆっくりしている時間はない。
「こんな朝早くから?どこに?」
「職場だよ。先輩に呼び出されちまったんだ」
「何それ、イジメ?」
「まあ、そんなもん」
俺は適当に返事を返しながら身支度を済ませる。寝癖が少々気になるが仕方がない。施設にはシャワールームがあるし、そこで直せばいいだろう。源さんの用事が終わってからでもいい。まだ朝は早いし、そこまで人目を気にする必要もない。
「ふぅん。わかった。姉ちゃんには僕から言っとくよ」
「悪いな、助かる」
よくできた弟だ。物分りはいいし、我が侭も言わない。思えば善樹は生まれた頃からそうだった。夜中に泣きじゃくる事なんて殆どなかった。やめろと言えばすぐに止めた。反対に、美希は四六時中泣いていたのを覚えている。
「いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
わざわざ善樹が玄関まで見送りに着てくれた。
本当、よくできた弟だ。