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4 帰宅、ほろ酔いしつつ自問自答。

 夜、俺は寝れなくて、ベランダで酒をあおっていた。

 なんというか、俺も大人になったんだなあって思う。オッサンみたいだ。まだ二十歳なのに。

「起きてたんだ」

 声がした。妹の美希(みき)だ。帰ってきたばかりなのだろう。美希の通う、名門私立の制服を着ていた。

「まあな」

 俺は視線だけ向け、返事を返す。

善樹(よしき)は?」

「塾だよ。あと少ししたら帰ってくると思う」

 高校受験を控えた弟の善樹は、毎日夜遅くまで塾に通っている。奨学金を取りたいと言っていた。そこまで頑張らなくてもなんとかしてやれる。助かる事には間違いないんだけど。

「仕事、どうなの」

 ぶっきらぼうな口調だ。けど、美希なりに心配してくれていると言う事はわかっている。

 美希は、というか俺以外は皆、父さんが過労で倒れたんだと思っている。実際、そう説明されたはずだ。父さんとのことがあってせいで、美希は――俺の家族はみんな、ちょっと神経質になっている。俺に対してだけじゃない。全員が全員に対して同じ事を思っている。自分は頑張るくせに、他人の頑張りを恐れている。その結果死んでしまうことが怖いんだ。だから、余計に自分が頑張る。

 俺だって、そうなのかもしれない。

 一年、美希は学校を辞めて、働くと言い出した。それを無理矢理言いくるめたのは、俺だ。俺には手段があった。俺を犠牲にさえすれば、それで全てが解決する。

「まあ、ぼちぼちだな」

「ごまかさないでくんない?」

 冷蔵庫を開けながら美希が呟くように言う。

「大丈夫だ。まだ若いんだから。心配すんなよ」

「でもさ」

「いいから任せとけって。俺は兄貴なんだぜ。アテにしてろ」

 酒を一気に飲み干した。そうしたい気分だった。

 俺がやるしかないんだ。

 父さんは死んだ。母さんは病院だ。妹の美希も弟の善樹も、金を稼ぐには若すぎる。俺だって若いが、だけど俺には大金を手に入れるだけの手段がある。

 だから闘ってる。気乗りもしないのに身体を鍛えて、やりたくもないのに下水に両足つっこんで、そうでもしなきゃ、金は稼げない。

「……少しは気をつけてよね。父さんみたいになったら、みんな悲しむから」

 俺のすぐ後ろに美希が立っていた。片手には空のコップが握られている。

「ああ、大丈夫だ。問題ねぇよ。だからさ、お前はさっさと寝ちまえよ。肌に悪いんだろ。夜更かしするとさ」

「まだ十一時だけど」

「どうせ今日も長電話でもするんだろうが。さっさと寝るつもりでいろっての」

 美希が真夜中に一時間以上の通話をするというのは当たり前のことだ。別にそれに関してとがめるつもりはない。高校生なんてそんなものだ。

「わかったわよ。アンタも、さっさと寝なさいよ」

 そう吐き捨て、美希は台所に向かっていく。浄水器の水をコップに注いでいるのだろう。うちにはあまりジュース類のものはない。飲み物と言えば、牛乳と酒くらいだ。

 美希はもう何も言わなかった。俺も何も言わなかった。

 酒をもう一度煽ろうとして、中身が空だということに気がついた。

 夜風が身に染みた。もう四月だというのに。

「そうだよ、やんなきゃならねぇんだよ……」

 俺は空のスチール缶をきつく握り締めた。

 母さんの入院費はもちろんのこと、美希や善樹の学費も馬鹿にならない。今年、善樹は高校受験を迎える。塾にいかせてやるのにも、金はかかる。来年は美希が大学受験だ。受験料が足りなくて、滑り止めを受ける事すらできないなんて、そんな状況にしてやりたくない。

 だから俺は闘う。それ以外の理由なんてない。やりがいなんて感じない。

 元々、運動なんて好きじゃないし、格闘なんてもっと好きじゃない。むしろ嫌いだ。それでもそうしないわけにはいかない。

 なあ、父さん。どうして父さんはこんな仕事をやってたんだ?

 来る日も来る日もバケモノがやってくる。街を守ったって誰かに賞賛されるわけじゃない。給料が良いだけだ。

 そんなのは嫌だ。このまま終わりたくない。

 金を稼ぐ為だけに働いて。金を稼ぐ為に生きたとして。その結果何が残るのだろう。

 なあ、父さん。教えてくれよ。どうして父さんは、こんな仕事を続けてたんだ?

 源さんは昔、父さんはみんなのために闘っていたと言った。見ず知らずの誰かを守る為に、こんなことをずっと続けてたってたってのか。それが、父さんのやりたかったことなのか?

 俺は違う。

 俺にだって人並みに夢はあった。建築の仕事につきたかった。こんな仕事、本当はやりたくなかった。でもこうしなければ生きていけない。このヒーロー紛いのことをつづけなくちゃならない。

 父さんの生き方を否定する気じゃない。でも、これは俺がやりたいことじゃないんだ。

 そうして、言い訳のように、この境遇を呪っている。

 どうしてこうなったのか。

 どうしてこんなことを続けなくちゃいけなかったのか。

 どうして父さんは死んだのか。

 どうして父さんはこんな仕事なんてやってたのか。

 ――クソッタレのゴミ野郎だな、俺は。

 父さんがこの仕事をやっていたのは、単純に父さんの欲求の為だけじゃないはずだ。俺たちを食わせるためにも働いていたはずだ。

 それなのに俺は、父さんがヒーロー紛いの仕事なんてやってなければ、と思っている。

 嫌いだ。こんな俺は嫌いだ。

 生きる為に金を稼いで、皆で生きていくのが目的だったはずだ。金を稼ぐのは手段に過ぎかったはずなんだ。

 けれどそれは目的にすり替わっている。

 何をするにしたって、あの仕事が邪魔をする。何処か遊びに行く事なんてできないし、友達と遊べる事も少ない。金を稼ぐ以外、他にやる事がない。趣味をつくってしまえばいいのかもしれないが、けどそれって、俺が本当にやりたかったことじゃないんだ。

 いつしか、金を稼ぐ事以外に目的がなくなっていた。

 母さんには早くよくなって欲しいし、美希や善樹には大学に行って欲しい。けど、俺自身に対する目標がない。金を稼ぐ意外にすることがない。


 俺は今、何をして、何のために生きているのだろう。

 俺にはその答えがない。そんな俺も、俺は嫌いだ。

 目的もなく、金を稼ぐために生きる? そんなの、馬鹿馬鹿しすぎるじゃないか。


 ――酔っているのかもな。

 そんなに酒は飲んでいないし、俺は酒に弱くない。

 けど、そう思うことにした。そうしなければやっていけそうになかった。

 


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