3 回想、至急新人求む。
あの時の事を思い出す。父さんの葬式の、あの日のことだ。
「お悔やみ申し上げます」
喪服を着た男が、俺達に深々と頭を下げた。母さんは丁寧にお辞儀を返す。俺もそれにならった。妹の美希と弟の善樹も続く。それが何度目の行為かは、もう数えていない。
父さんが死んだのは突然だった。何の前触れもなく、ある日いきなり逝ってしまった。
俺がそれを聞いたのは昼間の大学だった。学食でカツカレーうどん定食を食っている時のことだった。俺は校内放送で事務に呼び出された。特に心あたりもなかった俺は、一気に定食を掻き込んで、それから事務へと向かった。どうせ大した用事じゃないだろう、と思っていた。そしたらだ。事務で受け取った受話器からは、機械的で感情なんて篭ってないような声が「あなたのお父さんが亡くなりました」と告げてきたんだ。
突然すぎて、訳がわからなかった。
死因は過労死。電話越しに、そう言っていた。
父さんは市役所で働く、公務員だった。土曜日も日曜も祝日も仕事に出ていた。かと言って仕事にしか興味がないというわけでもなく、俺がまだ小さかった頃、休みを取ってテーマパークに連れて行ってくれたりもした。俺や母さん、美希や善樹の誕生日は絶対に祝ってくれた。いい、父さんだった。
その父さんが、死んだ。
葬式はあっさりと終わった。
半ば放心状態だったから、具体的に何をしてたかなんてロクに覚えていない。
葬式が終わって、火葬も済んで、俺は親類の叔父さんに言われるがまま、料亭の手配をしていた。どうして葬式が終わったあとに、料亭なんか行かなくちゃいけないのか、俺にはわからない。
そういう慣わしなんだという事はわかるが、どうして皆、そんな気になれるんだろうか?
母さんは無理して笑顔を作ってる。けど俺は、明るい顔なんてできそうになかった。
「早瀬正輝君かい? 」
予約していた料亭への連絡を終えた俺に、その人は尋ねてきた。
「あなたは? 」
「俺は二階堂源。君のお父さんには、よくしてもらっていた。君にだけ、話しておきたいことがある」
場所を変えようか、と男、つまり源さんは駐車場に向かっていく。俺は不信感を抱きつつも、ついていった。
「君のお父さんのやっていたことについてだ」
源さんはあたりに人がいないことを確認すると、俺に向かって語りだした。
父さんの本当の仕事について。
「なんなんですか、それ」
訳がわからなかった。
だって信じられるか? 俺の父さんが、普通の父親だった父さんが、謎の怪物達と闘っていたなんて。
この街には怪物が現れる。
そういえば、そんな都市伝説を聞いたことがあった。でもそんなの嘘だとしか思えなかったし、信じてもいなかった。
でも、目の前の男はそれが真実だという。
「君のお父さんは、人知れず町の平和を守っていたんだよ」
父さんが怪物退治の仕事を始めたのは、二十四年前だという。
その数年前から日本各地に現れるようになった怪物たち。政府はなんとか情報操作をして存在をもみ消していたらしい。
「そして次第に、情報操作だけでは抑えきれないほどにまで被害は拡大してしまったんだ」
だからその対策として、政府は対策本部を立ち上げた。一般人に知られず、化け物達を倒せるように。
都市部なら必ずある地下空間――下水に化け物たちを誘導し、強化スーツを着てそれを殲滅する。
父さんはその装着者として選ばれた。スーツには適正があるらしい。スーツのシステムが神経と接続する際に、適性がなければ人格が壊れてしまうらしい。父さんにはその条件をクリアしていたというわけだ。
父さんはその提案を呑んだ。そして、化け物たちを倒すヒーローになったというわけだ。
馬鹿馬鹿しい。冗談にもほどがある。
「そして、三日前。君のお父さんは、化け物たちに殺された」
「ふざけてるんですか? 」
「信じられないだろうが、本当の事だ」
その日会ったばかりの、体格のいい厳つい男はそう言った。
「俺の責任だ。俺がもっとうまくやれていたら、きっと光輝さんは死ななかった」
なんだよそれ。わっけわかんねぇんだよ。そんなんで、父さんは死んだってのかよ。
今まで何も知らなかった。いや、知るわけなかったんだ。父さんはずっと隠してきたんだ。でも、なんでなんだよ。
「光輝さんはいい人だった。正義感が強く、いつもみんなのために戦っていた。あの日も、襲われている民間人を助けようとして、それで……」
正義感が強くて? みんなのために? そんなんで死んだってのかよ。
「これが真実だ」
全てを否定したかった。だが、それが本当の事なのだという。たちの悪い冗談だとは思えない。
「一緒に俺たちと闘ってくれないか。光輝さんの後を継いでくれ」
男は一枚の紙切れを差し出してきた。
「これは俺の携帯の電話番号だ。気が向いたらでいい」
そういって、源さんは俺の前から去っていった。
――捨ててやろうか、こんなの。
俺は気に入らなかった。俺の知らない所で、思いもしないようなこと動いて、そのせいで父さんが死んだ。
ぐちゃぐちゃにしてやりたかった。全部否定してやりたかった。
けど、できなかった。
俺にはそれが必要だったから。
数日後、俺は源さんに電話をかけた。
父さんの遺志を継ぎたいとか、俺が街を守ってやるっていう、立派な決意や正義感なんてのが理由じゃない。
ただ一つだけ。金の為に、だ。
俺の家は、父さんの収入で成り立っていた。母さんも昔は働いていたらしいが、元々病弱だったせいか、数年前から入退院を繰り返している。とてもじゃないが、働けない。高校生の妹や中学生の弟はなおさら、働けるわけがない。
大学生の俺は、バイトをして多少は家に貢献することができる。でも、そんな端金で生きていけない。俺と妹たち、合計で三人分の学費を払わなくちゃいけない。母さんの病院代も払わなくちゃいけない。ガスも水道代も電気代もはらわなくちゃいけない。
俺には金が必要だった。それ以外に理由なんてない。
金のために、金のために、金のために……。
毎日義務付けられたトレーニングを行い、ビーストと呼ばれる怪物たちを倒す為に下水で闘う。休日なんてない。常に呼び出しに応じれるようにしなければいけない。泊まりの遠出をするには、年二回のみ許されている有給を使うしかない。
大学を中退した直後には友人からも遊びの連絡があった。だが、その殆どを断らなければならなかった。結果、連絡は途絶えていった。
俺はどんどん一人になっていく。
源さんや乃木さんとどんなに仲良くなっても、むしろそうなればなるほど、周囲の人が離れていく。家族ともなにかが少しずれていく。
金は手にはいる。月四十万もの大金だ。けど、代わりに大切な何かが欠けてゆく。