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20 全てが終わって。

 俺は「営業」に出る。業績次第で給料は上下する。ミスは許されない。現実は厳しいんだ。

 狭い部屋で、俺は相手と対峙している。心臓が強く跳ね上がっている。緊張しているんだ。

 相手は丸々と太った豚のようだ。こちらを舐めきっているんだろう。ニヤついているようにも見えた。

 落ち着け、俺。冷静になれ、俺。そうすれば、なんてことはないんだから。

「それでは、弊社のこの商品ですが――」


 

 あれから半年がたった。

 オリジナルは完全に消滅した。ビーストは全て殲滅した。エリクサーは全て破壊され、あのスーツは凍結された。

 終わったんだ。何もかも。

 エリクサーに自分の命を吸わせた代償か、あれから二週間、俺は寝たきりだった。なんとか日常生活ができるようになるまで、さらに二週間。リハビリの甲斐があって、今ではこうして会社でせっせと働いている。

 あの施設は全て埋められた。証拠を残さない為にだ。病院でオリジナルを目撃した人々にはそれぞれ、記憶の改ざんがなされた。美希や善樹、母さんも同様に。だからあの三人は、あのときのことを覚えていない。

 源さん達とは離れ離れになった。ビーストが出なくなったんだ。もう、あの組織は必要ない。

 生活費の問題はある程度解決された。毎月、政府から援助金を貰っている。その金を当てれば、なんとか美希や善樹の授業料、母さんの入院費を賄えそうだ。福地さんが口ぞえしてくれたらしい。なんだかんだ言って、あの人はいい人だ。

 それで、俺はどうなったかというと。

「おい、新入り。このプリントをシュレッダーにかけてこい」

「あ、はい。わかりました」

「あ、はい、じゃねぇよ。一言余計なんだよ。はい、だろ?」

「はい、すいません」

 都市部の一企業に就職していた。

 俺は先輩からプリントの束を貰い、シュレッダーに向かう。

 簡潔に言おう。俺は天下りをした。

 政府からの金には手を付けたくなかった。あれは俺だけの金じゃない。父さんが闘って、犠牲になって、そうして手に入った金なんだ。その金を使って食い散らかして、そんなことはしたくなかった。

 で、源さんに相談してみた所、政府のちょっと黒い力で俺を会社に就職させてくれたというわけだ。世間的には転職した、ということになっている。あながち間違いではないが、再就職、と言ったほうが正しいかもしれない。

 職場環境は……正直、いいとは言えなかった。さっきのように、先輩の態度は妙に高圧的だし、忙しくて仕方がない。営業もそんなに上手く行くわけじゃない。ただ、土日には暇ができた。そこは素直に嬉しいと思う。

 俺は実家を出て、都心から少し離れた所に安いボロアパートを借りた。今はそこで一人暮しをしている。

 この生活が満ち足りているかと言われれば、そうでもない。あの高収入が懐かしく思えてくる時もある。

 でも、それでも、俺は今の生活に不満はなかった。



 ボロアパートに帰れば一人だ。部屋の中は若干暖かい。少し前までは蒸し暑かった。季節は夏から秋へ変わりつつある。もう、十月だ。

 疲れた。滅茶苦茶疲れた。

 俺は缶ビールを入れたビニール袋をちゃぶ台の上に置き、窓際に敷きっぱなしの布団に倒れこむ。そのまま、寝てしまいそうだった。

 今の生活が寂しくないわけじゃない。こんなことを言うのも情けないような気がするが、今まで家族と一緒にくらしていたんだ。急に独りになって、それなりに思うところはある。

 けどまあ、俺だっていい年した大人だ。

 身体を起し、台所に向かう。台所といっても、大層な部屋ではない。というか、この家に部屋はひとつしかない。玄関があって、靴を脱ぐ場所があって、六畳の部屋と、あとは押入れと申し訳なさそうに小さな台所がついているだけだ。

 冷蔵庫の中を開けて食材を漁る。ろくなものがない。なべで作る、インスタントラーメンとか、酒とか、そんなもんだ。

「まあ、しゃーねぇよなぁ」

 独り言を呟き、インスタントラーメンを一食分、取り出した。鍋に水を入れてガスコンロに火をつける。その上に鍋を置く。数分間待てば、沸騰するだろう。

 インターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうか。

 ボロアパートなだけあって、前に済んでいたところのように、インターホンにカメラ機能がついているわけではない。ドアの前ののぞき穴で確認するまでは、相手が誰なのか、わからない。

 鍋をそのままにして、玄関まで歩く。廊下なんてない。すぐについてしまう。

 のぞき穴を確認する。しかし、誰もいなかった。イタズラか?

 念のため、ドアを開ける。

 人の姿は見えなかった。こんな時間に暇な奴だな、さっさと帰って寝てろよ――そう思いながらドアを閉めようとしたその時。

「よう、久しぶりだなぁ!」

 ドアの裏側、丁度俺からは見えなくなっている場所から、顔が飛び出してきた。

 俺はビックリして、後ずさりしてしまう。

「え、ちょ、ま」

 ドアはそのまま閉まっていった。鍵を閉めようかと迷っていると、向こう側からドアが開けられる。

「おいおい、ずいぶんすぎる挨拶じゃねぇか?なんかさ、ちょっとは喜んでくれよ。寂しいじゃねぇか」

 そこにいたのは源さんだった。乃木さんもいる。二人とも、手に巨大なビニール袋を引っさげていた。なにかの食材だろうか。袋がパンパンに膨らんでいる。

「そうですね。お久しぶりです」

 二人に会ったのは二ヶ月ぶりだった。適当に集まって飲み明かした時以来だ。

「なんだその口調。ガチガチに固まってんな。いっつも『~っすよ』とか言ってたくせにさぁ」

「職場の先輩に教育されたんですよ。舐めてんのかよ、とか言われて」

「……大変みたいだな、お前は……」

「ええ、まあ。それより、お二人はどうしてこんな時間に?」

 俺は二人を部屋の中に招待し、尋ねる。

 途中、源さんが「うわ、何だこの部屋。男くせェ!」とか言っていたが、無視することにした。

「どうしたもこうしたもねぇよ。あとその敬語、気持ち悪いから止めろ」

「そうですか? 」

「そうだよ。気持ち悪いって。どんだけ敬ってんだって話。お前は、『~っすよ』くらいでいいんだよ」

「……んじゃ、そうするっすけど」

 正直、こっちの方が気楽だった。職場で使っている言葉は息が詰まる。

「で、二人はどうして来たんっすか? 何か言ってくれれば、それなりになにか用意したんっすけど」

「……それでは、意味がないからな……」

 乃木さんが相変わらずの声で呟く。乃木さんも今は普通に働いている。休日は社会人サッカーに興じいているらしい。

 源さんだってそうだ。相変わらず筋肉質なこの中年男性に営業にこられたら、相手はビビってしまうと思うのだが。

「今日お前、誕生日だったろ」

「あ」

 源さんの言葉で思い出す。そういえばそうだった。完全に忘れてた。

「それにしてもなぁ、誕生日だってのに一人かよ。仕事終わったら一直線に家だしさぁ。途中でコンビニ寄ってたけど。彼女とかできねーの、お前。せっかく尾行したのに、なんも面白いことなくてがっかりだったよ。せめてエロ本買うとかさぁ、それくらいしてくれりゃよかったのによ」

 尾行してたって、おい。しかも彼女できないとか、そんな事言われてしまって。

「そ、そんなこと言ったら乃木さんだって」

「……すまない、早瀬……俺はもう、彼女できたんだ……」

「マジっすか?それ」

「……ああ、マジだ……」

 何てことだ。乃木さんに彼女がいないことは俺の中で心の支えになっていたのに。

 そりゃあ、乃木さんくらいかっこよければ彼女ができないのはおかしい。ってことは、この中でまだ付き合ったことないのは俺だけか?

 源さんには可愛い奥さんが。乃木さんにはきっと、堅物な乃木さんを落としたくらいの、超美人、もしくは最高に性格のいい彼女が。

 で、俺は彼女いない歴二十一年?

「なんか、すげえ悲しくなったんですけど」

「はは、気にすんなって。とにかくよ、俺らがお前の誕生日、祝ってやるから」

 源さんがビニール袋の中から長ネギを取り出した。よく見てみれば、ガスコンロなんかも持ってきている。鍋でもするつもりらしい。

「じゃあ、ごちになってもいいっすか?」

「あ、ちなみに一人三千円だから」

 金取るのかよ。なんだよそれ。

「そのかわり、このガスコンロは誕生日プレゼントとしてお前にやる」

「そんな、一人暮しでガスコンロもってたって傷つくだけっすよ!つかわねーし!」

「……そのプレゼントを選んだのは俺だ……」

「そーいうこと!だから大事にしろよ。俺からはこのネギをくれてやろう。後は全部、割り勘だから」

 長ネギって、そんな、微妙な誕生日プレゼントもらっても。

 そう思いつつ、何だかんだで嬉しかった。

 二人とも、俺の誕生日を覚えててくれたんだ。

「姉ちゃん、鍵開いてるよ」

「何なのあいつ、無用心じゃん。こんなんで一人暮ししてて大丈夫なの?」

 玄関の方から声がした。程なくして、美希と善樹、そして母さんがやってくる。

「あれ、兄貴。一人じゃなかったんだ」

 そんな憎まれ口を叩くのは誰か決まってる。美希だ。

「ねえ、兄ちゃん。彼女できたの?教えてよ」

 善樹まで彼女ネタかよ。ふざけんなって。

「あ、どうもご無沙汰してます」

 源さんが母さんに向かって挨拶をしていた。表向き、俺の転職を斡旋したのは源さんということになっている。

「その節はどうも……」

 大人のやり取りを繰り返す二人を尻目に、乃木さんが黙々と一人でガスコンロをセットしていた。

「俺、代わりにやるっすよ」

 そう言った直後、再びドアが開いた。

「早瀬君、おじゃましますよっと。あ、沢山人がきてますね。二人でラブラブ状態かと思ったのに」

 アホなことを言いながらやってきたのは桂木だった。

「お、嬢ちゃんも来たのかよ。なんだ、もしかして通い妻か? 」

 お久しぶりです、と前置きしてから桂木は身体をくねらせる。

「そんなこと言われたら照れちゃいますよぉ、二階堂さん。彼ったら強引で、『毎日俺の世話をしに来い』って言ってきかなくて」

「おい、事実を捏造すんなってんだよ」

「でも私、この間も早瀬君とデートしましたよ?」

「兄貴、それ本当なの?ついに女っけのない兄貴に、彼女が……」

「わあ、おめでとう、兄ちゃん」

「違ぇよ! こいつが酒飲みてぇっつうから仕方なく」

「それってデートなんじゃねぇか? オジサン、嬉しくて泣きそうだよ」

「正輝、彼女は大切にしなさないね」

「きゃー、これで家族公認ですね! 」

「テメェはいい加減にしろって。母さんまで何言ってんだよ。大体よ、あの時飲みに行ったのだってすっげえ久しぶりで」

「……よし、終わった……あとは鍋だ……」

「おーい、坊主ぅ。来たぞぉ」

 なんか、一気に騒がしくなった。

 井出さんたちまで混ざって、部屋が飽和状態を迎えようとしている。

 


 俺の闘いは終わった。

 それでも俺は、生き続けている。父さんを殺して、それでも生きているんだ。

 俺は何のために産まれて、何をして生きているのだろう。

 まだその答えは見つかっていない。

 けど、いつか必ず見つかる。父さんが信念を持っていたように。

 諦めず、走り続けていれば。甘えず、覚悟を持っていれば。

 だから今は、このドンチャン騒ぎを楽しもう。



 了  





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