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19 満身創痍、殴りあい、命の輝き。

 なあ、父さん。

 俺は親不孝者なんだろうな。

 俺のエゴで、父さんを殺そうとしているんだ。

 覚悟とかなんだと言って、父さんを切り捨てようとしているんだ。

 やっぱり、こんな事間違ってるよな。

 でも、決めたんだ。

 どうしてこうなっちまった?どこから狂っちまったんだ?俺達は、何にも悪くないはずなのに。

 なあ、父さん。俺はやっぱり、こんな世の中は嫌いだ。

 何にもかもが滅茶苦茶で、何もかもが理不尽で。何もかもが急かされて、何もかもが強制されて。

 でも俺は、こんなクソッタレな世界で答えを見つけようって決めたんだ。

 だから俺は、父さんをこの手で……

 


 荒い呼吸で肩が上下する。胸が強く膨らみ、しぼんでいく。心臓はその音が聞こえそうなくらいに鼓動している。

 俺もオリジナルも、疲弊しきっていた。

 何時の間にか、黒かった空が青くなりかけている。どれくらい闘っていたのだろう。

 あれだけあったエリクサーの残量は、もう、本当に僅かしか残っていない。

 オリジナルも同様なのだろう。最初の頃と比べて、エリクサーを使う頻度が激減している。自らの体の修復に当てる分の量もないのかもしれない。

 どちらが先に、切り札の一撃を叩き込むか。どちらが先に、力尽きるか。

 互いの装甲にはヒビが入り、赤い液体が染み付いている。それがどちらのものかはわからない。両方が入り混じって、まだら模様を描いているようだった。

 オリジナルが俺に接近してくる。以前のように走るわけではなく、左右にふらつきながら、ゆっくり歩いて、だ。

 意識が朦朧としてきた。エリクサーの力をフルに使えなくなったせいで、今までの疲れが全て押し寄せてきているんだ。視界は白く霞がかかり、なおかつ歪んでいる。今自分が捕らえている景色が本物なのかどうか、それすらも怪しい。

 オリジナルの伸びた手が、俺の頭を掴んだ。

 反応できなかった。オリジナルの手が俺の顔面を殴りつける。エリクサーの力は篭っていない、純粋な打撃。

 それすらも、互いにとっては重過ぎる一撃だ。

 ヘルメットにヒビが入る音がした。今の朦朧とした視界には関係ないことだが。

 三回目の打撃を、オリジナルのその手を掴んで阻んだ。今度は俺がオリジナルを殴りつける。

 ただの殴り合い。それだけだった。

 強化スーツが低く唸る。長時間の戦闘で相当無理な闘い方をした。駆動系が悲鳴を上げている。装甲はもうもちそうにない。

 俺の右拳がオリジナルの胸部に抉りこみ、オリジナルの左拳が俺の顔面を捉える。

 うめき声を漏らしながら、後退。オリジナルは意味不明な言葉を羅列しつつ、膝を折る。口からは涎が垂れ流しになっていた。

 俺はオリジナルの顔面を蹴りつける。

 その身体が大きく跳ね上がった。そして、地面に落ちていく。追撃を加えようとしたが――体が動かなかった。

「何度も何度も同じとこを……やらしいっつってんだろ……」

 もう限界だ。これ以上は身体が持たない。

 エリクサーの力を使い、苦痛を軽減させる。呼吸が少しだけ楽になった。

「ギ……ッ」

 オリジナルの二つの目が、俺を捕らえた。父さんの顔には青あざがいくつもある。全部、俺がやったんだ。

 オリジナルが四つんばいになって地面を這う。蜘蛛のようなその動きに対応できなかった。そうする余裕がない。

 足を払われた。バランスを立て直せず、転倒。身体を起す暇もなく、オリジナルが馬乗りになって、俺を殴りつけてくる。

「ギャッ、ギャッ!」

 顔面を何度も何度も殴られる。

 ヘルメットが割れた。次の一撃を喰らったら、もろにオリジナルの攻撃を……

 瞬間、オリジナルの動きが止まる。

「ア……ギャ……ガ……」

 オリジナルが頭を抱え、嗚咽を漏らす。涎が装甲へ垂れていく。

 そして、血を吐き出した。

 今なら。

 俺は最後の力を振り絞って、両手でどかす。オリジナルは抵抗せずに左へ転がっていった。俺の身体が自由になる。

 限界なのは俺だけじゃない。オリジナルもなんだ。

 俺が立ち上がる間に、オリジナルが自らの身体を修復していく。胸部のエリクサーの輝きは弱くなっていた。それは俺も一緒だ。

 ヘルメットが完全に崩れ落ちた。冷たい風が俺の顔にぶち当たる。もう四月だというのに、朝はまだ肌寒い。

 一年前、学校まで徒歩二十分も掛からなかった俺は、講義に間に合うギリギリの時間まで寝ていて。美希や善樹はそのあいだに学校へ行っていて。母さんに無理矢理起されて。父さんは時たまその時間に家にいて、俺のことを笑って……

 あの時に戻りたい。

 俺は立ち上がろうとするオリジナルを蹴り飛ばした。その身体は簡単に吹っ飛ぶ。

「はっ……はっ……」

 追って追撃をかけることができない。身体がろくに動かない。

 エリクサーの力は使えて、あと二回。それで決めなければならない。

 恐らく条件は相手も同じだ。

 朦朧とする意識。気を抜いたらそのまま崩れ落ちてしまいそうになる。

 オリジナルがゆっくりと起き上がるのがなんとか確認できた。頭はふらつき、視界は歪む。身体が今真っ直ぐなのかどうか確かめる事もできない。

 オリジナルが今、その両手にエリクサーの力を籠めた。

 赤い輝きが街を覆う。音はしなかった。静かに、ただ光だけがある。

 俺もそれに応じて、真紅の力を両腕に籠めた。力を振り絞って拳を握る。

 もう、後戻りはできない。

 どんなに過去が懐かしくて惹かれるものがあったとしても、絶対に戻る事はできない。

 人は皆、迷いながらも前に行くしかない。時は戻らないんだ。その重みを背負って、踏みしめて、そして苦しみながらでも進むしかない。

 誰だって、そうしてるんだ。

 ゆっくりと、しっかりと。地面を踏みしめて。

 俺とオリジナルが互いの間合いに入る。

 先に動いたのはオリジナルだった。

 その手を俺の顔面に伸ばす。直撃で喰らったら、即死だ。

 何とか俺はそれを避けて、オリジナルのもう一方の腕を殴りつけた。

 絶叫が響く。

 オリジナルの左腕が吹っ飛び、赤い粒子となる。オリジナルはまだある程度のエリクサーを残していたのだろう。最後のエリクサーで自分の身体を留めたんだ。その身体全てが消滅すると言う事はなかった。

 だが、これで。

 苦しむオリジナルの懐はがら空きだ。そして恐らく、もうエリクサーの力は残っていない。

 この一撃を……っ!

 しかし。

「ガアァァァア!!!」

 オリジナルが後方へ跳ねた。俺の拳は空を切り、アスファルトの地面を直撃する。

 外した。最後のエリクサーを。

 爆風がひき起こる。俺は抵抗せず、されるがままに吹き飛ばされた。

 身体が宙を舞う。黒から青になりつつある空には、月が見えていた。

 背中がアスファルトに打ち付けられる。

 強い心臓の鼓動が、俺の胸で唸っていた。エリクサーはもう、光っていない。

 スーツはただの金属の塊と化して、俺の身体を縛り付けていた。重さ二十キロの装甲が重力によって俺を地面に押さえつける。それを押しのけるだけの力は、今の俺にはない。

「ギャハッ!」

 オリジナルが俺の身体を壁へと蹴り飛ばした。

 俺は壁に大の字になって打ち付けられる。

「がっ!」

 吐血が口からあふれ出た。道路にそれはぶちまけられた。俺は壁に寄りかかるような形になる。視線を前に向けた。酷く醜く顔を歪ませながら、凶暴な笑みを浮かべたオリジナルが歩み寄ってくるのが見える。勝利を確信しているんだ。

 オリジナルが俺を脚で押さえつける。そして、まだ赤く輝き続けている手で握り拳を作った。

 ちくしょう。こんなもんかよ。覚悟を決めて。精一杯闘って。これが俺の限界かよ。情けねぇ。

 オリジナルの拳が、振り下ろされる。

 俺は瞼を閉じた。

 ――死ぬのか。

 けど、いつまで経ってもその時はこなかった。

 何があったのか。俺は目を開く。オリジナルの拳が目の前にあった。だがしかし、そこで止まっている。赤い光はまだ続いてる。それなのに、なんで。

「……マサ……キ……」

 オリジナルに名前を呼ばれた。

 いや、違う。オリジナルじゃない。父さんだ。今、俺の目の前にいるのは、父さんだ。

 顔を上げる。

 そこにあるのは、優しい父さんの顔だった。

「……オレ……を……殺……せ……」

 父さんが、言った。

 俺は何も言えなかった。

 これが父さんの覚悟なんだ。

「……もう……持た……ない……早……く……」

 久しぶりの会話だってのに、こんなこと言ってんだ。笑っちゃうよな。俺は父さんの事、市役所に勤めてるだけの中年親父だと思ってたんだぜ?こんな事を言うなんてさ、信じらんねぇよ。

「……あぁ。わかったよ、父さん」

 俺にはもう、エリクサーの力はない。

 だったら、作りだせばいいじゃねぇかよ。

 ――くれてやるよ、俺の命。だからよ、今この一瞬に力を……!

 エリクサーが俺の命を吸い取っていく。胸の赤い石が光を取り戻した。意識が吹っ飛びそうになる。このまま、倒れそうになる。

 まだ、だめだ!

 俺は踏ん張り、拳を握る。エリクサーの力をその手に宿して。父さんに向かって。

「う……あぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 拳を、振りかぶった。

 それは父さんの胸部を直撃する。白い装甲を貫通し、エリクサーを破壊し、その身体を打ち据える。

 爆音が俺の耳を打った。風圧で俺は壁に押し付けられる。

 視界が真っ赤な粒子で覆われた。

 全てが止んで。

 俺の目の前には、赤い光が瞬いているだけだった。俺以外、誰もいない。父さんの姿は、そこにない。

「父さん……」

 俺は膝から崩れ落ちた。

 今、俺は、父さんを殺したんだ。

 最後のあの瞬間。俺が父さんを殴りつけた時。

 父さんが口を動かすのがわかったんだ。

 ――すまない、正輝。

 ちくしょう。なんでったって。なんで父さんが謝るんだよ。父さんが謝る事なんて、なんもねぇんだよ。チクショウ。クソ。なんで、どうして……!



 俺は子供のように泣き叫んだ。

 朝焼けが、街を照らしている。

 静かな暖かい光の中で、俺の鳴き声だけが、街に響いていた。





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