18 多勢に無勢、苦痛と問いと闘いと。
完結が近づいてまいりました。
最後までお付き合いくださいませ。
――容赦ねぇな。
俺を取り囲むビースト達。オリジナルはビルの上から降りてこようとはしない。こっちとしては好都合だった。さすがに、オリジナルと大量のビーストを同時に相手なんてできない。
ざっと数えて、十三体。今までこんな数のビーストを一気に相手にした事はなかった。
その内一体、牛がベースと思われるビーストが俺に向かって走ってくる。太い体付きをしていて、角があり、身体には黒い斑点がある。基本的に身体の色は白だ。どこから調達してきたんだ、こんな素材。
突き出されたその手を避け、懐に肘鉄を叩き込む。ビーストが数歩、後ずさりした。
俺は視線を切り替える。
背後には今まさに俺を殴りかからんとする、数体のビーストがいた。
こっちが数で負けてる状況はもうすでに経験している。どんな風に闘えばいいのか、何に気をつけていればいいのか。
そいつらの攻撃をかわす。視野を広げ、周囲の敵全てに意識を向ける。
ビーストは俺に絶え間なく攻撃を仕掛けてきた。それを回避し、ビースト達の隙をつくり、そして一撃を加える。
だが、前回の二体一よりも圧倒的に敵の数が多すぎた。一撃を加えるのに、時間が掛かる。
ちまちまやってもいられない。
俺はエリクサーを開放した。足に込められたその力を、ビーストのうちの一体に叩き込む。そして、回し蹴り。ブースターの推進力を利用しながらそのまま一回転して、俺を取り囲んでいたビーストを一掃する。
赤い粒子が俺の周りで輝く。こんな状況でなければ、見とれていたかもしれない。オリジナルが目の前に迫っていなければ、なおさら。
「ぐ……っ!」
赤い光を纏ったオリジナルの蹴りが、俺を捕らえていた。再び俺の身体が吹き飛ぶ。壁に衝突。そして衝撃。またも腹部だった。和らぎかけた痛みがさらに強くなって湧き上がってくる。同じ部位を狙っているのかもしれない。
オリジナルの両手にはビーストの頭が握られていた。生体エネルギーを吸収しているのだ。あの大量のビーストは恐らく、そのための時間稼ぎ。
残っていた三体のビーストの攻撃を上に跳んでかわし、両手に力を籠める。オリジナルがその手のビーストの頭部を投げ捨て、俺に迫る。下からも数体のビーストが肉迫してくる。
オリジナルが俺を蹴り飛ばす。窓ガラスは割れている。俺の身体はビルの中の一室へ飛び込んだ。
視界の隅に映ったこの部屋は、何もないところだった。空き部屋なのだろう。
踏ん張り、着地。視線を前に向け、痛みに耐えて歯を食いしばる。
そして、追ってきてやってくるビーストを思いっきりぶん殴った。エリクサーの力を叩き込み、消滅させる。
続いてやってくるビーストも同様に消滅させた。そして、もう一体も。最後は、オリジナルを――
「ぐあっ!?」
真横から衝撃を食らった。
吹っ飛ばされ、コンクリートの壁にぶち当たる。オリジナルの仕業だ。今度はわき腹。腹ではないが、痛みがさらに増えていく。
ビーストを囮に使われたんだ。俺の意識が前を向いている内に、違う窓から進入して、真横から攻撃。本能でできる行動ではなかった。やはりオリジナルには、知能がある。
「やらしいんだよ、闘い方が……なぁ、父さん……」
俺は立ち上がる。襲ってくる激痛で、その動きが一瞬止まる。
それでも、立つ。
――なあ、父さん。父さんの答えって、なんだったんだ?
父さんは持っていたはずだ。確信がある。そうでなければ、確固たる決意なんてできないから。
俺の答えはまだ見えない。けどきっと、これから先に答えはきっと見つかる。俺が、見つけようとさえしていれば、必ず。
父さんの顔をしたそいつが、唸りながら接近してくる。俺も前へと出る。
――俺もさ、答えが欲しいんだ。俺の、俺だけの、生に対する答えが……
オリジナルの拳を払い、手刀を繰出す。首を捉えたかと思われたその瞬間、オリジナルの身体が恐るべき速度で反られた。直後、俺の顎元へオリジナルのつま先が迫ってくる。紙一重でそれを回避し、宙返りの途中のオリジナルの顔面を掴む。そしてそれを全力で床へ叩き付けた。
コンクリートの床がひび割れ、オリジナルの頭がそこへ埋まる。血が流れ出、床へと広がっていく。
俺が拳を振り上げたその時、オリジナルの身体が赤く輝いた。生体エネルギーが衝撃波となってオリジナルから発せられる。突然の出来事に俺が怯んだその隙に、オリジナルが跳ねるように飛び起きた。その足が天井へ向かって高く伸ばされる。そして、その両足を広げ、片腕のみを軸にして回転。俺に回し蹴りを食らわせてきた。
俺の身体が床を転がる。
転がったままのその勢いで立ち上がる。オリジナルは追ってこなかった。顔面の修復を待っているんだ。
――それにさ、先輩に言われちまったんだよ。甘えんなって。このままだったら人間以下のクズだって。二十歳の大の男がそんなこと言われてさ、引き下がれるわけないよな、父さん。
部屋の中を駆け抜ける。右手に。左手に。足に。エリクサーの力を籠め、一気に高ぶらせる。
オリジナルに向け、拳を振りかぶる。それを後方にステップして回避したオリジナルは、さらに距離をとるためにか、窓の外へと飛び出した。
俺はそれを追う。
ガラスのない窓を通り抜け、外へと出る。重力に負け、身体が落下していく。
オリジナルの姿が見えなかった。
反射的に俺は上に意識を向ける。
「ぐっ!?」
上空からのオリジナルの蹴りを、俺は直撃寸前で受け止めた。しかし勢いまでは止められない。地面に垂直な赤い道筋を描きながら、俺はアスファルトの地面に直撃する。
上から足で押さえつけられている俺の身体は、激突の衝撃で跳ねる事すら敵わなかった。激突とオリジナルの体重の、二つの重さが俺の腹部を圧迫する。
「同じ所をなんどもなんども……っ」
俺はエリクサーを開放しつつ、両手で地面を強く打った。轟音と共に地面で二箇所の爆発が引き起こる。俺の身体がその勢いで持ち上がり、オリジナルが俺の上から去っていく。
地面へ向けて左足のエリクサーを放つ。赤い曲線の軌跡を描き、回転しながら俺はオリジナルに迫っていく。
今度は右足のエリクサーを開放。空中で、オリジナルへ向けてまわし蹴りを放つ。
「っらあ!!」
直撃した。
赤い波動がオリジナルの身体を伝い、内部にダメージを与える。生体エネルギーが奴の中で暴れだし、身体の組織を粒子に変えていく。
「ギ……ア……ガァァァアッ!!」
オリジナルが吼えたのと同時、粒子へと変わりつつあったその身体が元へと戻った。エリクサーの力を、自らの身体を留めるために利用したんだ。
オリジナルと俺は同時に地面に着地し、互いに距離を取った。俺も相手も、双方の出方を伺っている。
――今のオリジナルが通常のビーストと比べて厄介な最大の理由は、エリクサーの力を使えると言う事だ。エリクサーによる回復、攻撃、そして加速と防御。スーツの性能はこちらの方が上だが、それは微々たる差でしかない。一番やっかいなのはエリクサーを守りに転用された時だ。
支部を抜け出す前の、福地さんの解説が脳内でリピートされた。
――粒子化に逆らって、その身体を維持する事すら可能だ。エリクサー内部のエネルギーが枯渇すればその点はなんとかなる。もしもオリジナルがエリクサーを完全に使いこなしていた場合、長期戦になるということは頭に入れておいてくれ。
ようするに、そういうことみたいだ。
本当、人事みたいにあのオッサンは言いやがったな。
あれだけ力を開放したと言うのに、こちらのエリクサーの残量はまだ七割位残っている。オリジナルの方もまだ十分に残っているだろう。さっき、ビーストの生体エネルギーを吸い取ったばかりなのだから。
道路の真ん中を中心にして、俺とオリジナルは円を描くようにしてゆっくりと移動していく。静かな街の中で、俺とオリジナルの地面を踏みしめる足音だけが聞こえてくる。
道路には抉られたアスファルトの破片や、ビルの窓ガラスの破片、拉げた道路標識に、落ち葉、街路樹そのものなどが転がっている。
俺もオリジナルも、エリクサーの力をその手に蓄積していく。互いの胸部は赤く輝いている。
今、どこかのビルの、窓ガラスが割れる音がした。同時に俺とオリジナルが動く。互いにその手で赤い直線の光を描きながら、距離を詰めていく。
互いの一撃が激突した。
暗闇の中で、赤い光が輝いていく。