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17 決戦、赤い衝撃。

 俺の職業はヒーロー。月給手取り四十万。

 この仕事が俺は嫌いだ。それは今でも変わらない。もしもできることなら、転職したいと思ってる。こんな仕事、辞めちまいたい。

 何もかも強制されるクソッタレな世の中で、クソッタレな毎日を送ってる。金を稼いで、ただそれだけ。つまらない。意欲なんてわかない。

 こんな世の中は無くなっちまえばいい。こんな、何でもかんでも押し付けてくる世の中は。

 けど、それでも。

 それでも、俺は……



 コンビニもファミレスも商店街も、全て灯りが消されていた。人気が全くないこの街にあるのは、街灯のオレンジ色の灯りと信号機の光だけだった。

 ここは駅前と住宅街の中間だ。高いビルが並んでる。建物の明かりが全くないというのは奇妙なものだった。

 誰もいない。何もない。僅かな明かりの中を俺は歩く。通信は未だに切ったままだ。 

 これは、これだけは、独りでやらなければ意味がない。

 俺は何のために生まれて。

 何のために生きているのだろう。

 俺はずっと、その答えが欲しかった。答えられない自分が嫌だった。

 生きる喜びを感じられず、ただ目的の為に生きていく。そこに感動はなく、毎日を消費していくだけ。そんな境遇を呪って、何もかもを否定し始めて、そんな自分が、嫌でたまらなかった。

 だけど俺はきっと、自分で答えを手に入れようとしていなかったんだ。

 答えを欲して、それだけで。自分から動こうとしないで、ただ愚痴ばっかりこぼして。一歩も前に進まないで。

 仕事をしていけばしていくほど、時間が経てば経つほど、色んなものがなくなっていくような気がしていた。全部が俺から離れていくような気がしていた。でもそれは、俺が自分から手放していたからなんだ。俺が全部諦めていたから。言い訳だけを繰り返していたから。答えを欲してるくせに、自分から答えを見つけようとしなかったから。

 薄暗い空間の中に、赤い光が見えた。それに共鳴し、俺の胸部も赤く輝く。エリクサー同士の共鳴だ。奴が、両手をだらりとぶら下げ、車道をのゆっくりと歩いていた。

「父さん……」

 やせこけた頬。うつろな眼差し。無造作に伸ばされた髭。伸び続け、肩までかかっている髪。どんなにかわっても、見違えるようになっても、一瞬でわかる。父さんの顔だ。

 記憶と目の前のそれが重なる。

 ――覚悟を、決めろ。

 きつく拳を握る。

 俺が今、掴み取らなくちゃいけないものは。俺が今、守りたいものは。

 そのために、しなくちゃいけないことは。

 逃げ出したい。やりたくはない。全て、放棄してしまいたい。でもそれは、甘えなんだ。そしてそれは、許されない時がある。

 奴の、オリジナルの見開かれた目が俺を捕らえる。父さんの顔が醜く歪む。笑っているんだ。

「アギャッ!」

 父さんの顔をしたそいつが、オリジナルが、動く。

 道路のど真ん中、オリジナルが俺に飛び掛ってくる。俺はコンクリートの地面を蹴り、右へとステップ。高速の突進を回避し、オリジナルへ向けて方向転換。もう一度地面を蹴って接近する。

 オリジナルの足が地面を滑り、三日月形に移動していく。それを追い、俺は荒く方向転換を繰り返す。コンクリートの破片が周囲に飛び散る。その一つが電柱に当たる。ビルの外壁に当たる。アスファルトの削られていく音が、街へ反響していく。

 オリジナルが高く跳んだ。信号機の上へ飛乗り、さらにもう一度、ビルの壁へと跳躍。

 背中のブースターを最大出力で噴射する。オリジナルへ向かって一直線。だが、俺が到達するよりも早くオリジナルが別のビルの壁へ飛び移ってしまう。

 俺は前方へ足を突き出し、その足の裏からブースターを噴射させた。勢いを殺しつつ身体の向きを変える。オリジナルはビルの壁を縦横無尽に移動していた。そのたびにビルの窓ガラスが割られ、コンクリートの壁がくぼんでいく。

「アギャゲギャッ!!」

 オリジナルが突っ込んできた。その身体は淡く、赤く輝いていた。その右腕はさらに強く、紅の光を纏っている。

 俺は握った拳に力を籠め、エリクサーの出力を最大限まで引き出した。胸が赤く光りだす。拳は真っ赤な閃光を放ち、今まで感じたことのない力が込みあがってくる。

 俺の拳と、オリジナルの拳が激突した。

 赤い波動が周囲に広がっていく。衝撃で建物の窓ガラスが割れ、電柱が折れる。街路樹がしなり、ガードレールが引っこ抜けて転がっていった。

「ッガア!」

 オリジナルが吼える。その胸の輝きが増したかと思うと、オリジナルのもう一方の腕が、俺の腹を捉えていた。

「ぐ……っ」

 深々と俺の腹にめり込んだ拳が、その力を一気に解放させた。閃光と共に俺の身体が吹っ飛び、ビルへ激突する。コンクリートに俺はめり込んでいた。腹が抉られたかのような痛みが俺を襲う。エリクサーが痛みを相殺しきれていないのだ。

 こんな世の中はクソッタレだ。なくなっても構わない。

 でも、それでも守りたいものがある。

 俺は皆が好きなんだ。

 先輩たちは本当にいい人たちだ。技師の皆は俺のことを全力でサポートしてくれるし、同年代のあいつは俺のことを心配してくれている。科学者連中だって、悪い人たちじゃない。

 妹は素直じゃないけれど、俺のことを気遣ってくれる。弟は素直で、できすぎた奴だ。母さんは俺をここまで育ててくれた。

 そのためなら、俺は。

 俺はコンクリートから自らの身体を引きずり出す。目の前にはオリジナルの拳が迫っていた。頭の位置をずらし、紙一重でそれをかわす。オリジナルの一撃はビルに直撃し、赤い輝きが建物を貫通する。大量の生体エネルギーが建物に流れ込む。それは程なくしてビルの許容量を超えた。

 真紅の輝きが建物を包み込んでいく。そして、ビルが消滅。赤い粒子が周囲に舞っていく。

 俺たちが今まで使っていたものだ。桂木曰く、必殺技。エリクサーを使っていることで、出力が段違いになっているが。

 俺はオリジナルの腹部に膝を叩き込んだ。オリジナルがうめき声を漏らしながら仰け反っていく。さらにもう一度、蹴りを加える。今度はオリジナルが吹っ飛んで、ビルにその身体を埋めた。

 そして接近。赤く輝く拳を振るう。

 ――覚悟を、決めろ!

 憎しみも悲しみも弱さも過去も、何もかもを籠めて、俺はオリジナルの腹に拳を叩き込んだ。守りたいものを守る為に。掴み取りたいものを掴み取る為に。

 さらにもう一発。加えてもう一発。何度も、何度も、何度も拳を叩き込む。その一撃一撃にエリクサーの力をねじ込んで。赤い光を撒き散らしながら。

 白い装甲を殴るその度に、父さんの顔が歪んでいく。また、記憶と重なる。殴るたびに、過去の映像が脳裏に浮かんでは消えていく。

「ギッ……ギャア!!」

 オリジナルが俺の両拳を掴んだ。その口元には血が滲んでいた。吐血が吐かれ。その白いスーツが赤く染まる。

 が、それは程なくして修復していった。エリクサーの力だ。生命エネルギーを自らの回復に当てたのだ。

 オリジナルが俺を壁に向かって叩きつける。俺の身体は窓ガラスを貫通し、建物の中へと転がりこんでいく。

 俺の背中が机に激突し、止まった。

 オフィスの一室だった。十数個の机があり、その上に積み上げられたプリントの山があった。窓の外から吹き付けられる風によって、そのプリントが舞う。

 ――クソ、滅茶苦茶痛いじゃねぇか。

 身体を起き上がらせる。腹部の痛みは、まだ残っていた。

 オリジナル同様、俺にもエリクサーの力が働いている。傷は修復しているし、苦痛も恐るべき速さで軽減されている。それでも、痛い。エリクサーの力が籠められた一撃をモロにくらったのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 オリジナルがやってくる。荒い息を吐き、その目をぎょろつかせながら。その身体が纏う赤い光は、さらに強くなっていた。

 飛び掛ってくるオリジナルを避け、俺は窓の外へ飛び出した。ここで闘うわけにはいかない。また、ビルが一つなくなるかもしれない。政府の人間が記憶操作でも偽情報を流したりでもすればどうとでもなるだろうが、できるだけ被害は少ない方がいい。

 道路の真ん中で構える。道路には数台の車がある。そのほとんどがひっくり返っていた。さっきの、俺とオリジナルの衝突の時にそうなったのだろう。

「グアァァァァアァァァァア!!!」

 窓の淵に立ったオリジナルが、突然、吼えた。程なくして足音が聞こえてくる。

 いくつかのシルエットが赤い光の中で見える。人のような大きさで、しかしそれは人間ではなかった。ビーストだ。十数体ほどのビーストが、オリジナルによって呼び寄せられたのだ。




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